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Lv.1の王様  作者: 小鳥遊 雨音
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帰れぬ旅路

うーん、最高!

歩き始めた道の両側には樹々が生い茂っており、風が一吹きする度に心地よさそうにざわめいている。

確実に何かが身体にシンシンと染み渡ってきている感じを楽しみながら、一歩一歩進んでいく。

草花の澄み切ったいい香りが私を包み込む。

時折、鳥のさえずりも聞こえる。

辺りを見渡してみても、人っ子ひとりいない。

緑に挟まれたこの道を、私は今独り占めしている。

こんな贅沢をしてもいいのだろうか。



「ん?」

道を歩き続けていると、突然開けた場所に出た。

ポッカリと円状に開いたその場所には、二枚の大きな岩がお互いを支えるように立っており、上の方には白い注連縄が二つの岩をグルッと囲っている。

また岩の足元には、青々とした苔が一面を取り囲むように輝いていた。

さっきまで聞こえていた鳥のさえずりや木の葉の騒めきがピタリと消えている。

ピリッと張り詰めたような、それであって穏やかなような不思議な空間だった。

空気が違う、そう直感した。



「わぁ! 素敵っ! 流行りのパワースポットってところかな? 神がかってるわ〜!」

岩の前まで歩いてきて、そっと岩肌に触れる。

「凄いねぇ、今までずっと居たんだねぇ……」

どれ位の間ここにいたのだろうか。

ドッシリと構えた岩の肌は苔を伴い、ほんのりと湿っている。

「あ、お祈りお祈り」

両手を合わせて目をそっと瞑る。



これから先、自分が何をしたいか分かりますように。

自分の役割を見つけられますように……。

それから、えっと、友達がたくさん出来て、イケメンの彼氏も見つかりますように。

なんちゃって。



「よし、戻ろうかな」

お祈りとは名ばかりの願望を垂れ流して、そっと離れようとすると、チカッと岩の間に光るものが目に入った。

「ん? 何だろ?」

岩の間に何かがあるようだ。

それはチカチカと光を反射して煌めいていた。

「……?」

少し岩の間に顔を近づけてみる。

「うわっ! ……何?」

ヌッと人の顔が映って、ちょっと身構えてしまった。

驚いている表情のその顔は、茶色の瞳を持ち、右目下には小さな泣き黒子。焦げ茶色の肩まである髪は、肩で毛先がハネて遊んでいる。

大きく開かれた口からは特徴的な上下の鋭い犬歯が見える。鬼歯だ。

映ったのが見慣れた自分の顔だと気付き、ホッと胸を撫で下ろす。

「はぁ、ちょっと脅かさないでよね。ビビったー」

落ち着け、大丈夫。

ただ岩の間に鏡があっただけ、神聖な所だからおかしくなんかないし。

でもなんでこんな所に鏡が?



ーー鏡に手を伸ばしたその瞬間。

強い光が、辺りを包んだ。

突然の事に驚きつつも眩しさに動けず、とっさに目を瞑る。


しばらくして身体に受けていた光が収まるのを、肌で感じる。

眩しさが収まった……?

鳥のさえずりや木の葉の騒めきも賑わいを取り戻している。

恐る恐る目を開く。

そこに見えるのは辺り一面、樹と草ばかりだった。


「……え……森?」

樹々や草は生えているが、さっきあった道も人工物は何もない。

慌てて後ろを確認すると、大きな一枚岩が聳えており、頭上程の高さには白い注連縄が巻いてある。

ちょっと似てるが、同じじゃない。

一枚岩ではなかったのだから。


少し考える。

こういう時には落ち着く事が大切だと思う。

手が震えてきた。

震えを抑える為に力を入れて握りしめる。

理解したくても理解できない。

混乱した思考がグルグルと止まらない。

身体は正直で心臓は早鐘のようになり出している。

岩の前に今までいたのだから、どう考えてもこの岩を通ってきたと思う。

たぶん。嫌、絶対に、だ。


「……」

小刻みに震える手で後ろの岩を撫でてみる。

何の変化もなし。

……マズイ。


少し叩いてみる。

何の変化もなし。

手が痛い……。

マズイマズイ……。


グルッと岩の周囲を周ってみる。

どこも割れているところがない。

マズイマズイマズイ。


……祈ってみる。

何の変化もなし。

マズイマズイマズイマズイ。


岩に向かって土下座してみる。

何の変化もなし。

白のシャツとジーンズが汚れた。

マズイマズイマズイマズイマズイ……。


「……あっ! ……」

土下座をして思い出した。

ジーンズのポケットの硬いもの、携帯電話の存在を。

震えていうことが効かない手をもどかしく感じながら、携帯電話をポケットから取り出す。

「神様! ありがとうございます!」

特に信仰もないのに、口走ってしまう。

追い詰められた人って怖い。


携帯電話の電源を入れると、日常目にしていた時計が15:00と時を表示している。

助かった!

