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奇姫  作者: 桜ノ宮
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「ブローデン国の至宝、リラン王女様にご挨拶申し上げます。我が名は、ユーシック・ドランゴ・ドゥオラン。どうぞお見知りおきを」


 片膝を突き、恭しく口上を述べたのは、兄たちにも負けるとも劣らない端麗な顔立ちの青年だった。

 黒衣に身を包んだ青年は、この国では珍しい漆黒の髪であった。海原のような透き通った蒼の双眸が、真っ直ぐリランを射った。

 熱のこもった強すぎる視線に、リランが困惑したように隣に立つ提督を見上げた。

 提督に促され、控えの間へやって来たら、そこに見知らぬ青年がいたのだから驚かないほうがおかしい。


「アレは、私の息子です」

「息子……?」


 ぱちくりと瞬いたリランは、もう一度青年に視線を移した。

 とたん、目があってどきりとした。

 ずっとリランを見つめていたのだろう。

 まるでリランの姿を目に焼き付けるかのように、一瞬も目を逸らさなかった。

 父である提督に一瞥もくれず、リランだけをその美しい瞳に映し出していた。


(きれいな色……)


 こんなにも鮮やかな蒼目は見たことなかった。

 青玉だって、生きた宝石には敵わないだろう。


「姫様もそろそろ専属騎士を迎えられるお年頃」

「そう、ですね」

「お恥ずかしながら、末の息子は、姫様の専属騎士になると言ってきかないのです」

「! わたし、の……?」


 リランの目が大きく見開かれた。


「麗しき王女様にお会いできる日を待ちわびておりました。こうして尊顔を間近に仰ぐことができ、光栄の至りです」


 恍惚とした顔には、リランに対する隠しきれない歓びと、畏敬の念があった。

 初対面だというのに、昔から焦がれていたような物言いに、リランは戸惑ってしまった。

 こんなにあけすけに好意を示した者はいただろうか?


 いいや、いない。


 多くの男は、リランの美貌に怯んで、口ごもってしまう。

 なのに提督の息子ときたら呆けるどころか、リランが引くくらいの情熱をみせた。

 自分の美しさのせいで、また若者を惑わしてしまったと嘆くべきだろうか。

 それとも、これも定めと受け入れるべきだろうか。


「ぜひ私を貴女の専属騎士にお命じ下さい。貴女のためならば、この命を賭すことも厭いません。私は、貴女をなにものからも守る楯となり、道を示す光となりたい。どうか貴女に恋い焦がれる憐れな私に、その栄誉ある機会をお与え下さい」

「……っ」


 リランの顔が強ばった。

 少し前の自分だったら、喜んで承諾していたかもしれない。

 けれど今は――。


(アル兄様を喜ばせるなんて嫌だわ)


 先ほど兄から受けた冷徹な仕打ちを思い出したリランは、眉を寄せた。

 ここでリランが申し出を受け入れたら、アルヴァンス一世の言いなりだ。

 急がなければいけないのは重々承知していたが、小さな反抗心が首をもたげる。


(そうよ。わたしの専属騎士を決めるのに、どうしてじっくりと見定めてはいけないの? 城にいる限り安全だというのに)


 アルヴァンス一世は、自分のことしか考えていない。

 リランの想いなど汲んでもくれないのだ。

 専属騎士は、これから一生を共に過ごす大切な存在。

 軽々しく即決して後悔するよりも、時間をかけて自分に相応しいか見極めるほうがいい。

 ――提督の息子には申し訳ないが、断ろう。

 リランがゆっくりと口を開きかけたとき、それを察したように青年がふっと笑んだ。


「長期戦となるのは覚悟の上。貴女を絶対に口説き落として見せます」


 リランは目を丸くした。

 なんて好戦的な台詞だろう。


「わたし、当分の間、専属騎士を見つける気はないわ」


 リランはきっぱりと言い切った。

 けれど相手も手強かった。

 笑みを深めた青年は、厳かに告げた。


「困ったことに私は、諦めるという言葉を知りません。貴女に受け入れていただくまで、あらゆる手を尽くしましょう」





(変な人、変な人!)


 控えの間を後にし、回廊を歩いていたリランは、顔のほてりを冷ますように両手で頬を包んだ。

 提督の末の息子は変わり者だ。

 なんだかまだ胸がざわめいていた。

 あの自信はどこからくるのだろう。


(わたしは王女なのよ。そりゃ、ドゥオラン殿には心を許しているけれど)


 少し、彼の態度は気安いのではないだろうか?

