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最初からぶっ飛ばしてます。ご注意を。

愛ちゃんを殺した。ココスで和風ハンバーグを切り分けながら「このナイフでパスタを美味しそうに頬張っている愛ちゃんをブッ殺せるかなぁ」なんていつものように趣味の悪い妄想に耽っていたらいつの間にか殺していた。右手に持っていたナイフを愛ちゃんの喉元に突き刺して。別に私は愛ちゃんを嫌いだった訳じゃなくて寧ろ普通にいい友達だと思っていたし、ただ事ある度に「これで人殺せるかなぁ」なんて考えてしまうなんて悪い癖が昔からあったってだけで、でもまさか本当に殺してしまう日が来るとは思わなかった。私がダイレクトに伝わってきた生々しい感覚にハッと我に返り、あ、やべぇと思って慌ててナイフを引き抜いた途端、愛ちゃんの頸から真っ赤な血潮がぶわぁっと溢れ出て私と食べかけのハンバーグを真っ赤に染め上げた。これ、もうどう見ても和風じゃなくて洋風ハンバーグだなぁと下らない事を考える。チーズをかけたら完璧だろう。


なんて現実逃避していても仕方ないので、さっさとこれから自分がとるべき行動について考える事にする。店内に響いていた喧騒は嘘のように止み、まるで時を止める魔法でもかけられたかのようだ。逃げるなら今のうちかなぁなんて思いはしたけど、こんな人目につく場所で堂々と殺しちゃったんだから、たとえここから逃げ出せても留置所以外の場所で明日を迎えることは無理そうだな。あー詰んだ。14歳にして人生詰んだ。あとごめんね愛ちゃん、ちょっと手が滑っちゃったみたいで。


然し、何で私はファミレスのナイフなんかで愛ちゃんを殺せたのだろう。どう考えても人を刺せる程の鋭さはこのナイフには備わっていない筈なのに。実はこのナイフだけやたらと鋭く作られた特別製だったりするのだろうか。私は不審に思いつつ手に持ったままだった血のべったりついたナイフを眺めてみるけれど、血が邪魔で正確な確認は出来ないにしても、特に変わった点はないように思える。紙ナプキンで血を拭い取ってから調べても良かったけど、そこまでするのも手間だしまぁいいかなって。


と、ここで店内に鋭い悲鳴が響き渡った。ドリンクコーナーでメロンソーダを注いで席に戻る途中だったJKのものだった。持っていたグラスが床にガシャンと落ち、彼女が履いていた学校指定のものらしいローファーをバシャッと濡らす。それを皮切りに、店内は一瞬でパニックに陥った。


「ひ、人殺し!!」


ヒステリックに誰かが叫ぶ。


「い、今のうちにそいつを取り押さえろ!」


どこかで轟いた野太い声に呼応して、スーツ姿のおっさんが私を取り押さえようと迫って来たが、返り血をびっしょりと浴びたままじっと佇む私にビビってなかなか近寄れないでいるらしい。今の私はそれだけ不気味なのだろう。


はぁ、やっちまったなぁと嘆いていても殺した愛ちゃんが蘇る訳でもない。取り敢えず、人を殺しちゃったら先ずは110番だよね。私がそう考えてバックからスマホを取り出そうとした途端。


傍らにいたおっさんの頭がポンッと爆ぜた。


「……は????????」


思わず私の思考が止まる。自分の眼球から送られてきた視覚情報を思わず疑う。もしかして、私の目がおかしくなったのだろうか。いやだって、いきなり頭だけ爆ぜるなんて死に方ある? 頭に爆弾にでも仕込まれてたの? 何のために?もしかして、この空間のどこかに真庭喰鮫(初代)でも紛れ込んでいたのだろうか。


なんて考えている間にも店内に居た人々の頭はポンポンポンッとまるでくす玉が割れるように破裂し続け、店内は血糊やら脳漿やら肉片やらで禍々しく彩られてゆく。全く信じられない事だが、これは現実に起こっている事らしい。私はその様子を横目に見ながら、バッグからスマホを引っぱり出し、ムービーで客たちの頭が吹っ飛ぶ様を7秒程撮影した後、Twitterの公式アプリを開き、「地獄なう」という呟きと共にツイートした。どう考えても不謹慎だったが、どうせ私も死ぬだろうし、折角だから死ぬ前に大それた事がやってみたかったのだ。何の面白みもないまま人生を終わらせるのも癪だし。


