眠れぬ夜
レイブンに城内の一室、扉前まで連れてこられた。
一応、客として客室が充てがわれるらしいが、私がドラゴンになれないと気付かれたら……果たして真っ直ぐ森へ返してもらえるのか、甚だ疑問が残る。
こんな事になるなら、木で頭を打った時にそのまま意識が戻らなければ良かったと思ったのは言うまでもない。
「着きましたよ。ここが貴方の部屋になります」
そう言って、レイブンは扉を開けてくれた。
部屋の中には天蓋付きのベッドが中央に鎮座しており、大きさはダブルベッド以上あるだろう。
配置された品のいい調度品は、それぞれ細かい飾り細工がされていて持て成す事に特化されているように感じた。
この人達、色々と本気だ。
本気で勘違いしている。
ちょっともう一度教えてあげなければ……。
レイブンの方に向き直った。
「何か本当に勘違いされてるみたいだけど、私、本当に人間だって! こんな事されても、ドラゴンなんかなれないよ!」
恐いなんて言っていられない。
人間、目を見て話せば分かり合えるハズだ……相手が人間かどうかは怪しいところだけれども。
レイブンは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐ元に戻る。
「……それは……」
扉にかけていた手に力が入っている。
あれ? なんか黒いオーラ出てない?? あれ?
「……それは、私が作成した……あの『剣の試練』が間違えていると……そう、おっしゃりたいのですか?」
ヤバイ。地雷踏み抜いてしまったかも。
「そ……」
ブラックオーラに威圧されて、発言ができなかった。
「十万分の一……。アレは十万分の一の確率で見極められるように、綿密な設計の元作成されているのですよ……。貴方に分かります? この意味が……」
冥界を彷徨ったかのような低い声で話している。
レイブンの言っている意味は、よく分からないが……やっぱり、踏み抜いてはいたようだ。
レイブンがこちらを見る視線が恐ろしい。
「……」
一度引いたはずの冷や汗が背中を伝う。
「私の計算に間違いはありません。貴方は必ず証明してくれる事でしょう。第一、もし仮に間違っていた場合……いや、あり得ませんけれども、十万歩譲って差し上げて、間違っていた場合……貴方は地下牢から一生出られなくなりますよ? 王を騙った罪として」
ニヤリと口角をあげて語る。
「えぇっ!?」
何ソレ!
擦りつけるの?! 自分の間違いなのにっ?!
「それでも宜しいのでしたら、私は全く構いませんが……。一生日の目は見れそうにありませんね」
他人事のように自分の爪の先を気にしながら、こちらに言葉を吐き捨てた。
うわぁ、悪の魔導師ではなくて、悪魔だったか。
本性見たり。
そんな事を思っていると、急に鼻で笑われた。
「……悪魔でも何でもいいですけどね。とにかく貴方も覚悟をしておいて下さいね。そういう事にも成り得ると腹をくくっていただいて、ドラゴンになれるよう真面目に努力して下さらないと……困るのは貴方ですよ?」
レイブンは見下ろし、冷たい微笑を見せる。
「……」
絶句。
数日帰れないどころじゃなくなりそうだ。
窓から射し込む夕陽が私の足元を照らした。
もうすぐ夜だ。
「では、そういう事で。私も多少なりともお手伝いはさせていただきますから、ご安心下さい。また明日の朝に、こちらへお迎えにあがります」
レイブンはそう言うと私を部屋の中に入れて、扉を閉めようとする……が、また開いた。
「あ、忘れてましたけど、この部屋から逃げようなんて考えない事です。扉の前には衛兵がおりますし、窓の下は……死にたいならドウゾ」
そう言って、静かに扉は閉まった。
最後にサラッと恐ろしい事を言われたような気がする。
ハハッ。幻聴かも知れない。
王の候補を殺そうとするとか、あり得ないでしょう。
一目散に窓に近づき、開けて下を見てみる。
下には見た事がないデカイ魔物が赤い首輪をして彷徨いていた。
ハハッ。これは死ねる。
こうして、私の眠れない夜は深まっていったのだった。