主に天使が悪いです。
読んでね。
目が覚める前の最後の記憶は、自宅の扉を開いて見上げた、しんと静まり返る夜空の月。久しぶりの外出にどことなく胸の奥がざわついていたのを覚えている。
そして、視界に浮かんでいた黄金色の月は、突如…真っ黒に暗転した。
「まことに申し訳ありませんでしたっ!」
ぼんやりと現状把握に勤しんでいた俺の耳に届けられたけたたましい声の方を見やる。
薄明かりだけが灯る雑多とした倉庫のような見慣れない部屋、その俺の目先2、3メートル先に薄紅色の頭の何者かが、残り少ない地面と睨めっこするように頭を擦り付けている。
DO・GE・ZAと呼ばれる日本古来より伝わる奥ゆかしい文化の象徴である。
先程のセリフと今の様子を見るにどうやら彼女?は謝罪をしているようだ。
誰に?
ゆっくりあたりを見回す。
俺と彼女以外は誰も居ない。周囲を囲む棚には所狭しと段ボール箱やら書籍ファイルなどが詰め込まれている。床にもいくつも段ボール箱やらが散乱しており、お世辞にも整理が出来てるとは言いがたい。
パッと見て分かる程度に小柄な体型のお陰か器用に空いたスペースで謝罪している。ここは何処だという疑問と謝罪相手は俺なんだと確信が同時にやって来た。
見ず知らずの人に謝られる理由がないので、とりあえず言うべきことはただ一つ。
「面を上げい。」
なんとなく耳に残っていた時代劇風に告げてみる。
「よ、よろしいのですか?」
恐る恐るといった様子で彼女は顔を上げた。ノリの良い子である。
その顔を見て俺は生唾をゴクリンコと飲み込んだ。食道の奥に熱が消え行くのを感じつつも俺は目の前の光景に見惚れていた。
「………。」
「ほ、本当に許して頂けるんすか?」
庇護欲をそそる潤んだ葡萄色の大きな瞳が上目遣いで謝罪を意思を送り、咲き誇る前の花の蕾のような唇をギュッと固く結んだ乙女。薄く朱色に染まる艶やかな肌の上に精緻に整えられたパーツからは気品すら感じる。
首元まで流れる薄紅色の髪は、彼女の感情を現すように乱れていた。
不安げに…けれど真っ直ぐに、俺に向けられた彼女の奏でる響きを否定できるほど、俺という個性は非道ではない。
さりげなく身だしなみを正し、喉の調子を整えると、低音を震わせて印象を着替え、届けようこの気持ち。
「ああ、間違いは誰にでもあるものさ。そして許されない間違いなんてない。俺はそう思います。」
さぁ、僕と間違いを犯そうとまでは言わず、爽やかな笑顔で締めくくった。
俺の言葉を受け取った彼女は小首を傾げてなにやら思案している様子だ。しかし、顔こそ一流だが妙な格好をしている。
小さな体躯に似合わない藍色を基調としたブカブカなシスターローブのようなモノを着ている。コレは森ガール風の流行のファッションなのと言い放たれたなら、俺は疑いも持たずに納得するだろう。
ここまでは良い。むしろ良い。
可愛い子が着たら俺が愛用する部屋着でさえ、ドレスコードの店に着て行っても問題ない代物に変わると、俺の頭の中の脳内会議で決定している。
だが、その背中に羽を生やすのはどうだろう?ましてや頭に天使の輪っかをプカプカプーさせるのはどうなのだろう?
ファンシーな世界に侵された、頭の中マジカルなマッシュルーム星人である可能性微れ存ではなかろうか?ま、いっか。可愛いし。
「私…、あなたに取り返しのつかない事をしてしまったのに…、それなのに本当に許してくれるっすか?」
少し幼さの残る舌っ足らずな天使の囁きが、これからの付き合い方や結婚式の日取りについて悩んでいた俺の計画に水を差して来た。おっと…、古きよき亭主関白宣言な俺は今後はこういう些細な事も注意していこうと心に決めつつも、
「男に二言はないさ。罪に必要なのは罰じゃない、許しを与えるって事だよ。」
彼女の形のよい耳にスリーポイントシュートを放つ。会話イベントで相手への好感度を上げる事に俺は何一つ躊躇などしない。
「なんて良い人なんすか?先輩みたいだ…。」
「…先輩?」
あまり嬉しくなさげな単語に俺の中に不協和音が流れる。
「あ、はい。私が働いてるトコの先輩なんすけど…。私がミスとかしても大体笑って許してくれる良い人なんすよ~。」
ニヘラっと破顔し、あどけない笑顔を見せる。ご馳走様を言いたくなる表情だが…、先輩って奴への好感度の高さが私…、気になります。
でもまぁ、心が狭いとか嫉妬深いとか思われるのはあまりにマイナスだから今は聞き流しておくけどね…うん。
「しかし、アレですね〜。私のミスであなたは死んでしまったのに、簡単に許してくれて、下手したら先輩よりもチョロ…良い人っすよ!」
え、今なんて?
読んでくれたんだね。ありがとね。