7、近い
日直の当番日誌を美結が書き終えると、隣で待っていた崇仁が一緒に職員室まで届けに行こうと席を立った。
下校時刻を過ぎた廊下は、あまり人も見かけない。
それでなのか、二人の上靴の音がやけに響く。
「さっき話してた────」
教室へと戻る廊下で、急に崇仁が口を開いた。
美結はドキッと跳ね上がった心臓を日誌でそっと押さえる。
「ん?」
「─────“明日”って、何があるの?」
その質問に、一瞬口を開きかけた美結はハッとしたように周囲を見渡す。
そして崇仁にそっと顔を近づけて小声で言った。
「明日ね、実は比呂くんの誕生日なの」
「───へぇ、誕生日・・・」
何やら思案する崇仁の隣で美結は明日を想像して笑顔になる。
「そうなの、明日みんなでお祝いするんだぁ」
あ、比呂くんには内緒ね!と無邪気に笑った美結がそう付け足す。
だが、崇仁は何を考え込んでいるのかそれには無反応だった。
「・・・宇佐美くん、どうかしたの?」
「俺も一緒に祝いたい、って言ったら迷惑か・・・」
「えっ」
突然の申し出に、美結は驚いた。
だけどすぐに満面の笑みで応える。
「まさか!比呂くんも絶対喜ぶと思う!」
「否、それはない」
小さな声で崇仁がボソりとそう呟いたが、浮かれている美結の耳には届かなかった。
「あ、サプライズにしてるから比呂くんには言わないでおくね!先に言っちゃうと比呂くん照れ屋さんだから逃げちゃうんだぁ。去年もね、」
「髪───・・・」
はしゃぐ美結の言葉を遮るように崇仁が立ち止まった。
「え?」
つられて美結も足を止めると、スッと目の前に影ができた。
「髪、伸びたね」
突然の話題と、すぐ目の前にまて寄せてきた崇仁の顔に、美結ら気が動転して顔に熱が集中する。
(た、たっくん!!?ち、近いよ!?)
「髪っ?え、あっ、う、うん。そうだね、このくらいの長さが一番落ち着くというか───」
「可愛いよね、小宮山さんの髪。毛先がふわってカールしてて」
触れそうで触れない、距離。
突然の激しい鼓動に、心臓が壊れるんじゃないかと思った。
「あ、・・・ありがとう?」
「なんで疑問系?」
「・・・だって、そんないきなり変なこと言うから」
目を逸らすのが精一杯で、硬直したままの美結。
そんな美結に、崇仁は愉しそうにフッと笑った。
「変?────正直に思ったこと言っただけだよ」
(そうだ・・・・)
仲の良かった頃は、いつもこんなふうにこちらが恥ずかしくなるくらいストレートに褒めてくれた。そんなたっくんがすごいなと思えたし、素敵だなと素直に思った。
少しだけ、また以前のように仲良くなれた気がして美結は胸がいっぱいになった。
「おい、まだかよ」
荒々しい声が廊下に響いて、美結は我に返る。そして目の前に明らかに不機嫌な比呂が自分の荷物を持って立っているのを見て慌てて駆け寄った。
「あ、ごめ、ごめんね比呂くん!」
鞄を受け取りながら、振り返って美結は崇仁にペコッと頭を下げた。
「宇佐美くん、今日はありがとう。おかげで早く終われました」
「・・・どういたしまして。じゃ、また明日」
崇仁の笑顔に、美結も笑顔になる。
「うん!また明日ね!」
明日もこんなふうに崇仁と笑顔で過ごせたら─────そう思った。




