(9)
人でいっぱいのホームは消え、窓の外には一面の菜の花。
線路の柵の向こうは、永遠に続く菜の花畑なのだろうか。
緩やかに傾斜した地面は、どこまで行っても菜の花。そして、霞がかった水色の空。まぶしい日ざし。
一体、私たちはどこへ向かっているんだろうか。
「宮村さん。杏子ちゃんじゃない?」
いきなり声を掛けられてびっくりして前を見ると、通路を挟んだボックス席の斜め向かいに、長い髪を二つに束ねた少女が目を輝かせて私を見つめて小さく手を振っていた。
「やっぱり。覚えてない?私、美由紀よ。西田美由紀。今は大村美由紀になっちゃったけど」
あっ、と私は思い出した。小学校の時、同じクラスで仲の良かった美由紀ちゃんだ。
四年生の終わりに転校していっちゃって、それっきり会っていなかった。
「懐かしいわあ。元気?」
「うん、まあ、あの、でも、どうして?今度こっちの学校に来たの?それに、大村って、まさか、ご両親・・・」
離婚したの?と言いかけた言葉を私はかろうじて呑み込んだ。
電車の中で、知らない人もいる中で、聞くことじゃない気がして。
「やあねえ、結婚したにきまってるじゃない」
美由紀ちゃんはおかしそうにくすくす笑った。
「結婚?どうして?私たちまだ・・・」
未成年じゃない。そう言いかけて、私はまた混乱してしまった。
三つ年下の伏見さんが短大を卒業したなら、私は一体いくつなんだろう?
「あなた、もう四年生でしょう」
私の隣にいたショートヘアの少女が言った。
少女?でも、ふっくらと肉のついた身体にしみのある浅黒い肌は、正直言って中年のおばさんに見える。
髪は茶色いけれど、たぶん白髪を染めているに違いない。
でも、そんなはずない。ちょっと古めかしいセーラー服を着て、やっぱり少女だ。
私たちみんな同じ、中学生か高校生。学年が違うだけで。
でも、待って。学年っていったい何だろう。
「そろそろ、気が付きなさいよ。私たちは戻るの。始業式には行かないのよ」
「え、ど、どうして?」
私はしどろもどろになってしまった。もう、何が何だかさっぱりわからない。
「どっちが、いいのかねえ。私は始業式に行きたかったような気もするよ」
「そうね、私も」
私の前で誰かがそういった。
見るとそれはウラジーミルが目を輝かせて見ていた、あの矢絣の着物の女学生だった。
でも、近くで見ると、どう見ても・・・。
「この歳で戻って、いったいどうなるっていうのよ。あっちにはたくさん友達がいたのよ」