次々と更新されてゆくスマホの通知を見ながら戯れに愛ちゃんの血で味付けされたハンバーグにJKの脳漿を絡ませながら喰っていると、やがて店内に断続的に響いていたポンッという破裂音がピタリと止み、辺りは静寂に包まれた。どうやら私は一人生き残ってしまったらしい。私はそのまま数秒待機して、私の頭が破裂しそうにない事を確認すると、ダッシュでトイレに駆け込んで、手洗い場で何度も口を濯いでから、ドリンクバーのココアをがぶ飲みした。血と脳漿で味付けされたハンバーグは普通に不味かった。


店内はまさに地獄絵図。赤やら灰色がかったピンクやらで鮮やかに彩られた空間のあちこちに、首だけが欠損した元人間の肉塊がバラバラと散らばっている。まるで安っぽいB級映画でも見ているみたいだ。どこかこの光景が安っぽく見えるのは、この空間にはどんな卓越したカメラワークも証明も監督の支持も関与していないかだろう。午後のうららから日差しが差し込む、ごく普通の明るい店内。その中でこんな地獄絵図が突然展開された所で、それに現実感を持てと言う方が無理な話だと私は思う。


……ていうか。マジで何なの、これ。


どう考えても人間の仕業では無かった。何らかの超常現象が関与していると仮定する方がしっくり来る。まぁ仮にそんな超常現象によって私以外の人間が何者かによって殺されたとして、私だけが生き残った理由が分からない。もしかして、私が愛ちゃんを殺したから? 確かに、愛ちゃんの殺害という行為がこの状況を誘発したと考えるのが自然だろう。


となると、この地獄絵図を引き起こしたのは、私なのか?


……私、実は超能力者だった??


そう考えれば、どう考えても人を切れる程鋭くないちゃっちいナイフが愛ちゃんの喉にめり込んだ理由も推定出来る。単純に、物体の切れ味を増すような能力を私が有していれば言い訳だから。


……さて、予想外の出来事はあったけど、さっさと警察を呼ぶとするか。この歳でムショ生活とは、何とも世知辛いものである。


「あら、折角助けてあげたのに、自首しちゃうの?」


と。


頭上から突然そんな声が降って来て、私は勢い良く顔を上に向けた。すると、ゴスロリっぽいワンピースを着た私と同い年くらいの女の子が宙にぷかぷか浮かびながら、偉そうにふんぞり返っているのが見えた。濃いブロンドの髪に勝ち気そうな笑み。瞳は淡いヘーゼルで、肌の色は透ける程に白い。明らかに日本人ではなかった。というか、人間かどうかすら怪しかった。


「……あなたは、何者?」

「あんたは、あたしが何者だと思う?」


質問を質問で返され私は困惑する。それが分からないから聞いているというのに。ただ、それを言った所で大人しく私の言う事を聞いてくれるような子(?)じゃなさそうなので、私は取り敢えず「うーん、幽霊?」と無難そうな答えを返した途端に暫定幽霊の彼女は「そんな低俗なモンと一緒にすんなーーー!!」ときゃんきゃん吠え、私の耳にキーンという耳鳴りと疼痛をプレゼントして来た。そんなすぐ癇癪起こすくらいなら質問すんじゃねーよ。


「幽霊じゃないなら、何?」

「あたしは死神よ、しーにーがーみー!! 幽霊なんかより断然偉いんだからね、なにせあたし達は奴らを管轄する側なんだから!! まぁあたし達は殺すだけでネクロマンサーみたいに奴らを回収したり使役したりはしないんだけどね。ただ決められた対象をぶっ殺して魂抜き取ってエンマの元までカッ飛ばすだけの簡単なお仕事よ」

「あぁ、うん……」


よく喋るなぁ、この死神(暫定)。そんな唐突に設定喋られても、私も読者の皆様もついていけないよ。


「んな事言っても、どうせ9割以上の読者様は強烈過ぎる冒頭についていけずにさっさとブラウザバックしていると思うわよ?」

「私もそれには同意するけど」


こんなニッチ過ぎる作品を書いて、作者の奴は何がしたいんだか。


「それで? その死神様が、私に一体何の用?」


私がそう聞くと、死神は待ってましたとばかりに手をポンと叩き、私の横にストンと着地した。そのまま両手を腰に当てて、やっぱり偉そうにふんぞり返る。どうやらこれが彼女のデフォらしい。ナチュラルに人を見下して来るスタイル。まぁ曲がりなりにも神様っぽいしね、そんなものなのかもね。


