自分が付いて行くんで、大丈夫っすよ!
薄暗い倉庫内に凛とした女性の声が響く。気を取られた俺の背後にアリマがポジション取りしてくる。え、なに?ドキドキ。
「ヤベェ…、ヤベェっす。先輩っすよ。」
顔面蒼白となったアリマが俺の背に身を隠して、小声でささやく。耳は敏感なのでポショポショ話すのはやめていただきたい。
「先輩…?謝るチャンスだろ、誠意を示してこいよ。」
犯罪者を庇う理由はないので、背後のアリマを追い立てる。こっちはお触り禁止なのに、あっちはガンガン触って来る。そわそわしちゃうのね。
「中に居るのはアリマだろ!どうせサボってるか、ミスを隠そうとしてるんだろ!すぐに出て来い!」
ドアの向こうから怒声が聞こえる、おやおやしっかりバレてますね。
「不味いっす、とっとと異世界へ行きましょう。幸いドアの鍵は閉めてあるんで、先輩がマスターキーを持って来るまでは大丈夫っす。鍵も隠してあるからすぐには見つかりません。」
「用意周到でとことん屑な姿に引くわ~。」
「失礼ですね、仕事が出来る女なんすよ。とにかく今のうちに行きますよ!異世界転生とか現代人の夢っすよね?無双して俺つえーしたいんでしょ!」
「いや…まぁ、確かに異世界転生はしてみたい気もするけど…。」
「…けど?」
アリマが大きな目をさらに大きく見開いて、顔を近づけてくる。おっきくて宝石みたいなキレイな目んめだ事…。ってのはおいといて、
「いわゆるチート的な能力はもらえるのか?」
「自分が付いて行くんで、大丈夫っすよ!」
「いや、お前は要らないチートスキルをよこせ。」
「自分が付いて行くんで、大丈夫っすよ!」
繰り返し、ニコッと笑う。
コイツそうとうこの場から逃げたいらしい。
「そもそもチートスキルみたいな物は神様とかから貰うもんじゃないすか私みたいな新入りにそんな物渡せる訳ないでしょ?」
「なるほど、理屈は通ってるがそれって異世界転生じゃなくて異世界犬死ににならない?無双出来なくない?」
「自分が付いて行くんで、大丈夫っすよ!」
同じセリフ同じ時、思わず不安になる魔法だ。
「…行きたくない。」
「はぁ?何言ってんすか田ノ中さん!異世界行かなきゃ田ノ中さんは死んだまますよ!私がパク…拝借して来た、転生玉はどーすんすか!?」
サラリと犯罪告白しながら、アリマは服のどこかから赤いガラス玉を取り出す。
「知らねぇよ!お前の犯罪の片棒なんか担ぎたくないから!」
「男なら覚悟決めなさい!…それに田ノ中さん、バレなきゃ犯罪は成立しないんすよ。」
思考が基本的にグレーゾーン過ぎる女だ。
「ほら、早くしないと先輩が入って来ちゃいますよ!」
先程からドアは静かになっているマスターキーでも取りに行ったのかしら?
ふと扉に気を取られてる俺の背後でパリンとガラスが割れるような音がした。
「ん?」
「田ノ中さん、手を貸して。」
アリマがちっちゃい手を俺の方へ差し出して来た。
特に考えることもなく握っておく。柔らけぇ。
「うわっ、汗かいてるじゃねすか。気持ち悪っ。」
ナチュラルに傷つけるのはやめてもらえる?
「急に友好求めて来たのはお前だろ?言葉の暴力よしてよ?」
「いや、田ノ中さんみたいな人と仲を深める気はないすよ。転移の為に必要だから我慢してんすから。」
「なに?僕のおてては罰ゲームかなんかなの?」
っつか転生はまだ許可した覚えはないんだが…。
そう言おうとした刹那、アリマの手の中で割れた赤い玉が光を放った。その光は一気に部屋中を激しく照らす。
「あ、アリマ、お前何やってる!?」
後方から怒りと驚きが混じった先輩らしき人の声が届いた…が、その声は眩い光とギュイィンという痛いくらいの音にかき消され、遠く遠く消えていった。