一
世界の営みと比ぶるなら、人の苦悩など知れた事ですが、個として生きる上での苦悶は非常に大きく、只管に正解を求めようとします。ですが、其処に答えなど有りはしないのです。
わたしは他人より真面目に、実直に勤めて来たと思う。沢山の少年、少女達にとって必要な事を教えて来たと思っている。分野は違えども、とても大切な事を一つずつ、丁寧に語って来たと自負する。実際、わたしの教えを更に追求しようとする少年、少女に多くの質問を受けた。其れに対し、わたしは笑って応えた。『此の先は君達次第だ』と。社会学などと云う不自然なものに身を染めたわたしは、自身に苦笑するしか無かった。
其の内に、辞めてやろうかと思う様になった。職ばかりでなく、縁談ばかり持ち掛けられたのを苦に、自身此の命さえ。一体、生きていて何になると云うのだろう。馬鹿馬鹿しい、と断じてしまいたいが、心の奥底から放たれる熱が、何うしても赦して呉れない。咎人でもないのに。いや、其れは間違いなのかも知れない。……
何時か、雨や、雪の降る朝、ステーションで一緒になる生徒が居た。彼は否応無しに、わたしに問い掛けて来た。一片の正義をすら持たぬわたしは大きにたじろいだ。私は、「ああなれば好い」とか「こうならなければ不可ない」などと、ちぐはぐな答えを用意するばかりであった。
然し、一方の彼は分別の自由無しに、自身の要求する答えを求めた。生命の営みの中で出来る事など知れているのだと。詰まり、生涯を懸けて出来る事の重きを論じるのである。わたしは大変に困ってしまった。けれども、其の一方で、彼の真摯な生への姿勢に、己の怠惰な生き方を情けなく思う様になった。只、其れでも譲れないものは有る。わたしは女だ。だから、生を授ける事が出来る。今此の場で答えの出ない問いにも、答えられるかも知れない存在を生み出す事が出来るのだ。それでも……。
彼の情熱には適わなかった。又、敵わなかった。
即ち、人生躓いて、泣いて、笑って、と云う物語です。