「結論から言うと、あたしはあんたを勧誘に来たの」

「勧誘?」

「そう、勧誘」

「……何の?」


私がそう尋ねると、死神は腰に当てていた腕のうち片方を私に向かってビシッと差し出した。なにこれ、握手? 釈然としないまま取り敢えず彼女の手を握ると、途端に繋がれた腕がブンブンと振るわれる。肘の関節がどうにかなりそうで、私は思わず顔を顰めた。


「これで、あんたもあたし達の仲間ね!!」

「……仲間って、何のさ」

「決まってるじゃない。死神のよ」

「はぁ?!」


死神? ……私が?


「私が死神? 何の冗談よ……」

「でもあんたには、死神としての素質があるわ!」

「そんな事言われても嬉しくも何ともないんだけど」


寧ろdisられてる感すらある。


「ちなみに、死神の資質って何なのさ?」

「人を殺してもニュートラルで居られる事よ」

「……へぇ? 快楽殺人鬼とかじゃなくて?」

「それは寧ろタチが悪いわ。別に死神は快楽の為に人を殺す訳じゃないもの。殺すのはただの仕事よ」

「それなら殺し屋を勧誘した方がいいんじゃない?」

「そうだけど、女性の殺し屋って少ないのよねぇ……」

「あれ、勧誘するのは女性限定?」

「性別を統一した方があんまりいがみ合わなくて済むからって死神長が言ってたわ」

「死神長……」


「長」ってつけた途端妙に響きが安っぽくなったのうに感じられるのは私だけだろうか。


「……でも、私が死神なんかになれる訳? 私、ただの人間だよ?」

「勿論、そのままでは無理よ。だから、あんたには一つ、試練を受けて貰うわ!」


死神はそう言うと、徐にテーブルに向かってビシッと指を突き出した。一体何してんだこいつ、なんて思いながら彼女の様子を眺めていると、やがてテーブルの上の空間が揺らぎ、いつの間にか漆黒のダガーみたいな何かが出現していた。何か、というのは単にそれがぶっといダガーの形をしていたからであって、私にはどう見てもそこだけ空間が切り取られてしまったようにしか見えなかった。それ程そのダガーは黒々としており、その表面にはどんなに僅かなツヤすらも見て取れない。明らかに存在感が異質なのだ。はてしない物語に出てきたノックスってきっとこんな感じだったんだろうなぁと思った。まぁ現在の科学技術を使えば、こういう「超黒」って作り出せるらしいけど。

彼女はそのダガーっぽい何かを取り上げると、私に向かって無言で差し出す。私は戸惑いながら死神の顔を見上げると、彼女は一つ、黙って頷いた。どうやら受け取れと言いたいらしい。


……いや、こんな得体の知れないものなんか貰いたくないんだけど。呪われそうだし。


私は抗議の意味を込めて死神を見詰める。死神は黙って首を振るだけだ。私は目にグッと力を込めて、更に死神を見詰め続ける。すると、段々死神が面倒臭そうな顔に変わって来た。あ、これはアカンやつだ。私の背中を、ツーッと汗が伝ってゆく。


「……嫌なら、あたしが今あんたを殺してあげてもいいんだけど?」

「滅相もございません」


私は恭しくナイフを受け取った。ナイフはどっしりした見た目に反して拍子抜けする程軽かった。ジュラルミン製とかなんだろうか。


彼女は呆れたように溜め息をついて、私にじっとりした視線を送って来た。私はその視線を務めて無視しながら、取り敢えず貰ったナイフでそこらへんに転がっていたオッサンの背中をブスリと刺してみた。すると、ほぼ何の抵抗もないままに、ナイフは根本までオッサンの肉体に埋まってしまった。肉を切ったという感覚すら希薄だ。驚く程の切れ味である。ヤフオクに出したら千万円くらいで売れるかもしれない。


