第一章
――少女は一人きりだった……。
薄くぼやけた灰色の空、どこまでも続く殺伐とした風景……そんな場所には到底似合わないであろう、どこか婉美な白銀がたたずんでいた。
銀色の髪に蒼白の瞳、雪のように白い肌。華奢な体を密着保護する様な、白を基調とした特殊スーツ。しかし、その容貌に相反するかのような無骨な銀が輝いていた。右腕の堅牢な手甲には折り畳まれた刃物、もう片方には小型機銃が取り付けられていた……。ここ までならば、少女は戦場にいたのかもしれない、という可能性も僅かながら見出せる……。
だが次の瞬間には、その憶測もすぐに間違いであったと理解するだろう。
その背には機械的であるが生物的でもあるという矛盾を感じさせるような――
『翼』を携えていたのだから……。
「……この感じはタイプA?」
何かを察したように少女は灰色の空に飛び立ち、一見すると変化の無い風景を見下ろす。
するとそこには、不規則に蠢く黒い液体……。少女がそれを視認した瞬間、空が薄気味悪い黄色に染まり……液体が瞬時に少女の頭一つ分大きな人型に変化し、少女を襲う。
「……」 カシンッ
少女は無言で右腕を振り、瞬時に少女の腕ほどはあろうかという刃物に変形させ……迫りくる闇を断ち切るように一閃した。
しかし、黒い人型は二つに分割されたまま倒れようとはせず、小型の人型に変化し左右から再び襲いかかる――
同時に少女の左腕から数回の乾いた音と閃光が走った瞬間、二つの人型は共に頭部を撃ち抜かれ、殺伐とした世界の風となり、消滅した。
戦闘が終ったかに見えた瞬間、地面から無数の黒い液体が滲み出し……次々と人型になっていく。
「やっぱり一体だけじゃ終らないみたいね……。相変わらず、あなた達は数としつこさだけが強みね」
少女は呆れたように溜息をつき……刃を構えた瞬間、無数の黒が襲いかかる。
圧倒的な物量、一分の隙間もない布陣……。
絶望的状況の中で少女の顔に浮かんだものは……
『嘲笑』
無数の黒の腕が少女に触れようかという瞬間、少女は黒の円の外側立っていた。
黒達がそれに気づき、少女の方を……身体を上下に切断された状態で振り向いた。
一瞬崩れかけたが、分かれた身体を二つの小型の人型に変化させ、黒達が再び動き出す。
その姿は正に圧巻。少女は次々と襲いかかる黒の攻撃をいなし、切り裂き、的確に頭部を撃ち抜く。
僅か十数秒で20ほどの黒を瞬時に塵へと変えていった。
同時に空もこの世界にとっては平穏であろう灰色に戻っていき、戦闘は終了した。
「どうして私はまた戦っているのだろう……私自身のためなの? それとも……」
少女は空に向かって問いかけるが、当然答えなど返ってくるはずもない。この世界に頼れるものは自分以外存在するはずもないのだから。
――□□□□
「……? 何か不思議な感覚がしたような気がする……気のせい?」
きっと疲れているのだろうと自分を誤魔化す。敵は都合などお構い無しにやってくる……目的は恐らく……。
「私の大好きな□□□□□を壊すため」
ハッと少女は我に返る……確かに今自分は無意識に戦う理由を言っていたような気がする……しかし、どうしてもそれが思い出せない。
「感覚でわかる……私がやらないと、大切なものが壊される……それだけは嫌」
少女は決意を固め、空を仰ぐ……いつかのように戦いが無かった空を思って……。
――刹那、空が青色に変色し空気が一変する。
「! まだ気配すら感じられなかったのに……まさか……」
少女は先程の戦闘の疲れなど微塵も感じさせない速さで飛び立つと……そこには人型のそれも先程の二倍はあろうかという大きさの黒の姿があった。
「やっぱりタイプB……それも二体も……」
少女が動こうとした瞬間、二つの黒が振り向き……少女の背後に片方の黒が回り込む。
「ッ!」
背後を狙った鋭い蹴りが少女に当たろうかという瞬間に、身を捻って回避するが、片割れの黒の攻撃で、地面に叩きつけられてしまう。
その反動で少女の意識が遠のいていく……。
黒は戦意を喪失しかけている少女を掴み上げ、終わりを告げる拳を振り上げた……。
――直後、少女の意識が覚醒する。
「クッ!」
至近距離から射撃を浴びせ、距離を取り体勢を立て直す。
「……やっぱり強い。でもタイプBには……」
「刃物が有効……」
少女は黒を睨み刃を構え、黒に向かい飛び立つ。先程の様に二手に分かれて攻撃してくるが、少女は躊躇わず前進を続ける。そして、二つの黒の蹴りが少女を挟むように襲いかかり……二つの黒い塊が宙を舞った。
「あなた達は、自分で攻めに回った時こそ予測不能で強いけれど、直線軌道で来るものには単純に挟みこむように迎え撃つ……これはもう経験済み」
――蹴りが当たるまさにその瞬間、少女は体をバック宙するように回転させ、その回転で刃を振り黒の足を切断したのだ。
「それに、タイプAと違って分裂はできないから今のは致命傷……でしょう?」
少女は片足を失いバランスを崩している黒達に躊躇うことなく、その刃で首を切り落としていった。笑いながら……嗤いながら……その姿はまるで白い翼を生やした死神のようで……。
「なんだ・・・大切のものを守るってよく考えてみたら簡単なことなのね」
少女は俯きながら楽しそうに笑い……誰にでもなく呟く。
「――みんな□□□いいんだから……」
空は相変わらずの灰色、そして少女の蒼白の瞳もまた同様に濁り始めていることには少女自身気づかぬままに……。