1.誘拐①
「ちっ、邪魔だぁ!」
「うわっ」
僕、セカイ=チータは前から走ってきた男とぶつかり情けなく尻餅をついた。
その男は謝りもせず、焦った様子で走り去る。この道は周りに建物が立っているため、夜になると月の光が遮られ、暗闇になっていた。
そのせいで、僕の目では男の姿を確認することができず、声と体格で判断するしかなかった。そんな不自由な視界の中で、唯一と言っていいほどの特徴を確認することができた。
その男の脇には何やら大きな物が抱えられていた。抱えられているものは、例に漏れず暗闇のせいで視認することができなかった。
しかし……。
女の子が攫われている。
セカイには、そう断定できた。
その瞬間、体が動く。
男に気づかれないために足音を消して走る。そのせいで、かなり滑稽な走り方をしているが気にしない。女の子を助けることに比べたら小さなことだ。
あんなにも慌てるってことは、誰かから逃げているようだけど、僕の後ろには追いかけている人は見えない。まぁ、人を攫ったんだから、早く安全なところまで逃げたいだけなのかもしれないけどさ。
男の行動から推測を立てるが、答えは見つからない。
そんなことより……。
さっきから抱えられている女の子は全くといっていいほど動いていない。
攫われている時って、抵抗するはずだよな、それがないってことは眠らされているのか?
もしかして……すでに死んでいるとかないよな。
ハハッ、まさかな。
女の子はきっと生きてる。
そう言い聞かせ、再び追いかけることに集中する。
***
数分間、追いかけていると、女を抱える男の速度が目に見えて落ちていた。
人を抱えているんだ、そろそろ限界か?
普段から運動をしていなかったセカイは、よかったと言わんばかりに息を大きく吐き、走るペースを落とす。
セカイが気を抜いた、その瞬間、真っ直ぐ進んでいた男が角を曲がった。
もしかしてバレた?
セカイが気を抜いたのと、男が角を曲がったことのタイミングが合いすぎて、そう考えるのも無理はなかった。
待ち伏せされていることを警戒し、すぐに追いかけず慎重に行動する選択を取ったセカイには、1つの懸念点があった。
……このせいで見失ったらどうしよう。
実は考えすぎで、待ち伏せなんてされていなく、警戒していること自体が無意味だったら、今まで走ってきた労力が無駄になってしまう。
そうなったら……女の子がどんなひどい目にあうかわかったもんじゃない。
一度、嫌な想像をすると無限に広がっていく。
心臓をバクバク鳴らしながら、角の先を覗き込む。
覗いた先には空き地があり、視界が明るくなるほどの月の光が差し込んでいた。
空き地にはポツンと倉庫のような建物が立っていた。ボロボロで飾り気の一切ない、その倉庫は普段から使われているようには見えなかった。
そうなると、女の子を攫うためだけの一時的な合流地点のようなものだと推測できる。
とりあえず、待ち伏せされていないことに安堵すると、建物の周りに人がいないことを確認し、中を覗くために窓へと近寄る。
明かりのついている部屋からは、複数の笑い声が聞こえる。パーティでもしているかのような騒ぎ声だ。
この建物には見える範囲で2つの窓があり、右の窓にだけ明かりがついていた。そのことから、この建物は複数の部屋に分かれているのだと考えられる。
明かりのついている部屋を覗くのは、見つかるリスクがあるため、暗い部屋の窓から覗き込むことに決めた。
……真っ暗でよく見えん。
次第に目が慣れてくると、縄で両手を柱に結びつけられた女の子が見えた。おそらく、この子がセカイの追いかけてきた女の子なのだろう。
首がぐったりとしていて顔は見えなかったが、意識がないことは分かった。
窓を叩いて意識があるのか確認したかったが、無闇に音を立てて気づかれたら女の子に余計な危険が及んでしまうかもしれない。決して、ビビっているわけではない。
すぐにでも助けに行きたいセカイは、この部屋に直接入る扉がないか見渡したが、発見することは出来なかった。
女の子を助ける王子様に近道はないのだと、気合いを入れる。
とりあえず、明るい部屋の様子を探るため、しゃがんで移動する。
窓まで近寄ると、中を除くために窓枠に両手をつく。
ザクッと足音が聞こえた。
「おい、そこで何をしている?」
セカイの背後から声をかけられる。
バレるかもしれないと心臓の音を鳴らしていたセカイは、驚きのあまりビクッと体が震えた。
恐る恐る後ろを振り向くと服の上からでも分かるほどの筋肉で全身を武装した男が立っていた。
見張りがいたのかとも思ったが、ズボンのチャックが開いているのを見ると小便をしに来ただけみたいだった。
なんだ、運が悪かっただけか。
それなら……。
「お気になさらず」
そう言って男の横を通りすぎ、立ち去ろうとする。
ーーーが、肩を掴まれ止められる。
「……待て」
「へ?」
この方法でやり過ごせると本気で思っていたセカイは、止められたことに情けない声を出した。
「ここを知られて、ただで帰すわけないだろ」
そんな呆れたような声が聞こえるのと同時に、顔ほどの大きな拳がセカイに迫っていた。