「凄い切れ味だね、これ」

「神の武器がなまくらな訳ないじゃない。ていうかあんた、ナチュラルに人間で試し斬りしたわね」

「だって、どうせもう死んでるし」

「まぁ、そうね。で、そろそろ試練の話に移っていい?」

「あぁ、そういえばそんな話だったっけ」

「あなたねぇ……」


死神はもう一度、大きく溜め息を吐いてから、ちょっとだかうんざりしたような調子で、こう言い放った。


「誰でもいいから、そのナイフで999人ぶっ殺しなさい!」

















「おはよう、ノノ……」


リビングに入った私を、心配そうな顔で母が出迎える。なにせ、今の私は「親友を亡くした可哀想な女の子」なのだ。それで落ち込まない女の子なんて、普通に考えて居る筈がないのだから。だから、私はいつもの仏頂面を少しだけ歪ませて、悲しみに沈むヒロインを装う。私の異常性を母に知られてはならない。私の異常性を表出してこの平和を壊してはならない。何の変哲もない家庭に生まれ、何の変哲もない環境で育ったのに、何故私はここまで捻じ曲がってしまったのか、自分でも不思議で仕方ないのだけど。


多分私という人間は、母の胎内で製造される途中で致命的なバグを抱え込んでしまったのだと思う。私が生まれてしまった事は、きっと何かの間違いなのだろう。だからと言って死ぬ気もないから、私は今日まで無難に生きてきた。


そんな生活ともおさらばなんだなぁと思うと、ちょっぴり哀愁を感じなくもないかも知れない。所詮はゼロに近似出来る程度のものだけど。


教室に入った後も、私を迎えるのは酷く私に同情的なクラスメイトの群れだった。大して仲が良くなかった子も、今日に限ってはやたらと親しげに私を慰めに来る。口々にかけられる言葉に辟易しながらも、私は俯きながらただ頷いていた。「大丈夫? 元気出してね」「ノノちゃんは愛ちゃんと一番親しかったもんね」「うんうん」「これからは私たちがついてるからね」「そーだそーだ」エトセトラ、エトセトラ。こいつらはクラスメイトの死というイベントすら利用して連帯感を確認したいだけなんじゃないかとすら思える。


やがて、私の周りに集っていた女子の群れがズザザザザーっと割れて道を作ると共に、私の肩がポンと叩かれる。「ここからは彼に任せるわ。存分に慰められてらっしゃい」なんて耳元で囁かれる。そうやって出来た即席の花道の向こうに、今にも泣きそうな表情で佇む我が幼馴染。そう、幼馴染である。かれこれ年少の頃からずっと一緒だった腐れ縁だが、断じて彼氏なんかではないという事は一言釘を指しておきたい。周りが面白がって色々とはやし立ててくるだけなのだ。甚だ迷惑な事に。


そもそも私には恋愛感情というものが存在しない。ていうか、自分以外の人間は等しくどうでもいい存在だと思っている。


「お、お前、その……大丈夫か?」


大丈夫って、普通の女の子なら大丈夫じゃないに決まってるだろうに。親友が死んで平気な女の子なんて、余程の冷血動物か私くらいのものだろう。こんな時は「大丈夫か?」ではなく、「……辛かったな」と一言呟いて頭を軽く抱き締められる位が一番ポイントが高いんじゃなかろうか。私はそうされても別に嬉しくないけど。


なんて思いながらも、私は「う、うん、大丈夫……」なんて弱々しく吐いて、頭を俯かせながら、悲しさを堪えるように唇を噛んでみせた。多分こうするのが無難なんだろうなぁとか思いながら。活発な少女を演じれば、その分人と関わる事も増えるからボロが出やすくなるだろう。気弱な少女のフリをしていた方が断然楽なのだ。


「そ、そうか……」


幼馴染くんはそう言って、辛いものを堪えるように俯いた。ほんとに善良な奴である。「親友を失くした可哀想な女の子」に共感して自分も存分に悲しめるその能力。私は他人に共感するなんて特殊能力は持ち合わせていないから、そんな彼が滑稽にも思えるのだけど。そもそもこいつが勝手に私の演技に釣られて一緒に悲しんでる気になってるだけだし。


なんて思いながら、垂れた前髪の隙間から幼馴染くんの様子をじっと観察していると、彼は何かを決意したようにキッと顔を上げると、気合いを入れ過ぎて喉が詰まったみたいな声を出しながら、こう言い放った。


