4.入学式①
ーーー翌日
本日は学校の入学式。
セカイは鏡の前で学校指定の制服に着替えていた。
白い肌着を着て、カッターシャツの袖に腕を通す。
ボタンを留めて紺色で無地のズボンをはく。
ズボンにシャツをインして、茶色いベルトでキツく締める。
指定のベルトは黒だったけど、どうせ見えないからちょっとしたオシャレのつもりで茶色にしてみた。
次に赤いネクタイを手に取り、首にかける。
僕たちの学年は赤色なんだってさ。
ネクタイの両端を同じ長さにして交差させ、細いほうを内側に回して結ぶ。
そして、太い方と一直線上に合わせて確認のために鏡を見る。
ん?
ネクタイってこんな形だっけ?
完成形を想像できるわけではないけど、絶対にこれではないという違和感がある。
どうやってやるんだ?……よく考えたら、ネクタイなんて着けたことなかったな。
ミュウにこんなことで相談するのもなぁ……もういっか。
カッターとネクタイをベットに投げ捨てる。
代わりに、いつも着ているお気に入りの赤いパーカーを着る。
うん、学年の色とマッチしてるし、いい感じだ。
パーカーのフードを被って、黒色で左胸に盾が剣を弾いている紋章が付いているだけのブレザーに袖を通す。
被っているフードをとって、鏡を見る。
いいね。
学校が管理している寮に入るために用意した荷物はすでに送ってあり、必要最低限の荷物しか入っていない小さいリュックを背負い、部屋の扉を開ける。
部屋から出たセカイを待っていたのは、すでに制服に着替えたミュウだった。
ふむ、女子はミニスカートか。
黒くて短いスカートから伸びる白くて細い太ももは、エロさというよりは可憐さがある。
そのまま目線を上に持っていくと、主張の弱い胸があって、首にある赤いリボンが地味な制服を華やかにしている。
最後に顔を見ると。
僕が嘗め回すように見ていたのが不快だったのか、すごく冷たい目でこっちを見ていた。いや、もはや冷たいなんてものではない、キンキンに凍りついた目だ。
……ごめんな。
ミュウが「はぁ」とため息を吐くと、僕の上半身を指さしてきた。
「どうして、パーカー?」
それに対し「ははっ、僕、ネクタイ締められないんだよね」なんて言えるわけがなかった。こいつにネクタイを締められないなんて知られるわけにはいかない。
兄として、格好悪い姿を見せるべきではないからな。
「別にいいだろ。ファッションだよ」
ポケットに手を突っ込んでポーズをとる。
「そ、いいね」
聞いてきたくせに、一切の興味も感じさせない返事。
わざわざポーズまでとってしまったために、恥ずかしさから顔が熱くなる。
血がつながってないとはいえ、兄妹なんだからもう少し興味を持ってもよくないか?もしかして、兄妹ってこんなもんなのか?
そんなミュウは外へ出るために背を向けており、僕への興味のなさを知ることができた。
***
家から学校までは歩いて1時間程度で、さほど遠い距離ではない。
校門に入っていく人がチラチラと僕たちのことを見てくる。
いや、僕は見られていないか。
大体はミュウの方を見ている。どうせ、こいつの容姿が整っているからなんだと思うけど。
おい、あの男、ミュウを変な目で見るんじゃねぇ。
睨みつけて牽制する。
目が合った男は、気まずそうに目を逸らした。
実は少し気になっていた服装だけど、僕以外にも服装にこだわっている生徒は多く、全く気にされなかった。
それはそれで、特別感がなくて悲しいような。
……ん?
何かに気付いたセカイが駆け出した。
「え?どうしたの……」
突然の行動にミュウが困惑する。
全力疾走している姿は、周りの人間にとって異質で、多くの注目を集めていた。
……このままじゃ間に合わない!
