継ぎ接ぎ童話集
「私はね、こんな童話を考えた」
隣で呟き、話を垂れ流しにする女――笑顔を絶やさない無邪気な印象を持たされる彼女に、俺は問う。
「童話? んじゃ言ってみろよ」
「アリスみたいな少女がね、入ってくの、穴に」
言い方がなんだか卑猥だなと、そんな風に感じたがまあ良かろう。
「それで、そこは異世界なの。で、彼女は見た」
「何を?」
「赤ずきんが狼に食べられちゃった所」
「待て、それはもうお前の話じゃない、パクリだ。いやパクリですらない、可哀想な童話だ」
「いいからいいから、で――」
仕方無い、聞いてやるかと耳を傾けるが実際の所、どうでもいい。
「そこに三匹の子豚が現れて、狼を煮詰めちゃいました」
「は、中の赤ずきんは?」
「煮詰められました」
「あ、あぁ」
とんでもない事考えるんだな、思いはしたが、別にいいやなんかもう。
「でさ、彼女が進むと次はお腹を好かせたバッタ? あれ、キリギリスが倒れてるんだよね?」
「話が突然すぎるしなんの脈絡も無いしてかお前童話知ってんのか!?」
以上を持って突っ込みたくなるが、いや突っ込んだよ俺は。てか何がしたいんだその主人公。
せめて童話に統一性は持たせてやれよ。
「しかし彼女はキリギリスを踏み潰しました」
「何で!?」
「怠け者だったからです」
さあ人間に昆虫の気持ちが理解出来るかどうかは別として、彼女はまだ続ける。
「そんな彼女も大人になりました。しかし川から流れてくる桃にうつつを抜かしているあまり気が付けば包丁で桃をさばいていたのです」
「……」
もう何も発せない。怖いよこの娘。
「しかし切れども切れども桃が出てきます。最終的には中からかぐや姫が出て来ました」
「もう分かった、分かったよ分かった分かった」
「それで、そのかぐや姫護衛の任を命じられた彼女は戦います。幾度も挫けそうにもなるけれど、時間を忘れ自分を忘れ、かぐや姫を守りました」
「なんでいきなり戦闘物!? 一体何と戦ってたんだソイツは!」
「鬼とかですかね?」
分からないのかよ……。
「そんな彼女も五十年の時が経ち、しかし尚も幼女のままでした」
「あーフラグ立ってるよコレ」
「彼女は本当に時を忘れてしまったのです。かぐや姫はそんな彼女に何かの箱をプレゼントしました」
「せめて本人出してやれよ……」
「かぐや姫は言いました。今すぐ開けなさいと」
「なんで催促してんだよ……」
「彼女は何の疑いもせずその箱を開けました。するとボワン、煙が彼女とかぐや姫を襲い、二人ともおばあちゃんになってしまったのです、かぐや姫はもうすでにおばあちゃんでした」
大分聞くのも疲れたその話は、もうクライマックス。
「そんな二人は仲良く幸せに暮らして寿命を迎えましたとさ。めでたしめでたし」
「何がめでたしなの!? 寧ろ不幸だよ! で、何がコンセプトなのさ」
「理不尽で残酷な現実に絶望を感じた彼女は成長し、波乱万丈な仕事を全うして理不尽に耐えますが、それでも世界の残酷さに絶望し、おばあちゃんになって振り返ると、でもやっぱりそんな世界だから人は人らしい感情を持ったり、考えたり、楽しんだりできるんだろうなって、気付いて老後を楽しむ、そんな話」
「楽しんだ老後の話は無いんだな、ってか、理不尽で終わらされちゃったよ童話の主人公達」
「世界はいつも非常で理不尽なのです」
「ああ、分かったよ」
まあ、まるでへんちくりんなこの話にも、人のリアルな感情が見出だされているのでした。はいはい
「最後だけ聞けば、そうだな、うんそうだねよく出来てたよ。童話じゃないけど。確かに人生って、そうマンガみたいに上手くは行かないもんな」
「でしょ」
そして、そんな理不尽な世界は、そんな会話を男女がしているとは全くこれっぽっちも知らず、世界は、理不尽に残酷に、けれども楽しみと言う名の調味料を大量に孕んで波乱に回る――のでした。
おしまい。