 提督も末の息子には甘いようで、にこにことしながら見守っていた。まるでそうすることが最善とばかりに。

 提督の和らいだ顔を思い出したリランは、不機嫌そうに口の端を曲げた。

 提督と一緒に住み、家族のように暮らしていたとはいえ、それは仮初めに過ぎない。ただの「ごっこ」だったのだ。

 本物の血縁者には勝てない。

 なぜならリランは王女で、提督は王家に仕える臣下だから。


「……いいなぁ」


 可愛がられているあの青年が心底羨ましかった。

 二人の間に流れる穏やかで、温かい空気が、本当の家族というものなのだろうか。

 リランは、兄たちのことを思い浮かべ顔をしかめた。


(みんな意地悪だわ)


 いいや、彼らだけではない。

 父だって――。

 リランの双眸が曇ったそのとき。


「悲しそうな顔をされていますね」

「!」


 耳朶を打つ優しい声。

 聞き覚えのある声にリランが顔を上げると、そこには眉を下げてこちらを見つめる王子様の姿があった。

 いつからいたのだろう。

 変な顔を見られていたのかと思うと、恥ずかしくて、ここから消えてしまいたくなった。


(なんという偶然かしら。また、この場所でお会いできるなんて)


 これは、愛の女神フローディアが導いた運命だろう。

 やはり、見えない糸で自分たちは結ばれているのかもしれない。

 ふふふっと頬を緩ませそうになったリランは、ハッとしたように髪に手をやった。風によって髪は乱れていないだろうか?

 ああ、この場に鏡がないのが残念でならない。

 次から侍女に鏡を持ち運びしてもらおうか。そうしたらいつでも自分の姿を確認できる。

 愛しい王子様の前でみすぼらしい格好なんて見せたくなかった。


「なにかありましたか? 俺でよければ話し相手になりますよ」


 ゆっくりと近づいてきた青年は、風にあおられてなびいた前髪をかき上げた。どこか艶めいた雰囲気に、リランはどきりとした。

 炎を宿したような赤い髪が、新緑の中に鮮やかに映えた。

 染め粉では決して、こんなに鮮やかな色は生まれないだろう。

 同じ赤がリランの髪にも入っているというのに、雲泥の差だ。

 思わず見惚れていると、それに気づいた青年が苦笑した。


「そんなに情熱的に見つめられると、穴が空いてしまいそうです」

「! ご、ごめんなさい」

「謝らないでください。俺は、嬉しいのです。あなたの視線を独り占めできて」


 青年がじっとリランを見つめた。

 なにかを訴えかけるような甘い眼差しに、耳まで赤く染めたリランはとっさに俯いた。

 ここには、この間邪魔をした侍女の姿はない。

 付き添ってきたダーニャは、頭を下げたまま静かに控えていた。もう一人の侍女のように口出しをする気はないようだ。

 ほかに人気はないせいか、まるで世界には自分と彼だけしかいないように感じられた。

 祝福するかのように小鳥がさえずり、そよ風が駆け抜けていった。


「トルトック子爵様……」

「どうかロディアスとお呼びください、姫君」

「ロ、ロディアス、様……」


 リランは、口の中で転がすようにその名を呟いた。

 名前を呼んだだけなのに、なぜか幸せな気分になる。


「あなたのことが気がかりで、こうして会いに来てしまった俺をあなたはお笑いになるだろうか?」

「い、いいえっ」


 リランは、思い切り首を振った。


 ――ロディアス・ハルバート。


 それがリランの王子様の名前だ。

 御年二十二歳の若き当主である彼は、その甘い顔立ちから社交界でも注目の的だという。

 リランの世話係の一人であるダーニャは、リランよりもずっと宮殿内のことに詳しくて、いろいろ教えてくれた。


 いわく、ハルバート家といえば、新興貴族だそうだ。先見の明を持っていた初代当主が、香辛料を専有したのがはじまりだ。稀少な香辛料を高値で売りつけることで財を成した初代当主は、あっという間に豪商としての地位を築いた。

 さらに野心を抱いた彼は、落ちぶれた旧貴族の爵位を買い、貴族の仲間入りをしたという。

 一年前に当主が病で亡くなったため、息子であるロディアスが後を引き継ぎ、トルトック子爵となったようだ。

 許嫁のいない彼は、年頃の娘を持つ親からしてみれば恰好の獲物のようで、お見合いの話しがひっきりなしに届くという。けれど彼は、妹が成人するまで結婚しないと決めているらしい。