セカイは右手を前に左手を自分の足元へ突き出した、次の瞬間、セカイの姿が消え、数歩先の場所に現れた。
奇跡的にも、その場面は誰にも見られていなかったようで、周りを見た後のセカイはほっと一息ついていた。
そして、目指している地点に到達した瞬間、僕の右肩に衝撃が襲う。
「うわっ!」
「きゃっ!」
セカイは露骨に大きな声を出し、大げさに転ぶ。ーーーが、すぐに起き上がり、ぶつかった少女の方へ向かう。
「いたた」
倒れているのは赤髪でポニーテールの少女。……ニーナだ。
頑張って走った結果、向こうがぶつかってきてくれるという最高の状況が完成した。
「ごめん、大丈夫?怪我とかない?」
「うん、こっちこそごめんねっ。急いでても走っちゃ駄目だよね。えへへ」
セカイの差し出した右手を握り、ニーナは自分の失態だと弱々しく笑う。
その様子を見て僕は心が…………全く痛まないね!
逆に向こうが悪いと思ってくれるおかげで、僕に対して申し訳なさが生まれてくれるし、好都合だ。
申し訳ないと思っている相手には、どうしても心理的に下の立場になるはず。少なくとも僕はそうなる。
後は無難に会話していれば、そこそこの関係にまでなれるはず。
ゆくゆくは……くふっ、おっと、ついつい顔に出るところだった。危ない、危ない。
腕に力を入れ、立たせてあげる。
「そのリボン……もしかして、新入生?」
まさか、こんなにも早く会えるとは。
この学校に入学することはミュウに聞いていたから、後で会いに行こうとは思っていたけど、手間が省けて良かった。
「そうなの!あっ、君も?」
元気よく答える様子は、小動物のような可愛さがある。
これには正直、驚いた。背も女の子だと高い方だと思うし、顔も可愛いというよりかは綺麗と言われる見た目で、制服はミュウのスカートよりも短いし、どちらかといったらクールな美人という感じだけど、そうではないらしい……あと、胸の大きさにも驚いた。
僕に怯えていた時の先入観が強いせいで、変な印象に囚われていた。
こんな呑気なことを考えられるのも、ニーナが初対面の反応をしてくれたからだ。ミュウの言った通り顔はバレていなかったみたい。
もし、気づかれていたとしたら……想像するだけでも恐ろしい。
心配事が減り、安堵する。
「うん。僕の名前はセカイ=チータ。セカイって呼んでほしいな」
「私の名前はニーナ=フォック。私も、ニーナって呼んでねっ!よろしく、セカイ君」
「こちらこそよろしく」
よしっ、初対面としての挨拶は完璧だ。これ以上ない出来だと言えるだろう。
「そっちの子は?」
ニーナが見ているのは僕ではなく、その後ろ。
そういえば、ミュウがいるのを忘れてた。
僕もミュウの方を向くと、ゴミを見るような目でこっちを見ていた。
今日は朝から僕の評価が急降下している気がする。
やり方はどうであれ仲良くなるキッカケを作ったんだぞ?そんな目で見られるのは心外だ。
「ミュウ=チータ。よろしく、ニーナ」
「え、チータってことはセカイ君の……妹?もしかして、お姉さんだったり?」
外見を見て困惑したが、名前から僕とミュウとの関係を察したようだった。
似ていないのは当たり前だが、こういった反応は僕の顔が整っていないと再確認させられる。
「ん、そんな感じ」
おい、違うだろ。
「そうなんだっ、よろしくねミュウちゃん!」
勢いよくミュウの手を取って握手をしている。
よし、まずは友達としてのポジションを獲得できた。ここからは時間の問題だ。
すぐに惚れさせてみせる。
ここから夢の学校生活が始まるんだ。
「ニーナ、待ったか?って……ん?」
セカイがそう思った直後、記憶に新しい耳障りな声が聞こえた。
「あっ、ブランっ」
その声の主を待っていたかのように、ニーナが笑みを浮かべ、元気よく手を振る。
嫌だ、振り返りたくない。
振り返ったら、夢の学校生活が始まる前から崩れそうな気がしてならない。
だが、ここで一人だけ振り返らないという不自然な行動をするわけにもいかない。
ふぅ、と深呼吸をして後ろを振り向く。
そこには予想通り、あの時のイケメンがいた。