「お、俺で良ければ、いつでも力になるからさ!! だ、だから、遠慮なく、俺を頼ってくれよな……!!」


頼るも何も、お前今日ここで死ぬんだけどな。そう口に出してしまいたくなったけど、一先ず自重して「うん、ありがと」と控えめに笑っておいた。


と、ここで丁度チャイムが鳴り、担任の今村先生がガラガラと引き戸を開けて入って来た。私の周りに集っていた幼馴染くんその他もすごすごと自分の席に戻ってゆき、何がともあれ、今日の学校生活が無事開始されたのだった。



















「……は? いきなり何言ってんの?」


私はそう言って、「999人ぶっ殺せ」なんて非常識な文言を吐いた死神を胡乱げに睨んでやった。それでも死神は怠そうな態度を変える事なく、「だから、あんたが死神に成る為には、999人を殺す必要があるの」と繰り返した。


「死神になるにはね、1000人の魂を犠牲にしなかればならないのよ。それも、死神に成る人物が自分の手で殺した人間の魂がね! 殺した魂はあなたが今持っているナイフに封入されて、死神へと位階が上がる際に消費されるの」

「……あぁ、うん。曲がりなりにも『神』なんて名のつくものになるんだし、それ位の対価は必要かも知れないけどさぁ」


でも、私が言いたいのはそういう事じゃなくて。


「……私、ただの人間なんだけど。それなのに、999人も殺せると思ってるわけ?」


これまで存在したどんな凶悪殺人の中にも、100人以上の人間を殺した者は居なかった筈だ。だが、それも当たり前の事なのだ。人を殺すにはかなりのリスクが伴う。人を殺したという嫌疑から逃れる為のアリバイ作り。死体の隠蔽。対象となる人間の隔離、などなど、人を一人殺そうとするだけでも膨大な手間がかかるのだ。それでも、それだけ大量に殺そうとすればいずれボロは出るだろうし、万が一成功したとしても完遂するまで何十年もかかってしまうだろう。それなのに、999人殺せって? 冗談じゃない。たとえ街中で通り魔的な犯行に及んだ所で、999人どころか10人も殺せないうちに捕まってしまうのがオチだろう。


「……まぁ、そこは頑張れという他ないわね」

「根性論かよ」

「でも、流石に何の力もないままで999人殺すなんて無茶な話だって事は分かってるわよ。だからあんたには幾つか、死神の力を与えておくわ!」

「死神の、力……?」


それって、デ○ノートに書かれた人間を殺すとかいう?


「……そんなコミカルな能力じゃないわよ」

「心を読まれた?!」

「曲がりなりにも神なんだから、その位は出来るわよ。今回その能力は与えられないけれど」

「別に、欲しいなんて思ってないよ。そんな周りの人間に興味ないし」

「そう。じゃ、今回与える能力の説明に入るわね。先ずは、指定した空間を他の空間から隔離する能力。これは例えば、個室のトイレに対してその能力を行使すれば、中で用を足していた人間は能力を解除するまで外に出れなくなるわ」

「何でトイレを喩えに出したの……」

「後は、あなたの身体能力を3倍に引き上げておくわね。この力があれば、ジャンプして個室のトイレの中を覗けるようになるわ」

「だから、何でトイレを喩えに出すのさ。それとも何、それが君の性癖なの?」

「……」

「黙って頬を赤らめるな」


ドン引きだわ。スカトロ趣味の死神とか。


「ま、まぁ、あんたに与える能力はそんな感じよ。後は、元々持っているあんたを上手く使えば、999人斬りなんて余裕よ、余裕!」

「簡単そうに言わないでよ……。ところでこれ、失敗したらどうなるの?」

「どうなるって、その場合は警察に殺人容疑で捕まってお終いよ」

「そこは現実的なんだね」


神になり損ねた者は人間によって処罰されろと、そういう事なんですかね。


「説明は以上よ。じゃ、ちゃちゃっと能力を譲渡するわね」

「え、ちょっと待って」

「何よ」

「や、私死神になるだなんて一言も言ってないんだけど」

「はぁ?!」


……そんな目で睨まれても。


「今完全にそういう流れだったじゃない?! 何でここで断るのよ!!」

「私が流されて動く程単純な人間に見える?」

「い、いや、でも……えぇぇぇ」


しにがみ は こんらんしている!


