三十
――王女リランに対する不敬は、王家に対する反逆とみなし、重刑を科す。
招集をかけたアルヴァンス一世は、居並んだ重鎮の顔を一人一人見据えたあと、そう告げた。
前代未聞の勅令は、あっという間に宮廷を駆けめぐり、国内へと広まった。
可愛がっているティナ王女ならいざしらず、おざなりにしていたリラン王女に対し、いまさら目をかけるとはだれも思っていなかったのだろう。
まして、リランの隠されていた美貌が公となったのは、ついこの間のことなのだ。
奇姫と蔑まれるリランを心の底から敬い、敬意を払う貴族などいなかった。
戦々恐々とする彼らを嘲るように、アルヴァンス一世はトルトック子爵をはじめとする数十人を刑に処した。彼らは王女を賭け事の対象としていたのだ。罪は重いだろう。
中でも、主犯格であるトルトック子爵は、王女殺人未遂だけでな、ほかにも余罪があったことから、貴族裁判にかけられることとなった。これまでの悪行の数々が白日の下にさらされれば、死刑は免れないだろう。
「どういうことですの!?」
命の危険にさらされたリランは、思ったよりも精神に負荷がかかっていたようで、三日間も寝込んでしまった。
大事をとって、それから一週間も部屋から出してもらえなかったリラン。
ようやく許しをもらって訪れた先は、アルヴァンス一世の執務室であった。
各国の大使との謁見も終わり、議事録に目を通していた彼は、ふと顔を上げると眉を寄せた。
「もう少し淑やかにできぬか。いくら外見を繕ったところで、その立ち居振る舞いでは失笑を買うぞ」
「あら陛下。いつまでも童心のような心を持つわたしを見て、みんな微笑ましくなるはずですわ」
強気に言い放つリランに、アルヴァンス一世は呆れたようにため息を吐いた。
「ユーシック、どういうことだ? 馬鹿な発言が増しているぞ。そなたがついていながら……」
「申し訳ございません。けれど、それもまた姫君の魅力の一つなので」
リランに続いて足を踏み入れたユーシックは、にっこりと微笑んだ。
無事、リランと契約を交わしたユーシックの胸には、専属騎士の証である徽章が誇らしげにつけられていた。王家の紋章が刻まれたそれは、彼だけが身につけることを許された特別なものであった。
アルヴァンス一世は、呆れたように呟いた。
「主人が馬鹿なら騎士も馬鹿か……」
「馬鹿な子ほど可愛いと言うでしょ?」
「……馬鹿は一人で十分だ」
ユーシックの軽口に苦々しくそう返したアルヴァンス一世は、元気そうなリランにちらりと視線をやると、目元をわずかに和らげた。
「――それで、何用か。余は忙しいのだ。そなたに構っている暇はなどない。要件があるのなら早急に申すがよい」
「まあ、酷い! 少しばかり優しくなられたと思ったら、やっぱりいつもの兄様ですわ」
「ご託はよいから、本題に入れ」
「そうですわ! すべて兄様の考えた筋書き通りというのはどういうことです?」
「ユーシック」
アルヴァンス一世は、咎めるように専属騎士の名を呼んだ。
けれどユーシックは朗らかな笑みを浮かべるだけだ。
その飄々とした態度に、アルヴァンス一世は、苛立ちをあらわにするように舌打ちした。
「主人に対しては、なんと口の軽い専属騎士か」
「アル兄様、ユーシックを叱らないで。わたしが無理やり口を割らせたのです」
なぜアルヴァンス一世が、専属騎士の契約書に署名をしなかったのか気になっていたリランは、ユーシックを問いただしたのだ。
主人に命じられ、専属騎士は素直に口を開いた。
いわく、自分がここへ来たのは、元からリランの専属騎士になるためだったと。
リランがトルトック子爵の次の獲物であることを噂で聞いたアルヴァンス一世は、一計を案じて、ユーシックを呼び寄せたのだ。ドゥオラン提督も息子とともに帰還したのは、誤算だったらしいが。
アルヴァンス一世は、リランの専属騎士に任命する交換条件として、ユーシックにトルトック子爵の動向を見張らせた。
前々から、トルトック子爵の不穏な噂は届いていたのだという。
賭け事で女を弄ぶだけでなく、手ひどい振り方をして相手を自殺に追い込んだり、その手口は陰湿だった。けれど知り合いである警護隊長を金で抱き込み、うまく隠蔽していたせいで、表へと出てこなかった。
それがついに露見したのは、下級貴族の令嬢の妊娠が発覚したときだった。これまで相手にした貴族はすべて既婚者で、生娘には絶対に手を出さなかった彼には珍しい失態であった。
傷物となった令嬢に、嫁ぎ先はない。
責任を取って結婚しろと迫られたトルトック子爵は、言葉巧みに娘を騙して、修道院へと入れてしまう。
世間体を考え、一度は泣き寝入りしたという彼女の父母だったが、トルトック子爵が自慢げに娘を傷つけたことを仲間と話しているのを人づてに聞いて、我慢できなくなったようだ。
そしてそれは、巡り巡って、アルヴァンス一世の耳にも届くこととなった。
下級貴族同士の諍いごとは、下院議会によって裁かれるのか通常である。このような場合、トルトック子爵は規則に従い令嬢と結婚しなければならない。
それが決まりだ。
けれど、訴えは却下され、裁かれることもなかったという。
怪しんだアルヴァンス一世が密かに調べさせると、警護隊長だけでなく、下院議会とも裏で繋がっていたことが判明したのだ。
その上、トルトック子爵と関わった女性が数名、行方不明となっていることがわかった。そのうちの一人が、ラーヌ河で遺体となって発見されたのだ。彼女も妊娠していたという。
だが、トルトック子爵が関与したという証拠がすべて握りつぶされ、どこにも見つからなかったのだ。
「すべて兄様の掌の上で踊らされていたなんて……っ」
アルヴァンス一世は、トルトック子爵を現行犯逮捕するために、リランを囮にしたのだ。
リランが次の獲物であることを知って、その案を思いついたのだろう。
リランがトルトック子爵に惹かれることを見越していたのだろうか?
けれど、兄の警告を無視したのは自分だ。
すべて用意された道とは気づかずに、蜜に誘われる蝶のようにふらふらと進んでしまった。
あのときは、トルトック子爵しか見えていなかった。
――苦い、苦い初恋。
泡のようにふわふわとした想いは、あっけなく弾け飛んでしまった。
「兄様は満足でしょうね。すべてが思い通りに進んで。わたしが傷ついても、なんとも思わないのだわ」
双眸に傷ついた光を走らせたリランは、きゅっと唇を引き結ぶと身を翻した。
「姫……っ」
慌ててユーシックが追いかけてくる。
けれどリランは止まらずに、落ち着ける場所まで走った。
奇異の目で見られても構うものか。
ささくれだった心は、じくじくと痛むようだった。
お気に入りの庭園へとやって来たリランは、迷路のように複雑に入り組んだ薔薇園へと足を進めた。ここなら高い緑の壁がリランの姿を隠してくれる。
薔薇の香りに包まれながら、リランは頬から一筋の涙を流した。
「兄様なんて……兄様なんて、」
それに続く言葉が出てこなかった。
それが悔しくて、辛かった。




