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箱庭の言の葉  作者: 粘土
3/7

 大学に移ってからの生活は、淡泊ではあったが、其れなりに面白かった。上司に当たる教授の教えも、其の為の資料作りも愉快だった。無論、わたしにも教えると云う仕事が有ったが、割と巧く遣る事が出来た。何より、他の学問を教えている教授と話していると、之まで見えなかったものが、まるで触れられる程に他愛無く観えて来た。先入観に捉われず、又、先んじて発表された論文の矛盾にも相対する自信が持てた。其の為、わたし自身の姿を変えて行くと云う楽しみに浸りもした。嘗ての生徒であった“彼”の事は最早隅に追いやられていた。が、然し、忘れる事は出来なかった。縛られはしないが、消えはしなかった。其れに、何う云う訳か、何かを期待していた。解り切った何かを。……。


 所属してから二年経って、わたしは教授職に就いた。大学に合格し、学生と成ってから、私の場合、都合八年程掛かった。(高校の教壇に立ってから二年程、詰まり、所謂彼とは約一年弱の付き合いだ)私は其の年月を誇りに思う。世話を焼いて呉れた二親に、今では幾らかのお金を御恩返しとして仕送りしている。親も喜んで呉れている。只、再三の縁談にはうんざりしている。もう、慣れっこだが、今は凡て遠慮している。日々忙しいと云う事は承知して呉れているので、最近は控え目になったのだが。詰まり、さて、之からと云う時なのだ。

 或る程度研究の時間の割ける役職に就いて、春を迎えた。わたしは何時しか何の様な学生を育て上げられるだろうと思う様になっていた。なので、自身の学部、学科に所属する者達の名を記した物を、恰も新聞でも読む様に、(未だはっきりしないので)気楽に眺めていた。其れが楽しみでもあった。然し、不図、いや、はっきりと、覚えの有る名がわたしの眼を貫いた。(例えば、S君とでもしようかしら)。正に、彼の名が有った。瞬間、動揺し、落ち着けと思っても、動悸がする。苦しくない動悸が。然し、同姓同名かも知れない。事務に問い合わせ、一処ひとところを聞くや否や、愕然とした。彼が、わたしが断ち切ろうとした、淡き、儚き恋をした彼が、“此処”へ来たのだ。無論、文句など言えない。けれども、いやらしい因縁ではなく、私の望んだ事を体現して見せたかの如くにやって来た彼に、手拭いでも好いから、顔を隠したい気持ちに成った。

 今春から、私の講義を受けるのだと思うと、どの面を下げて好いやら、まるで解らなかった。いや、それでも、他の受講者も居るのだ。こちらから一々アクションを起こす必要は無いだろう。兎も角、そう思って遣って行くしか無い。きたる時はきたる。成る様に成る。ケセラセラだ。

 そう。わたしはわたしで在れば好いのだ。


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