強制連行
二人の背中が離れて小さく見えると、ゆっくりとしゃがんで片手剣を地面に置く。
金色の柄が降り注ぐ光を浴びて、輝いている。
地面に置いて気づいたが、鋭く尖った刃の内側には細かい文字で何やら刻まれていた。
こんな剣が何百、何千と地面に刺さっているのだから、その労働力に脱帽だ。
本当に誰が刺して行ったのだろうと漠然と思う。
まぁ、もういい。
「本当、ゴメンね。引き抜いてしまったのは悪かったと思ってるんだけど……アレは不可抗力だったし。私、もう本当に帰らないと行けないから」
無機物の剣に謝る日が来るなんて、今まで想像しなかった。
立ちあがると、もう一度二人の小さな背中を確認する。
これだけ離れていたら、車並みのスピードでこない限り捕まることも無さそうだと確信した。
あまり走るのは得意じゃないが、森に入ってしまえば何とかなると思う。
踵を返し、颯爽と森へ走り出す。
走り出したはずだった……。
あれ、足が動かない。
見ると、さっきまで道だった地面が足に絡み付いている。
「何をしてるんですかねぇ? 一体何を」
不意に背後からねちっこく声が掛かる。その声にはかなり怒気が入っていた。
「っ!!!」
声の主はだいたいの想像はついた。ただあり得ないし、恐くて振り向けない。
冷や汗が額を流れる。
近くで靴が地面を捉える音がする。
すぐ黒髪の顔が見えた。
「……だから言ったでしょう。街にさっさと来なさいと」
腕を組んでこっちを見下した様に見ているが、組んでいる手には力が入っている。
たぶん、あれは確実に怒っている。
「さ、さっきまで彼処に居たのにっ! 何でここに居るの!? ズルい!」
走れば逃げ切っていたはずなのに……どうやって来たのか分からないけど、ズルいと思う。
「えぇ、さっきまでは彼と彼方に居ましたよ。でも貴方が走る気配がしたのでね、飛んで来たんですよ」
ニッコリと笑う笑顔が怖い。
「というわけで、貴方は街へ強制連行します」
青年はそう言うと手を空中に軽く上げた。
私の足の地面が外れたかと思うと、それと同時に薄く透明の光の玉に私の体は丸ごと包まれ宙に浮いた。
「ちょっと! わわっ!!」
「あぁ、大丈夫です。街に着くまでの辛抱ですから。ところで、まだお名前伺っていませんよね?」
銀縁眼鏡の奥からは鋭い金色の瞳が光った気がした。
「私は……さ」
そこまで言ってやめた。
また嫌な予感がしたからだ。
悪魔や悪人には語る名を持たぬようにと、誰かに言われた気がする。
落ち着け、さや。
ここは古の賢人達の知恵を借りてムゴ……。
「『さや』というのですか。私は城の魔導師のレイブンと言います。よろしく、さや」
レイブンと名乗った悪魔は銀縁眼鏡を指で押し上げた。
「っ!!!」
慌てて口を押さえる。
言いかけたのが伝わってしまったのか!?
ちょっ……誰か助けて。
この人本当に怖い。
自分の顔が青ざめていくのが分かった。
「さてと、ちょっとトマスさんの所まで戻らなきゃならないので。少し飛ばしますよ」
レイブンの足元が少し浮いたかと思うと、凄いスピードでトマスに追いついた。
私が入っている光の玉も、レイブンの右側の頭上辺りの高さを保ちながらそのスピードについていく。
やられた。私の所に来る時もきっとこんな感じだったんだろう。
コレは早すぎてズルすぎる。
「よっ、おかえり」トマスは人当たりの良さそうな笑顔で話しかけてきた。
「強制連行する事にしましたよ。逃げようとしてましたから」
「ぶふっ! だろうな。顔に『逃げます』って書いてあったもんな」
噴き出して朗らかに笑うトマス。
トマスも実は曲者かもしれない。
「そういえば、名前は『さや』というらしいですよ」
「そか、よろしくな。さや」
二人はこちらを見上げながら、何やら話している。
「……」
強制連行とか言われ、笑われ、私の気持ちは加味されない事に急に腹立たしくなった。
絶対よろしくなんてしてやらない。