「で、でもあんた、このままだと刑務所に収容されて、一生人殺しの烙印を背負って生きるしかなくなるのよ?!」

「それは仕方ないでしょ、私はそれだけの事をしたんだし」

「あと、あんたがさっきTwitterに挙げた動画が炎上してあんたの個人情報が特定され、あんたの家族まで化物の家族として白い目で見られる事になるのよ?!」

「え、あいつら私が殺した訳じゃないのに」

「あんたが特殊能力で殺したって事になってるわよ?」

「馬鹿な、私はただの人間だ!」

「ただの人間は、頭が爆発して死んでゆく人間たちの様子を何食わぬ顔で撮ったりしてないと思うけど」

「……」


自覚はあるわい。


「で、どうすんの? あたしだったら、あんたのあのツイートを無かった事に出来るけど」

「死神万能だね」

「でしょ? 今ならあなたもなれるわよ?」

「そんな押し売りみたいに言われても……なるけど」

「なるんかい! ……でも、意外ね。あんたは家族に対する情なんて毛ほどもないと思ってたわ」

「まぁそうなんだけど、流石に恩を仇で返すような真似は、ね」

「なるほど、見栄ね」

「煩いな……」


いいじゃん、それで生まれる幸せがあるのなら。


「じゃ、その能力の譲渡ってやつをちゃちゃっとやっちゃってよ」

「途端に偉そうになったわね、あんた……。まぁいいわ。じゃ、目を瞑って頂戴」

「目を……? 分かった」


やたらと眩しい光が発生したりなんていうアレなんだろうかと思いながら言われた通りに目を瞑ると、数秒後、唇に掠る柔らかい何か。


「?!」


驚いて目を開けると、多分15cmくらいの間隔を開けて死神の顔がどアップで映っていた。私が展開についていけず目を白黒させているうちに、いきなり死神の顔がグッと近付いて来て、彼女の唇が私の唇に重ねられる。ここに来て漸く、私は死神にキスされているのだという現実に気付いた。


いや、何でだよ。それとも、これが能力の譲渡の儀式だって言うのか?


どうしたらいいのか分からないまま固まっている間にも、彼女の唇はゆっくりとスライドし、私の下唇を、角度を変えながら何度も唇で甘噛みして来る。混乱した思考回路を正常化するまもなく、段々意識がボーッとして来た。身体から段々力が抜けて来る。これはやばいと思って頭を何とか振りほどこうともがいたけれど、彼女の両腕で頭ががっちりホールドされてビクともしない。ヤバい、ヤバいという言葉だけが脳内で響いてゆく。やがて私の唇の間に何だかふにふにした柔らかいものがニュルっと割り込んで来た。勿論ここでこの条件に合致するものと言えば、彼女の舌しかない訳で。「いやいやいやいや、何でそこまでする必要があるんだよ?!」と思いながらせめてもの抵抗で歯をきっちり閉じる。まるで蛇にでも絡みつかれた気分だ。このまま私が呑まれそうで怖い。

抵抗する私に対し、死神の舌は未練がましく私の歯茎を執拗に舐り始める。歯茎越しに歯の奥の奥を撫でられるような、よく分からない感覚だった。何だろう、段々私の歯茎が溶かされてゆく感じがする。死神の唾液が実は酸だったりするのだろうか。このままでは歯がボロボロ抜け落ちてしまいそうだ。意識が遠くなる。そして終に私の口から力が抜け、開いた歯の隙間から彼女の舌がとうとう侵入を果たした。私の舌に絡みつく、微かにザラついた柔らかな物体。


「あふ」


思わず声が漏れる。もう何でこんな事になっているのか考えるのも億劫だった。精神が彼女に侵食されてゆく。その感覚がどこか心地いい。

尖った舌先が私の頬の内側や硬口蓋を刺激するように突っつき回す。かと思えば、だらしなく伸びた私の舌を撫でるように掠めてゆく。私は完全に彼女に遊ばれていた。それが段々もどかしくなって、いつしか私は自分から舌を絡めるようになっていた。

鼻腔に広がる蜜のような甘ったるい香り。そこに幽かに混じる、錆びた鉄の匂い。そういえば今、私達は数十の損壊した死体たちの間に立っているんだ。なんて倒錯しているんだろう。こいつらの命はきっと、今この瞬間を彩るために惨たらしく犠牲になったのだ。私たちは数多の犠牲の上に立っているのだ。犠牲があるからこそ生は輝く。そう、これは正義なのだ。