 そんな優しい一面を知って、ますます惹かれていくのを感じた。

 格好良くて、人当たりも良くて、危機に陥ったときには助けてくれる……。

 まさに理想の王子様像だ。

 リランが舞い上がっていると、無粋な声が割り込んできた。


「――姫、リラン姫!」


 せっかく良い雰囲気だったいうのに。

 これからというところを邪魔されたリランは、むっとしながら顔を上げた。

 颯爽と現れたのは、提督の息子――ユーシックであった。

 光に包まれた中で、漆黒をまとう彼の姿は、どこか異質だ。

 けれど、大貴族の息子らしい洗練された身のこなしは、リランでさえハッと目を瞠る華があった。

 彼は、一瞬、青年に鋭い視線を向けると、すぐにリランの前に優雅に跪いた。


「ご歓談中、申し訳ございません。貴女に出会えた歓びのあまり、贈り物を渡しそびれてしまいました。どうか、お受け取りください」

「ぁ、これは……」


 不機嫌そうだったリランの表情が、見る間に和らいだ。

 包装もされていないむき出しの状態で、一枚の紙が掌に乗っていた。

 仮にも王女に対して贈る品ではないように感じたのか、青年は苦笑していたが、リランの顔はこれ以上ないほど輝いていた。


(ドゥオラン殿が作ってくださったのだわ)


 それは、見たこともない花の押し花であった。四隅に金箔をあしらい、なかなか凝っている。

 ときおり、文と一緒に、押し花が届くことがあったから、間違いないだろう。

 リランの趣味は、押し花作りである。部屋に飾った花を使って、美しい押し花を作るのだが、それをいつも提督にあげていたのだ。遠く離れた提督が怪我をしないようにと、祈るように押し花を作っては、手紙と一緒に送っていた。

 萎れた花を使って押し花を作るなんて品のない、と馬鹿にして、周囲はちっとも理解してくれなかった。

 リランは、萎れても花は花だと思っている。咲き誇っている様は確かに美しいが、それは一瞬の間だけだ。

 人間の勝手でその一瞬の命を摘んでしまうのだから、最期まで愛でたかった。

 そんな想いから、少しでも長く形を残せるようにと押し花を作りはじめたのだ。

 それに賛同してくれたのが、提督だった。

 一緒に住んでいた頃から、リランの趣味を笑うことなく、慈愛に満ちた眼差しで見守ってくれていたのだ。


「ありがとうございます。大切にしますとお伝え下さい」


 はにかみながらそっと両手で受け取ったリランに、ユーシックも嬉しそうな笑みを浮かべた。


「花が、お好きなのですか?」


 突然の乱入者を驚きとともに見つめていた青年が、ようやく我に返ったのか声をかけた。

 それに慌てたリランは、押し花を胸元で抱きしめたまま、視線をさまよわせた。


「……っ、は、はい!」

「ああ、どおりで。花で着飾ったあなたは、だれよりも魅力的でした」


 青年がにっこりと微笑んだ。


「ロ、ロディアス様も花がお好きですの?」


 リランの声が上ずった。


「ええ、美しいものは愛でたくなるものです。あなたのように」

「!」


 甘い言葉に、くらくらした。

 称賛されることはあまたあるが、こんなに言葉一つで動揺させるのは彼だけだ。

 リランがぽぉっとなっていると、彼の視線がユーシックへと向けられた。


「――美しい花を摘み取ろうとしている彼の正体をぜひお聞きしたいものですね」

「あ、こ、この者は……」

「いずれリラン姫の専属騎士となる者です」


 すっと立ち上がったユーシックは、リランを護るように背へ隠した。

 どこか挑戦的な双眸が、おやっと目を見開く青年を射抜いた。

 けれどそれも一瞬のことだった。すぐに優しげに目元を和らげたユーシックは、くるりと振り返るとリランの手を恭しくとった。


「ちょっ、」

「そろそろ舞踏の授業が始まる時間では? こんなところで油を売っている暇はないでしょう。侍女殿が捜し回っておられましたよ。僭越ながら私がお部屋までお送りいたします。さもないと余計な虫に、また引っ付かれるかもしれないですからね」

「あ、あなたになんの権限が……!」


 抵抗も虚しく、リランはユーシックに引っ張られていくのであった。


(せっかく王子様と会えたのに!)


 ユーシックはきっと疫病神なのだとリランは肩を落とした。

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