(7)
私たちは少しずつ前に移動していた。
階段を一段ずつゆっくり上り、改札口のあるほうへ進んでいる。
もう、ここまで来たら遅刻も何もない。私は腹をくくった。
とにかく、いつもと違う状況なのは間違いない。
ただ心配して改札口ばかり見ていても仕方がないので、私は周囲を観察することにした。
周囲の学生たちの中には、どう見ても学生より先生と呼んだほうがよさそうな感じの老けめの人がけっこういた。
ところで私は、どんな感じなんだろう。制服が似合っているぐらいの歳、なんだろうか。
ああ、また頭が混乱してきた。よく考えてみよう。
私は今日、始業式に行くために学校へ行くところ。それで、間違いないよね。
その時、突然学生たちの列がどっと前になだれこんだ。
あっという間に私たちは改札口まで来てしまった。いつものラッシュの何倍もの圧力が、私とウラジーミルの硬くつなぎあった手をもぎ離してしまった。
「椿山方面へおいでの方は・・・、五番ホームより・・・・行きがまもなく発車いたします」
切れ切れのアナウンス。
「杏子!杏・・・」
ウラジーミルの細長い手が、人混みの真っ黒な頭の波に溺れるように空をつかんで、消えた。
私はいつの間にかホームにいた。行先の看板を見ると、学校とは逆方向だった。
私は焦った。戻らなくちゃ。だけど、身動き一つできないのに、どうやって。
そして、線路を隔てた向かいのホームに、ウラジーミルの目立つ金髪を見つけてびっくりした。
彼のいるホームこそ、私たちの学校へ行く路線だった。
ああ、もっとしっかり手をつないでいればよかった。
でも、さっきの人波は予測できなかった。
まるで、何か見えない力で私たちはもぎ放されたみたいだった。
その時、ウラジーミルが私に気付いて手を振り、何か叫ぶ仕草をした。
そして、人混みをかき分け、階段のほうへ歩き始めた。
いいのよ、そっちにいて。そっちの電車に乗れば、学校へ着けるわ。
ウラジーミルは一生懸命階段を登ろうとした。
けれども、人波にもまれて、またホームへ押し戻された。
良かった。そのままそこにいて、電車に乗って。
さて、私はどうしよう・・・。
ふと目の前に、どこか見覚えのあるサーモンピンクのシュシュを見つけてはっとした。
伏見さんだ。以前バイトで一緒だった、三つも年下だけどしっかり者でお姉さんみたいだった人。
パッチリ目で、肩までの茶色の髪の真ん中をシュシュで留めて、まるで噴水かちょんまげみたいね、とみんなにからかわれてたっけ。
声をかけようとしてはっとした。確か彼女は保母さんの試験に受かって、就職したんじゃなかったっけ。でも彼女も、私と似たような制服を着ている。短大を出たはずなのに。
短大。三つ年下?では、私は・・・・。