なんだこいつ。
真夜中。それは一瞬の出来事だった。僕の背後に突如現れた女は、僕がドアを閉めるその前に足を無理やりねじ込んだ。
「な、なにやってんの?」
「いいから。ねっ。入れてよ。」
僕は必死でドアノブを引っ張る。
「ちょっとっ。いい加減にして下さいよ。誰か!誰か!。」
「騒がないの。私はね。あなたのお母さんから頼まれて来たの。いいから入れなさい。」
「そんなの信用できるか。誰か!誰か!。」
…ゴッ。鈍い音がした。僕は女に殴られた。女はバーベルを持っていた。しまったと思ったときにはもう遅く、僕の意識は一瞬でなくなった。女は酷く嬉しそうな顔で僕を見つめていた。
「……君、……君、ヒロ君。」
僕の名を呼ぶ声で目が覚める。
「あっ…ああ…あああああっ。」
「ヒロ君。起きたのね。びっくりした。死んじゃったのかと思ったよ。でもそんなはずないよね。このバーベル、ゴム製だし軽く殴っただけだもん。」
僕は女とともに自分の部屋にいた。僕はベッドの上で寝かされていて、女はこたつで寛いでる。さっき殴られたせいかまだ頭がジンジンするが、どうやら出血まではしていないようだった。
「なんなんだお前!僕に何の用だよ!なんなんだよ!。」
「落ち着いて、ヒロ君。私はあなたの敵ではないわ。あなたを守るためにここに来たの。」
「はあっ?何いってんだよ。殴っといてよく言うな!」
「あなたは狙われてるの。誰に狙われてるかというと、あなたのクラスの隣りのクラスの湯浅涼子さんよ。彼女は今後あなたを狙ってくるわ。」
「ふざけんな。湯浅さんって誰だよ。知らねーよそんなやつ。そんなことより出ていけよ。出ていけ!。」
パチッ。左頬を殴られた。予想だにしないことだったので僕は呆気にとられる。
「お願いだから言うことを聞いて、ヒロ君。時間がないの。とにかく一刻を争うの。今からなんでもいいからSNSで私との交際の報告して。本当に時間がないの。」
「交際?何の話?てかなんで僕殴られたんだ?お前なんなんだ?なんなんだよ!早く出ていけ!」
僕は女を思いっきり突き飛ばした。女は後方にあった壁にぶつかってそのまま座り込む。僕は初めて女性に手を挙げたことの動揺もあってか、もう自分が部屋から逃げ出すしかないと考えた。即座にドアに向かって走り出す。しかし、一歩二歩と踏み出したところで身体が停止した。足がやけに重い。恐怖を微かに感じながら足下を見ると、足がぱんぱんに腫れ上がっている。
「うわっ!!なんだこれ!!痛い!。」
足の異常を認識すると同時に痛みが走る。女の仕業であろうと推測し、そちらの方を向くと
「ふふ。ふふふふ。よかった。一応保険で射っといたの。よかった。」
「僕の足に何したんだ!。」
「何したって…お察しの通り薬を射ったの。一週間はまともに動かせないでしょうね。でもね、これだけは間違えないで。これも含めて全部あなたを守るためなの。」
「…痛。なんだ…なんだこいつ。誰か……誰か!誰か!助けて!。」
「むりむり。聞こえないよ。」
「なんでだよ!」
「だって。ヒロ君の部屋、角部屋でしょ。そのとなりは私の部屋だもん。自分の部屋の隣人が誰かくらい知っておかないとね。」
「……。」
僕は諦めた。逃げることと助けを呼ぶことを諦めた。そんな僕の姿を見て女はより一層笑みを浮かべる。
「ようやくわかってくれたみたいね。もう一度いうけど、ヒロ君は湯浅涼子に狙われてるの。だから私が助けに来たの。」
「……わかったよ。お前は僕を助けにきたんだよな。決して殺しに来たわけじゃない。それで、隣りのクラスの湯浅さんが僕を狙ってるっていうのは、僕を殺そうとしてるってことでいいだよな?」
「……違うよ。殺そうとなんてするわけないじゃん。湯浅涼子はあなたに告白しようとしてるの。私は湯浅涼子の告白を防ぐためにここに来たの。狙ってるっていうのは告白しようとしてるってことだよ。」
「は?」
「あっあと最初に言ったお母さんに頼まれたっていうのは嘘だから。許してね。」
そんなことはどうでもよかった。狙ってるとは、殺すということではないらしい。湯浅さんという女の子が僕に好意を抱いて、告白しようとしているという意味での狙ってるらしい。だったらなんの問題もないのだが。なぜこいつは今僕の家に上がり込んでいるんだろう。意味がわからない。なんだこいつ。
「湯浅さんが誰かはよくわからないけど。だったら何の問題もないよ。僕が誰と付き合おうとお前には関係ない。一ミリも入る余地ない。早く出ていってくれ。」
「えっ?もしかして、ヒロ君。…………湯浅さんと付き合いたいの?」
「ああ。お前がそれで、死ぬほど悔しがるんだったら絶対に付き合うね!」
その言葉を聞いた瞬間、女の目から涙が滲み出た。やった。言ってやったぞ。とうとう女に一発食らわしてやることができたんだ。そんな感慨に浸っていると女が小さな声でしゃべりだした。
「……やった。……やった。やった。やった。やった。やった!嬉しい!!ヒロ君の隣りのクラスの湯浅涼子は私のこと。湯浅涼子は私よ。湯浅涼子は私だわ。ヒロ君が私と付き合いたいっていってくれた!ヒロ君が私と付き合うっていってくれた!……………………………いいよ。」
「は?」
なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なんだこいつ。なん。
気がつくと僕は女をバーベルで殴っていた。さすがに死んではいないけれど、頭からは軽く血が流れ、女は気絶している。まあこんだけもて弄ばれて迷惑をかけられたのだ、あとで僕がしっかりと謝ればお互い様という感じだろうか。この子、いや湯浅さんが起きたら、もう一度きちんと話会って事情を聞いてみよう、僕は静かになった部屋で冷静さを取り戻しながらそんなことを考えていた。
ピーンポーン。チャイムが鳴る。足の痛みに耐えながら、なんとか玄関までたどり着く。何の迷いもなくドアを開けると目の前に警察官が二人立っていた。
「すみません。夜分遅くに。実は湯浅涼子さんの親御さんから捜索願いがありまして。それで聞き込みをしていたところ、このアパートのこの部屋に入っていったという目撃情報があったんですよ。少しだけお部屋の中見させてもらっていいですかね。」
「こいつ、ほんとに湯浅涼子だったんだ…。」
少女は部屋の中で気絶。さらに頭から血を流している。僕は完全に警察に疑われることになるだろう。
なんだこいつ。
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