第1巻第1部第17節続きの続き 承前 「楽しい拷問その4 (続き・その3)」
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「じゃ、そういう事で、テルテア門とこで待っててね、」
テュスラが姿を消すと同時に薔薇の姉妹は顔を見合わせた。
カランソットはちゃっかりと姉の向いに陣取り愛しげに猫娘の頭を撫でている。
ときどき五月蝿いハエを追うように姉の手を払い除けているのだが、どうやら自分も参加したいのにここは痩せ我慢をきめこまざるを得ないのがいかにも業腹らしい、
しつこく舞い戻るハエに等しく淫靡で貪欲な指先が、まったく飽きる様子もなく小娘の○○(新鮮な蕾)をこねたりつまんだり、軽く弾いたりしている様子をやや呆けたような・・・・・・しかし何となく物足りなさそうな面持ちで眺めているのである。
トリスタンはまだ目を覚まさない。
「ねえ、カラン、大丈夫なの?」
「なにがよ、」
「なにがって、あなた、ひどく極められてたじゃない、」
「あの程度、どうってことはない、」
「でも、破れなかったじゃない、」
「そんなことはない・・・ 」
「へええ・・・ 」
「この子が近すぎたからに決まってんだろ、」
「そーいうことにしといたげるわ、」
「そんなことよりだっ!」
三女は長女のしっつこい蜘蛛手をまた払い除ける。
「この有り様は一体何?」
「ありさまって?」
カランソットは両手を広げ猫娘の全身を測るように、あるいはそのまま抱え上げ、分捕品よろしくさっさと持ち帰りでもしてしまいたい、そんな曖昧な仕草をする。
「この子が、この精力の塊のような子が、こんなに弱っているなんてありえない、このシッポの残りよう、ありえない、ありえないし、それにほら、このお腹、いや、なんで、傷だらけだし、ああ、そうか、姉上の趣味も、いやいや、そんなことのためにこの子を預けたワケじゃあない、」
「なあーーーにをブツブツ言ってるの、これみんなテュスラの仕業だからね、あたしの趣味なんてこれっぽっちも関係ないからね、」
「そしてなんでパンツまで丸見えのまま放置されてるのか、まさか、ねえさんの趣味だけでこんな」
「失礼ね、全部テュスラの仕業って言ってるでしょ、放熱のためのヤムヲエナイ処置って言ってたわよ、」
「確かに、凄い熱だが、ただの回復術式でこんな、」
言いつつゆっくりと手を伸ばし、やっと猫娘の柔らかなお腹の上で、自分の武骨な左手を憩わせることができたのだった。
「うおおっと、これはまた、大仰な、いや、たしかに、たしかに、テュスラの匂いが、」
「ほらほら、もういいから、それよりあんた、ほんとに予定ないの、」
姉娘は、すこし焦れた風に、しかし明らかにワザトらしいぞんざいさで妹の手を取った。
「あんた、すこし痩せたでしょ、」
「今回はちょっと歩きすぎたかもね、」
「どこまで行ったの?」
「大地溝帯かな、」
「やっぱり越えたの?」
「そう、ハルマーンド砂漠へん? かな、」
「まあ、呆れた、」
「でもまあ、いろいろ収穫はあったし」
「ちょっと、ほら、顔、みせて、もっと、近く、」
二人は丁度トリスタンの頭の上で頬を寄せ合い、ほんの少しの間お互いの顔色を点検しあっていたが、やがてごく自然に唇を重ねた。そうして長いこと*を絡めあい舐りあっていたが溢れた唾液が当然のように滴り落ち猫娘の額あたりをしとどに濡らす、ということになった。
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「あああああ、ああ、ダイン様、あ、ああ、あああ、カラン様・・・ 」
弱々しい声が下から響く。猫娘がいつもより余程大きい瞳を一杯に見開きじっと見上げている。
薔薇の姫君たちは慌てて距離をとり心配そうな表情を取り繕ったが、ここら辺がなにか奇妙に芝居じみて人間臭い仕草であって、その取って付けたような所作にはなんとなく胡散臭い妙な可笑しみがあるようだ。