慌てて電話を母にかける。


ツー……ツー……ツー

呼び出し音は話中の音を発し続けている。

嫌な予感がした。

画面に目にやり、確認する。

はっきり圏外と表示されていた。


「……」

全身から力が抜ける。

こういう時の事を絶望と言うのだと体感した。

自分の全ての術が役に立たない。

後は、開く時をただ待つだけ。

というか、開くのか?

一体、いつ?

ジワリと涙が頬を伝う。

今、猛烈に怖い。

知らない土地で、森で、独り。

私が何をしたのか。

「……っく……っく」

岩を背に持たれつつ小さく体育座りをする。

溢れくる涙が止められない。

顔がベチャベチャになるのが止められない。

鼓動は早いままだが、どうしようもなかった。


少し離れた所で草が揺れた気がして、顔を上げて見る。

見間違いかと思った。

人が……人がいた。

白い変わった服装をしているが、横顔からは黒い髪が見える。

人だ! 助かった!

スクッと立ち上がり、袖でぐしゃぐしゃの顔を拭うと、思いきって声を掛けてみる。

「あのっ! 助け……」

そこまで言いかけて、言葉が途切れてしまった。

振り向いてくれたのは、端正に整った顔立ちに透き通る様な白い肌を持ち、肩に届くかどうかの長さの黒い髪、銀縁の眼鏡の見目麗しい青年だった。

ただ一つおかしいのは、瞳が金色というところだ。

マトモじゃない。

頭が警鐘を鳴らす。再び先程とは違う恐怖が襲ってくる。

人じゃない。

少なくとも私が知っているどの人種とも合わない瞳の色。

怖くて目が反らせない。

怖いときほど、動けなくなる。


そのままどれだけ動けないままだろう。

相手が口を開いた。

「あの……」

こちらに近づいて来ようとしている。

「いや、大丈夫です。ちょっ、来ないで。」

声が震えてしまった。

いつ飛びかかってくるか分からない。

相手からは目を反らせないが、少しずつ後ずさる。

ふいに何かに足を掴まれた感じがした。


「そっちは、あっ……!」

そんな事を言われた気がしたが、尻もちをついてしまってそれどころじゃない。

はじめて足を掴んだ何かに目を落とす。

透き通った……何だコレ。透明の何か。

ウヨウヨとゲル状の何かが左足にまとわりついていた。

手で掴んで離そうとするも、取れない。

それどころか、足を這い上がって来ようとしている。

「っーーーー!!!」

背筋を悪寒が走り、声にならない悲鳴が、口から漏れる。

すぐさま立ち上がり、必死に足で振り解こうとする。


「……」

目を離していた相手が、無言でこちらに来ようとする。


「嫌っ! 本っ当に大丈夫ですからっ!」

足にはゲル状の何か、目の前には人ではない人。

それだけでもお腹いっぱいだ。

幸い、人らしき人はその一声で立ち止まってくれている。チャンスだ。

再度持てる力でゲル状の物を引き剥がそうとするが、滑って取れない。

何か無いかと辺りを見回すと、尻もちをついた右側の地面に片手剣が刺さっていた。

誰のか知らないが背に腹は変えられない、少し借りよう。

ええい、南無三。

とっさに引き抜きゲル状の物体に突き刺してみた。

貫通はするが、刺さった抵抗は無い。

ウヨウヨ動くのも変わらない。

足から削ぐように剣を動かしてみるが、剣がゲルを通過してしまい、剣は(というか、物質的な物は)効果が無いようだ。


「ですから、スライムは……」

黒髪が何か言いながら、草を掻き分け数歩近づいてきた。


スライム?

あの? ぷよんとした?

いやいやいや、そんなバカな。

こんなゲルゲルなんて、習ってない。少なくとも顔はあるはずだ。スライムなら。

ヘラヘラとした笑顔で経験値を稼がせてくれる優しい奴、そうゲームで学習している。

「嫌、本っ当に、ケッコーです! 間に合ってますんで! 大丈夫です!」

手の平を相手に見せ、ジェスチャーでもこちらへ来ないように促す。

こんな時に新聞勧誘を断る時の言葉が出てくるとは。少し恥ずかしい。

また人が動き出した気配がした。


「くそっ!」

そう呟くと、片足まとわりつかれたまま背を向けて走り出そうとする。

ちゃんと踏み出したはずだった足は、たった半歩でもう一匹のスライムに足を突っ込んでしまった。

両足のスライムの重みでバランスが崩れ、横に転倒する。

鈍い痛みが頭の左側に響く。

あぁ、もうダメ。

このまま黒髪に殺されてしまうんだ、きっと。

このゲルゲルの奴も、実は手下だったに違いない。

こんな形で殺人事件の被害者になるなんて、思ってもみなかった。

これからだった私の人生、花開く前に落ちてしまうのか……。

情けない……。

そこで私の意識は途絶えた。


ガサガサと違う方向から草を掻き分ける音がして、ヌッと人影が現れた。

片手剣と盾を装備し、赤い鎧を着用している。

どこかの兵士のようだ。

「レイブン様、大丈夫です……? ……ん?」

兵士は足元に転がるさやを、訝しげに見やるのだった。



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