彼女の舌を伝って、彼女の唾液が送り込まれて来る。僅かに甘いその液体が私の口内へと溶け込んでゆくにつれ、身体にどんどん力が漲ってゆく。まさか彼女の唾液が私の身体中の細胞を活性化させているとでも言うのだろうか。もっと、もっととばかりに私は舌を伸ばし、彼女の口蓋を割ってナカへと忍び込んでゆく。私に流れ込む力が段々とその強さを増している。やっとオアシスに辿り着いた渇きに喘ぐ砂漠の隊商にでもなった気分だ。まだだ。まだまだ物足りない。もっと強く、もっと激しく。

何度も喘ぐように、吸い尽くすように舌を絡めるにつれ、顎が私たちの唾液でべちょべちょに汚れてゆく。それがどうにももどかしくて、勿体無くて、私は必死で彼女の唾液を啜っていた、やがて突然、身体が凄まじい快感に貫かれた。ただでさえ危うかった意識は容易く吹っ飛ばされる。私の身体を包み込む浮遊感。まるで幻想の世界に迷い込んでしまったよう。そして、訪れる全能感。今なら、私は何だって出来そうだった。

私は多分、新たな存在へと改変されたのだと思う。肌に纒わりつく空気の感覚も、目に入る視界の鮮明さも、そして身体の内側にふつふつと沸き起こる力も、何もかもが以前とは違った。能力の譲渡だけではない。私の存在が根底から改変されたような感覚。そう、それはまるで「人間」を卒業して、別の何かへと進化したような。言うなれば、今の私は「死神見習い」といった所だろうか。今でさえこんなんなのに、もし私が本当に死神になったら、一体どれほど凄い事になるのだろう。

私は犠牲を搾取する存在として選ばれた。だから、私にはこの不健康な世界に再び生の輝きを齎す義務がある。だって、現代の人間は余りにも生に対して無気力過ぎる。それは死という概念からの逃避と等価だ。文明という殻に閉じ篭った人類は、いつしか自らも動物であるという自覚を失った。自分たちは容易く死ぬとだという事を。その生がどれほど有難いものなのかという事を。だから、思い知らせてやる。腑抜けた人間達に、死への恐怖を。


死神への畏怖を。


メメント・モリ。死を忘れるな。私はいつでもお前たちを殺してしまえるのだから。


「ぷは」


口が離される。私と()()()の間をつーっと伝ってゆく銀橋。私は名残惜しげに彼女の舌を負いながら、それを優しく舌で絡め取った。目の前には、頬を上気させた()()()の顔。私の心臓が知らずドクンと跳ね上がる。


「で、どうだったかしら?」


お姉様はそう言った後、面白がるような視線で私の顔を覗き込んできた。


「ど、どうって……。何が、ですか……?」

「あら、言わせたいの?」

「そ、そんな事は……!」

「なら、言ってあげるわ、気持ち良かった? あたしとの」

「う、うあああああああ!!」


弄ばれている。完全に弄ばれてている。でも駄目だ、私はどう足掻いてもお姉様に逆らえなくなっていた。一部とはいえ死神の力を受け入れたからだろうか。本能が告げるのだ。この方はずっと私なんかより「格上」だと。でも、何だよ、「お姉様」って。別に私はお姉様をそんな呼び名で呼びたい訳じゃないのに、でも何故かお姉様をそれ以外の呼称で呼べないのだ。お姉様をお姉様と呼ぼうとしても、口が勝手にお姉様と発音している……。あああああ、この変な現象のせいで、モノローグまで意味不明な事になってしまった。しかも口調まで勝手に敬語になっている。


「あら、気付いた?」

「……な、何なんですか、この現象」

「あたしはね、あなたの教育係なの。あなたが死神になった後も、あなたが1人前の死神になるまでサポートするのがあたしの役目よ。でも、それってぶっちゃけ面倒じゃない?」

「は、はぁ……」

「だから、わざわざ教育係になろうとする死神ってあんまり居なかったのよねぇ。それに、教育係になったからって担当した新米が死神になれる確立ってあんまり高くないし、そうなったらこっちは無駄骨じゃない? そこで困った死神長は、死神たちのやる気を引き出す為に、教育係となった死神にある権利を与える事にしたの」

「そ、その権利って……?」

「ズバリ、担当する新米に対して何でも言う事を聞かせられる権利よ!」

「……」


……は?


