(13)
やがて、猛威を振るったウィルスにも、対抗するワクチンが開発された。
自然治癒した患者の血液から、抗体を抽出し、細胞化して増殖させるワクチンだ。
自然治癒する人間を残したところを見ると、神様はまだ人間を見捨てるつもりはないらしい。
80分の1のふるい分けの基準は、文字通り神のみぞ知るところだった。自然治癒した患者は老若男女を問わなかったのだから。
家に戻った私を出迎えてくれたのはほとんど野良猫に成り下がってしまった飼い猫のマーヤだけだった。
私が夢を見ている間に、両親と兄は私を置いてさっさとこの世を去ってしまっていた。
世界の人口は六分の一ほどになり、ウィルス以外にもいろいろな危機が現れては消えて行った。
それに巻き込まれるか逃れるかは、ウィルス同様、ただひたすらに運だった。
これまで人々が合理的に処理してきた社会は、すっかり合理性を失って混乱していた。
理論も実践も、気まぐれな運の前には無力だった。
あれから夢のことは何度か思い出し、半分ぐらいは記憶を取り戻したような気がする。
あの大勢の人々の中で、いったいどのくらいの人が助かったのだろう。
もしかしたらあの中に私の両親も兄もいたかもしれないが、何しろみんな似たり寄ったりの学生服姿だったから、いても気づかなかっただろう。
伏見さんはどうしただろうか。あのあと、あのホームに、電車は来たのだろうか。そして、彼女の名前は呼ばれたのだろうか。
美由紀ちゃんはどうしているかなあ。一緒に電車に乗ったんだから、きっと生還したのだろう。
旦那さんやお子さんは助かっただろうか。そう考えるとちょっと暗くなる。
私のほうは彼女の住所も電話番号も知らないから、連絡を待っていることしかできない。
第一、美由紀ちゃんは夢のことを覚えているだろうか。
それに、病気は治ったとしても、そのあとのいろいろな混乱を無事に生き延びているだろうか。
なぜみんなが学生姿だったのか全く訳が分からないけれど、あの時電車の中で歌った校歌を思い出すと、今でも胸が熱くなる。
もしかしたら人は皆、一番幸せだった、未来を夢見ていられたあの頃に帰りたいと思っているのかもしれない。その願望があんなに大きな夢を、どこか違う次元に生み出してしまったのではないだろうか。
だから、あるはずのない四年生だの五年生だのになって・・・。
はかま姿の男女学生は、七年生か八年生だったのかもしれない。
いや、それとも、あの夢は私だけの夢だったのかもしれない。
だって、学生時代が思い出したくないほどつらい、灰色だった人だっているだろうから。
それぞれの人がそれぞれの価値観で、みんな違う夢を見ていたのかも。
その中で、シンクロした人たちが同じ世界観で一つの夢を見ていたのだろうか。
夜になって一人で目を閉じると、まぶたの向こう側に一面の菜の花畑と学生たちが見えるのだ。
あの夢に残った人たちは、始業式に行けただろうか。
期待に胸弾ませて、甘い思いをかみしめる、永遠の春の中で、足音も軽やかに。
~終~




