剣の試練
ついに街の前に到着してしまった。
私はというと、絶賛大暴れ中である。
「キャーーーー! たーすーけーてー!」
ありったけの力で光の玉の壁を手で叩いてみたり、蹴ってみたりしている。
ボヨンボヨンと壁の感触はあるが、破れる気配はまだない。
光の玉は透明のため、外から中が見えるし中から外もよく見える。
道で人がすれ違う度に大声で暴れて助けを求めて続けていた。
通り過がる人々は何事かとギョッとしてこちらを見上げてくるが、レイブンとトマスの二人が人々を窘めてしまう。
私が暴れる、通り過がりの人が驚く、二人が窘める……道中そんな事の繰り返しだ。
「もう街まで着いたんですから、そろそろ静かにして貰えませんかねぇ」
これは悪の魔導師、レイブン。
某サイドに堕ちた魔導師。
「もう少しだから。な? 」
こっちは曲者兵士、トマス。
優しそうに見せかけて、拉致を手助けする悪の手先。
「嫌に決まってるでしょ! ここまで来たら、街の人達に助けて貰うし! 」
ここからが本番だ。大きく息を吸い込む。
「キャーーーー!!! 助けてーー! 人攫いー! 人殺しー! 変態ー!!! 」
もう助けを求めるのも自棄っぱちだ。
「あのなぁ~……」
トマスはこちらを見ながら口を開きかける。
「もういいですよ。街の人も相手をしないでしょう。このまま広場で剣を返還させて、さっさとご退場願いましょう」
二人にそんな事を言われながら、とうとう街に入ってしまった。
街の入り口をくぐると真っ直ぐ太い大通りが続いており、両脇には民家が建ち並んでいる。
さらに民家の前には露店が並んでおり、活気ある商売で賑わっていた。
商店の大通りの先には人混みにまぎれて、大きな噴水が見える。
今しかない。
こんなに大勢の人がいるんだから、一人ぐらい助けてくれてもいいはずだ。
息を吐ききり、大きく吸い込む。
「キャーーーー!!! 助けてー!! 人攫いの変態ー!! 出してー!!」
大通りに高い声が響く事を願って、出せる大声で訴えてみた。
街の人々が何事かと手を止めて、こちらを一斉に見上げてくる。
視線が集まるのを肌で感じた。
これだけ集まれば……。
「ハイー。違うんですよー。何でも無いですー。ちょっと道を空けて下さいねー。ハイ、通りますー」
トマスが立ち止まって上を見やる人々を掻き分けながら、レイブンが通りやすい様に大通りの道を進んで行く。
ここまで注目されてもダメか。
半ば諦めかけた時、すぐ隣から声を掛けられた。
「あんた、大丈夫か?」
救われた、そう思って返答しようと振り返る。「大丈夫じゃないんです! 本当......に」
そこまで言って、言葉が途切れた。
話しかけてくれた人は、人ではなかったからだ。
普通の人ではあり得ない光景が目の前にある。
人が背中の羽で空を飛んでいる。
背中の羽以外は普通の人の様に見えるが、それで光の玉の高さまで飛んできている。
「あんた何やったんだ? レイブン様もお困りの様だから、大人しくしていた方がいいと俺は思うぜ? 」
しかもあろう事か、罪人に間違われている様だ。
でもそれどころじゃない。
「ひっ! 人じゃないっ!」
光の玉の反対側に後ずさる。
「失礼な人ですね。皆さん、ここの街の立派な住人の方々ですよ」
レイブンがこちらを少し見ながら、吐き捨てるように言った。
街の住人達を見まわす。
今まで自分の事ばかりで気が付かなかったが、ほとんどの人が、人の様で人ではなかった。
腕だけ硬そうな鱗に覆われていたり、首から上がトカゲのような爬虫類だったり、背中から羽が生えてたりと部分的に人ではない。
それは老若男女関係ないようだった。
だが、みんなそれが当たり前のようだ。
……ここでは逆に私が場違いだと思う。
これは大変な事に巻き込まれた。
さっきから嫌な汗が止まらない。
心臓も今日は働き過ぎという程、過活動だ。
自然に何も話せなくなった。
「……」
「ありゃ? ドラゴン種を見るのは初めてか?」
物珍しそうにこちらを見ながら話しかけてくる。
ド、ドラゴンっ?! ドラゴンなのっ?!
