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私は、病院の灰色の天井を、目が覚めてもしばらく夢見心地でぼんやりと見つめていた。
ずっと、あの夢の中にいられたら良かった。目覚めたとたんに思った。いい夢だったような気がする。
現実を思い出すまで、しばらくかかった。
私は、大学を卒業して中学校の教師になった。二年目に初めての担任を任された。
そこにやってきたのが、ロシアからの交換留学生、ウラジーミル・マリニスキー君。
彼は日本語はほとんどしゃべれなかったけれど、年相応に日本の文化の中でもアニメやゲームが来日目的のメインだったけど、日本のいろいろなものにたくさんあこがれてやってきたのだった。
私は初めての外国人生徒に戸惑いながらも、貴重な体験ができることに教師として胸が弾んだ。
彼は、絵に描いたような優等生ではなかったけれど、どことなく素朴で人懐っこい、なんとなく憎めない性格の子だった。
私は時々は彼に手こずった。
気の乗らない授業中、平気で熟睡したり、隣の子の筆箱のキャラクターを教師の前で大っぴらに、夢中でノートに写していたり、大きな声でロシア語で叫んでみたり・・・。
注意しても言葉が分からないふりをして私を無視し続けることもあった。
なんで私のクラスに、と恨めしく思ったこともあった。
けれども、どうにかこうにか非を認めさせた後に、屈託のない笑顔で「センセイゴメンナサイ」とそれだけはすらすら言っておじぎをするウラジーミルを、やはり可愛いと思ったりもした。
だけど、学校が始まって間もなく、世界を新型ウィルスが襲った。感染率は高く、死亡率も高かった。
あっという間に学校の生徒や教師たちにもウィルスは蔓延した。
学校は休校になり、子供たちは家から出ることができなくなってしまった。
ウラジーミルはホストファミリーが感染したため、国へ帰ることを余儀なくされたが、すでに彼の母国にもウイルスは猛威を振るい、彼は帰国すらできなくなってしまっていた。
不安をいっぱい抱えたウラジーミルは、急に幼い子供のように無力さをむきだしにして呆然としていた。
そんな彼に私は担任として責任を感じ、両親と兄のいる自宅に彼を招き入れようと思った。
その矢先、私も発病した。おそらく、ウラジーミルも。




