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「ただいま、全線停滞中です。どの路線も、大変混雑しております。ご乗車できる確率は、80人にお1人です」
改札口のある階段の上から、アナウンスが聞こえる。変な話。
宝くじじゃあるまいし、80人に1人しか電車に乗れないなんて。
鉄道会社が、「乗車できる確率」なんて、ずいぶんと開き直ったものだ。
第一、どうやってその一人が選ばれるんだろう。
「・・・私、家に帰ろうかな。今日は学校、無理みたい」
ため息をつく私に、ウラジーミルは信じられないほどまっすぐに青い瞳で私を見つめて、励ますような口調でつぶやいた。
「そんなこと言っちゃだめだよ。絶対に乗らなくちゃ。せっかくここまで来たんだ」
そうだ。私は、長いこと学校を休んでいたんだもの。絶対、学校に行きたい。
あれ、おかしい。そもそも、そんなに美化するほど、私は学校が好きだったっけ?
時には面倒になったり、長い休みの後には行くのが億劫だったり、学校なんてそんなものじゃなかったかしら。
階段の上を通り越して、ずっと遠くを見つめているようなウラジーミルの青い瞳。
まるで、見えない何かに挑んでいるみたいで、ちょっとかっこよかった。
でも、片手はさっきバスを降りる時からずっと、私の手を握りしめたままだ。
少し汗ばんできたのでそれとなく離そうとすると、なぜかぎゅっと握り返してくる。
「ごめん。なんだか、不安で。一人よりもこうやって誰かと手をつないでいれば、何とかなるような気がして」
ウラジーミルは目を伏せてはずかしそうにささやいた。
とたんに私の心臓がキュッと音を立てて締まった。母性本能がむらむらと沸き起こってくる。
「ウラジーミルって、ロシアの名前?ロシアから来たの?家族は?」
「交換留学生で日本に来たばかりなんだ。それなのにこんなことになっちゃって。
家族はどうしているかなあ。元気でいるかなあ。ぼく、ちゃんと国に帰れるんだろうか・・・」
まあ、ずいぶん頼りないことを言う。とてもたった一つしか違わないなんて思えない。
さっきまであんなにりりしくかっこよく見えていたのに。私はつい、くすっと笑ってしまった。
私は汗ばんだ手を上からそっと握り返して、ウラジーミルを見上げてささやいた。
「大丈夫、こうしていればいつかはきっと電車に乗れるわよ。あら、でもあなたの国にはこの電車じゃ帰れないわね」
「そりゃそうだよ。まだ日本に来たばかりだもの。日本で見たいものまだ何も見ていないんだ。アニメも見たいし、マンガも読みたい。スマホでゲームもやってみたい・・・」
あらあら、中身は普通の中学生だわ。それとも、高校生かな。そういえば私は中学生だっけ、高校生だっけ?