「そうみたいですよ。皆さんが立派で言葉を失ってますね」
話しかけて来た羽の住人にニッコリと笑うレイブン。
「そっかそっか。大丈夫だー。みんな優しいぞー」
そう言うと頷きながら何だか満足そうに、羽の生えた住人はニッカリ笑って離れて言った。
そんなやり取りをしている間に、噴水の前にたどり着いたようだ。
入り口から見えていた噴水は大きく三段になっており、水を吐き続けているオブジェは金色の厳つい顔をしたドラゴンだ。
盛り上がっている筋肉は精巧で、今にも飛びかかってきそうなオブジェになっている。
噴水の前は石畳みで造られた円状に広い広場になっており、木の立て看板と隣には何やら怪しげに光る銀色の箱が置いてある。
看板は何が書いてあるか、よく分からない。
光る玉がゆっくりと石畳みの広場に降ろされた。
「さ、着きましたよ。コレをあの箱に刺して頂いたら、何処へでも行かれていいですよ」
剣を差し出すレイブン。
道に捨てて来たのに、ちゃんと持って来ていたのにはガッカリした。
仕方なく剣を受け取る。
「……」
自分の思い通りにならない事が恨めしく思って、レイブンを見上げる。
「そんな目で見られても、何もしてあげられませんよ。ホラ、さっさと刺してしまってください」
冷たいレイブンの物言いが、自分の立場を思い出させた。
そうだった、自分はこの世界の異端なんだ。
さっさと帰るんだ、と。
剣を引きずりながら、箱の前に進む。
あんなに入り口で大声を出したからか、噴水広場の周りには大勢のドラゴニアの人々が集まって来ていた。
彼方此方から「一本だけなの?」やら、「無理でしょう」と口々に話している声が聞こえる。
こういう風に注目されるのは本来大嫌いだ。
人々の視線が無駄に緊張感を高める。
箱の上の面には、剣が刺さるような細長い穴が見える。
さっさと終わらせてしまおう。
「……」
南無三と心の中で唱えて、剣先を穴に刺しこむ。
………………。
なんだ、なんてことなかった。
何も起こらない。
レイブンに一言言おうと、踵を返し向き直った……その時だった。
背後から、けたたましい音楽が街中に鳴り響く。
すっかり油断していた為、心の臓が口から出そうになった。
『おめでとうございます。王がお目覚めになられました』と、どこからか声が響く。
「え……?」
一瞬の沈黙の後、歓喜の渦が取り巻いた。
押しかけてくるドラゴニアの人々。
何が起こったか分からない私は、群衆に圧倒されてしまい、少しおよび腰のまま苦々しく笑うしか出来なかった。
「やっぱり貴方でしたか。おめでとうございます」
レイブンがこちらにニッコリと笑いかけながら、眼鏡がずり落ちてくるのを指で直す。
嫌な予感しかしないと、あの時思った通りだ。
今現実になろうとしている。
「ちょっ……何を言ってるか、よく分かんない……です」
群衆とレイブンがこちらに円状に詰め寄ってくる。
引き攣る愛想笑いで後ろへ下がる。
この世界に来てから、怖い事ばかりに見舞われている気がする。
コツっと、背中に硬いものが当たる感触がした。
手を回して触ってみると、無機質な肌触り。さっき刺した剣だと想像がつく。
邪魔だ。これ以上後ろへ下がるには、障害になる。
回した手で抜いてみた。
何だか異様に重い。こんなに重量があるものだったか?
片手では持ちきれず、剣がカランカランと音を立てて石畳みに投げ出された。
おもわず目をやると、その剣は先程箱に突き刺したはずの飾らない片手剣では無くなっていた。
金色の柄はドラゴンがあしらえてあり、光る石を大事そうに抱えている。
刃には何やら細かい文字がビッシリ彫られている。
「オーー!! 大剣かぁ! 先代は棍棒だったもんなぁ!」
「立派な大剣ねぇー……」
歓声が上がる。
「ほぉ……。やはり王が変わると守りの武器も変わるというのは本当だったのか……」
レイブンが大剣に目を奪われていた頃、私は地べたに這いつくばって、人々の足の下を潜っていた。
服が汚れる事なんか気にしてられない。
キッチリと約束は果たした。
あの場にいたら、帰れない気がしてならないから逃げているだけだ。
人混みを抜けて、ゆっくりと立ち上がった。
「……ふぅ」
シャツやジーンズに付いた埃をはたく。
「どちらへ行かれるのですか? 城は反対側ですよ?」
立ち上がった目の前に見覚えのある人影が立ち塞がった。
柔らかい笑顔に比べ、声は怒っている。
指が腕に食い込むぐらい、レイブンに強く右腕を掴まれた。
「ちょっ! やめて! 本当に知らないし! 何もなりたくないからっ! 帰りたい! 帰るんだって!」
「ご冗談を。このまま帰せるわけないじゃないですか」
群衆が開けてくれた道を、ニコニコしている笑顔からは信じられない程の力で引きずられていく。
「嘘つきー! やっぱり嘘つきじゃん! 帰るー!! 帰るんだぁ゛ー!! わ゛ぁ゛ー!!」
後半は泣き声と重なって、自分でも何を言ってるか微妙だ。
一か八かで蹴りをレイブンに入れてみたが、手が緩む事はなく逆に更に力がこもった。
こちらを見ている人々の顔が目に入る。
ポカーンと私達を見続けている。
「助けてー!!」
この際、人であろうとなかろうと関係ない。
この悪の魔導師から、救い出してほしい。
この先には絶対私の帰りたい場所はない。
違う、本当に王様なんかなりたくない!
「お騒がせしましたー。もう戻っていただいて結構です。ご協力ありがとうございましたー」
トマスが街の人々に声をかける。
その声をきっかけに人々は各々の日常に少しずつ戻っていくのだった。
レイブンに引きずられながら、噴水広場を通って城門の中に連れて行かれているさやの姿が見える。
半顔ドラゴンの女の子が「へんな王しゃま」と、その様子を見ながら呟いた。