竜の住まう城
目の前で城の赤い大扉が開かれた。
もうダメだ。
レイブンの手の力は弱まる気配を見せないし、ボロ雑巾の様に引きずられてもう余り体力もない。
「痛い痛い痛いって! 人殺しー!!」
それでも辛うじて口撃はなんとか続けていた。
大扉を抜けて少し開けた所に進みでると、「煩いぞ! 何事だ!!」と螺旋階段の上から声が掛かった。
目をやると、立派な朱色の鎧を着こなした二足歩行のドラゴンが出てくる。
街の人とは違って、全てのパーツが人ではない。
全てドラゴンだった。
階段を降りて、こちらまで歩いて来ている。
「ディーン様。こちらの者が剣の試練にて王に選ばれましたので、お連れした次第です」
レイブンは綺麗に一礼し、畏まった話し方をした。
ちなみに、私の腕はまだ離してくれない。
「何と! こんな小娘に剣が反応したと? 間違いでは無いのか?」
小娘とか、本当に失礼極まりない。
そう思っていると、目の前に辿り着いたディーンと呼ばれたドラゴンは、手を私の顎に当て持ち上げ顔を近付けてくる。
どうやら品定めをされているようだ。
爬虫類独特の黄色い目が冷たい眼差しを向けてくる。
疑うように細めては、私の中を覗こうとしているようだった。
近くで見ると顔全体を覆っている赤い鱗が入り込む陽の光に照らされて、動くたびに色を変えているように見える。
「お言葉ながら、ディーン様。私の剣の試練は確かでございます」
レイブンは少し不服そうだ。
ディーンは鼻で笑うと、「それならば、この者が王である確固たる証拠を見せてみよ」とレイブンに向き直った。
「証拠……ですか?」
レイブンの眉がピクリと動いた。
癇に触ったのだろう。
だが、声は感情を抑えている。
「そうだ。お主は先代からしかここに仕えていないから、知らぬかもしれぬが……我らドラゴニアの国は代々王はドラゴンと決まっておる。ドラゴン種の頂点の強さを持つ生粋のドラゴンこそ、この国の真の王の姿である。先代までは自由自在に人の姿とドラゴンの姿とに変え、民を守り導いてきた。しかし、お主が連れてきたこの小娘は人の姿はしているが、到底ドラゴンには見えぬ」
ディーンは深く溜息を吐く。
「でしょ! 」
つい気持ちが弾んで口から出てしまった。
二人の視線が私に刺さる。
「あ……えっと、ディーンさんこそドラゴンに見えるんですけど、ディーンさんが王様になったらいいんじゃないですか……? ……なんちゃって……」
ちょっとだけでも話が分かる人が出てきてくれたと思うと、本当に嬉しいものだ。
「ドラゴニアの事を何も知らぬのか。私は先代の弟故、ドラゴンのドラゴン種のハイブリッドではあるがドラゴンではない。故に王になる資格は持ち合わせておらぬ」
あちゃー。やってしまった。
ドラゴンに見えたから言ってはみたが、全然的外れだったようだ。
何も知らないのに、口を開くんじゃなかった。
「レイブンよ。その者が新たな真の王ならば、ドラゴンになっていただく事が証拠になろう」
ディーンは、そうレイブンに提案した。
「……」
レイブンがこちらに無言で圧をかけてきている。
「……」
全身から冷や汗が大量に吹き出す。
人間なのだから変身などできるわけない。
できない、と首を高速で左右に振る。
「本日は長旅でお疲れの様です。少し様子を見たほうが良いかと……」
「長旅?」
「この者は不変の森より連れてまいりました」
「何と! 竜が産まれると言われておる、あの森か?」
「左様でございます」
「うーむ……。よし、では数日のみ猶予を与える。数日の間で我を納得させられる様なドラゴンに変身してみよ。さすれば、我が国の新しい王として迎え入れよう」
私をそっちのけで話が進んでしまっている。
有益な情報は、あの森が『不変の森』という名前だと分かった事だ。
しかし、ここでも私の意思は関係ないんだとつくづく思った。
寧ろ、迎え入れてくれなくて構わないのだが。
「やりましたね、さや」
こちらへ向けるレイブンの笑顔が眩しい。
数日帰れない。
実に悪夢だ。