「……はああああああああああああああっ?!?!」

「おっ、今日一番の叫び声ね。騒音計では130dBを記録したわ、凄いわね!」

「いやいやいやいや、マジ何してくれてんですかお姉様。えっ、なら私今からずっとお姉様のいいなりって事ですか?」

「そうなるわね」

「ドヤ顔で何言っちゃってくれてんすかこのお姉様は」


……「馬鹿」も自動的に「お姉様」に変換されんのかよ。


「あぁ、でもあなたに対して直接害を及ぼすような命令は出来ないから、心配しなくていいわよ?」

「……でも、それ以外なら何でもアリって事ですよね?」

「悔しかったら、あんたも将来教育係になって受け持った新米をいたぶればいいわ」

「上下関係の厳しすぎる工業高校かよ……」


下級生の間虐げられた鬱憤を晴らす為に、自分が先輩になった途端後輩を虐め抜くという負のスパイラル。まさに不毛。


「ま、その為にはちゃんと死神になれなきゃダメなんだけど」

「大丈夫ですよ。明日の夜には、私は真の死神へと生まれ変われる筈です」

「……凄い自信ね」

「自信というか、そうならなきゃダメなんです。これは、使命だから」

「使命?」

「はい」


私は頷く。


「だって、思い知らせなければいけませんから。お前らは所詮、生命だって。犠牲があってこそ生は輝くんです。背景に死を置いてこそ生は浮かび上がるんです。人間1人なら何も変えられません。でも、死神ならばそれが可能なんです。だから、私は失敗しませんよ。絶対に」

「……へぇ」


お姉様は、私の言葉に大して面白くもなさそうに相槌を打った。その態度にちょっとムッとしたけど、我慢我慢。


「……あんたは、そうなのね」

「はい?」

「いえ、何でもないわ。まぁあんたがそこまで言うなら、ちょっとだけ期待しててあげるわね」

「失礼ですねー。こんなの余裕ですよ、余裕」

「口だけで言うのは簡単よね」

「もう……。ま、見てて下さいよ」


私はおっさんの死骸に突き刺さったままだったダガーを抜き取り、それをひらひらと振りながら言った。


「明日999人、ちゃちゃっとぶっ殺してあげますんで」



















4時限目終了のチャイムが鳴り、漸く朗々と続いていた先生の一人語りが終えられた。いつもなら授業の終わりと共に教室はどっと喧騒で満ちるのだが、今日の教室は酷く雰囲気が重かった。授業中ですら時折啜り泣く声が聞こえる。まるでお通夜だ。愛ちゃんのお通夜は今日の夜なんだけど。

午前中は散々だった。どいつもこいつもメソメソしっぱなしだし、一応愛ちゃんと一番仲が良かった私は嫌になるほど慰めを受けた。彼女たちが求めているのは分かる。共感だ。愛ちゃんと一番近かった私が一番悲しみを共感してくれると思っているのだろう。表面上は善意で近付いて来ても、心の底ではそういう欲求を抱えているのだと思う。だから、私も悲しむ。俯いて、泣いて、「一番悲しさを共感してくれる女の子」を演じ通す。腹の中ではどれ程滑稽に思っていても。それが、私が今までずっとやってきた事だから。


でも、それももうすぐ終わりだ。私はこいつらを殺して、死神として生まれ変わるのだ。そうなったら、私が今までのような演技をする必要がなくなる。周りにいちいち迎合する必要もなくなる。


私は、自由になれるのだろうか。


ずっとこの世界から抜け出したかった。この不自由な環境から解放されたかった。一体何で私みたいな存在が生まれてしまったのか。そして何で私はこんなにも欠けているのか。それを恨む事は無かった。私はそこまで自分の執心出来なかった。それでも、ただただ自分の存在が疑問だった。私が存在しているという現実に違和感を感じていた。


だから、降って湧いた「死神」という存在に私は飛びついた。今の私から解放してくれるものとして。そして、私に存在意義を与えてくれるものとして。私はやっと、本当の意味で生きて行ける気がするのだ。これまでただただ浪費してきた、私自身の人生を。


だから。


「お、おい?! ドアが開かないぞ?!」


教室から出ようととしていた男の子が、突然そんな素っ頓狂な声を上げた。仕込みは既に完了した。後はひたすら殺すだけだ。


さぁ、私の糧となれ、人間共よ。


私が自分の机の上を指差し、あの漆黒のダガーを顕現させる。真昼の日光に照らされた教室において、明らかに異質なそのダガー。私はそれを右手に握り締め、近くにいたボブカットの女の子の首めがけて振り抜いた。

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