5、過去の会話
午後の授業が始まっても、美結はぼんやりと宇佐美くんのことを考えていた。
(また、怒らせちゃった・・・・)
『たっくん!ねぇ、・・・ねぇ待って!』
最後にまともに話したのは数年前───小学校の卒業式の日だった。
あの時も、美結は同じように彼を引き留めていた。
だからだろうか、・・・・あの日のことを思い出してしまった。
仲良しだと思っていた“たっくん”・・・・宇佐美くんが、どうして自分を避けるようになったのか、分からなかった。
だから、あの日────勇気を出して聞き出そうとしたのだ。
『私、なにか悪いことした?それなら謝るから───』
『別に。そっちこそ、どうして俺に構うんだよ』
『どうしてって・・・・だって私達は───』
美結は“友達でしょ”、と言うつもりだった。
だけど少しだけ、躊躇った。
(私は────・・・・)
宇佐美くんとは小学四年生の時に知り合ってそれ以来、友達として好きだと思っていた。
だけど最近、本当にこれは“友達として”なのか正直自信がなかった。
最近の自分は、宇佐美くんといると心臓がぎゅっと苦しくなったり、ドキドキ落ち着かなかったり───気付くと目で追っていたり。
同じクラスの男友達といる時にはない感情が、次々に起こって困惑していた。
口をつぐんだ美結を見て、宇佐美くんが鼻で笑った。
『“許嫁だから”?───あのさ、まさかそれ信じてないよな?』
『え?』
(なに、それ?)
『あんなの、嘘だから。』
『ちょっと待ってたっくん、それってどういう・・・』
『その呼び方やめろよ!───とにかく、もう話し掛けて来なくていいから!』
吐き捨てるようにそれだけ言うと、宇佐美くんは目の前から立ち去った。
それが、最後に話した彼との会話。
結局、なぜ避けられているのか分からなかった。
だけどひとつだけ分かったのは、もう関わりたくないと思われているということだった。
(“イイナズケ”────って、何?)
親からなにも聞かされていなかった美結は、その後家に帰って両親から説明された。
───お互いの母が、子の代に果たせなかった約束を孫の代に果たそうとしていること。それで自分が、宇佐美崇仁くんと結婚するという約束がされていること。
美結はその時、だからもう関わりたくないと宇佐美くんは言ったのだと、───同時に理解した。
信じたくなかったけれどそれが正解だったのだと思い知らされたのは中学に入ってからだった。
宇佐美くんはあの爽やかな容姿と優しい性格で、学校中の女子から好かれていた。そして宇佐美くんに、彼女が出来た。美結がショックを受けているうちに、積極的な女子たちが次々に宇佐美くんの彼女になっていった。
ああ、やっぱり自分は邪魔だったのだと美結は悟った。
自分が“許嫁”なんて迷惑で、だからもう関わりたくないのだと。
だけどそれでも美結は、少しでも宇佐美くんとの接点を持っていたかった。
だから美結はずっと、心の片隅で密かに願っていた。
“許嫁”が本当だったらいいのに、と────。