「気分はどうだ? トリスタン、」
「ああ、カラン様、あの時は、きっと・・・ ああ、あたしあの鞭が怖くて、」
「どうした、恐い夢でも見たか?」
「あ、あたし、体が半分に千切れちゃって、痛くって、お山の火が」
「大丈夫だ、ここは姉さんの部屋だ、ロデロンだぞ、」
猫娘は発条仕掛けよろしく跳ね起きた。尻尾がみるみるうちに縮んでゆきパンティの後ろに隠れてゆく。小娘は慌てて制服を引き下ろし全てを隠そうとするのだがその前に自分の顔がなにやらベトベトであることに気付き片手で服を引っ張りながら片手で顔を洗おうとジタバタし始めその取り乱し様の超絶の可愛さに薔薇の姫二人は悶絶しそうになる。
「ああ、トリスタン、それはダメよ、どっちかになさい!」
「ほれ、あっち向け、リボン結び直すぞ、」
カランソットはついにコートをかなぐり捨て剣帯も放り出し猫娘を抱き締めようとする。そのままベッドへなだれ込もうという体勢を姉娘が辛うじて阻止、できず、そのまま3人で一塊に、ほとんど小指一本も差し込めないほどの緊密さで荒い吐息を絡ませ合う団子状態となってしまう。
「あっぷぅ、あっ、カ、カラン様、く、くるしいです、息できません、」
「ダメだ、もうちょっと!」
「あふっ! あ! あ! ダ、ダイン様、そこは、ああ、まだ、ちょっとコスレテ痛い・・・ 」
しかし、まだ辛うじて理性的なものが残っていたらしい薔薇の長姉が、全く先の見えない快楽の淵から危ういながらも浮上することに成功したのは、さきほどの黒の侍女との激闘の余波がまだ体の芯に残っていたからなのか、トリスタンの哀訴の中に実際生理学的な危険の影を感じ取ったからなのか、いずれとも判定しかねるところではある。
「マッ! フーーーイィーー!!」
「な、なに? ねぇさん、なに?」
「カラン、ちょと、ダメ、もうそれ以上! ほら、その手ぇ出して、ダメよ!」
「いや、もう止まらん、止まれない、」
「ダメ、ダメ、ほら、起きて、トリスタンをほんとに大事に思うならね!」
「ク、クソーーー 」
三人ともヒドイ格好で起き直ったが、メイド制服の猫娘はともかく、傭兵姿の薔薇の三女の着衣はほとんど乱れていず、良識を取り戻したかに見える姉娘の方がほぼ全裸状態の支離滅裂さに転落していることは何やら意味深長なのだった。
姉娘はしかしおっとりと落ち着いた仕草で自身のクシャクシャになったドレッシング・ガウンをひきつくろい、髪をなおし、ベルトも締め直したが、なにかしっくり来ないらしく二三度ひねくり回した挙げ句結局かなり緩い目に、幾分だらしなく結び目を作り直してから軽く背伸びをし優雅に腰をひねって見せた。そして物問いたげな妹の視線に答えるようにホンの少し反り身になった。
「それで、なにか聞きたいことがあるの?」
「いや、もういい、それよりどこまで行くんだっけ?」
剣帯を調整しながら投げ遣りに聞き返すカランソットだったが、視線は姉と猫娘を等分に見比べているのである。
「ゲントムの上にある秘湯なのよ、疲れを癒すにはもってこい、」
「ふーーん、そりゃいいが、テュスラはどこ行ったんだ?」
「外局へ行って馬車の手配してくるって、あっと、その前に女官長に許可を貰うって言ってたっけ、」
「タマーラ・クヴィッチェスか、」
薔薇の三女は思わず武者震いしたが、これが弱気な方であることはその顔色からして間違いは無い。
「ふふふ、あんた彼女とは相性わるいもんね、」
「ふん、知ったことか、」
不機嫌そうに言いダスターコートを羽織り直す。そして少しふらつき気味に立ち上がったトリスタンを抱き寄せた。
「じゃ、行きましょ、あっちのテラスから出て庭を抜けるわよ、」
「ねえさん、その格好!」
「ふふ、途中で着替えるわよ、あっと、火消しとかなきゃ、」
暖炉の炎が消え寝室も暗がりに沈む。三人の影がすべるように消える。