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最期の栞  作者: 武倉悠樹
3/26

:3 物語の住まう所

 青山詩織が夏休みを利用してバイトを始める図書館は、丘の中腹、自宅からソーラーサイクルで五分ほど行った所にある市立の中央図書館だ。

 事前に案内をされていた職員用の駐車場の端にソーラサイクルを停めると、ヘルメットを脱いで、シート後ろのポケットにそれを収納する。

 モーターを切る前に、メーターの表示を見る。家を出た時よりも、バッテリーの残量が増えていた。

「降りてきただけだし、このお陽様だもんねぇ」

 額を伝う一筋の汗を拭うと、改めて詩織は今日からの職場である図書館の全容を眺めた。

 数年前に建て替えが行われたという館舎はしかし、裏に広がる保全林の豊かな緑とのバランスを考え、落ち着いた色調の塗装が施されている。風合いからは真新しさが感じられない。直線的で、色々な構造が積層されたようなアシンメトリーな造りから近代的な印象を受けるが、壁面を伝うグリーンカーテンが、建物の輪郭が持つ角を巧く、周囲の自然と調和させていた。

 緑の静寂と蝉の喧騒。二つの空気に包まれ、自然と文明が上手く融け合った様な佇まいの中に、いくつもの物語や知識、人々の思いが眠っているのだと思い、自然と詩織は胸に感慨があふれた。

 初めてのバイトであるという緊張と、大好きな本と触れ合う職場であるという期待が、詩織の鼓動を早める。

「よっし、頑張るぞ」

 自らの興奮を受け止め、言葉に変える。新しい環境へ入って行く前に緊張を少しでもほぐさなければと思ったのだ。

 開館前は通用口から、と言付けられていたのを思い出し、通用口を探す。

 左右を見渡していると、人の影を見つけた。裏口らしき扉へと続く階段を登る男性の姿だ。

「あ、あっちが通用口なのかな」

 青色のリュックを背負った背中が小さくなっていくのを追って詩織が足を踏み出した時、不意に声を掛けられた。

「もしかして青山さん?」

 名前を呼ばれ振り返ると、そこにはバイト応募の際、面接で顔を合わせた女性が立っていた。

 四十中頃か。薄く混じった白髪に反して、小柄な体からはハツラツとした意気が溢れ、満面で笑顔を浮かべるその強いキャラクターは忘れようがない。

「あっ! えっと……、」

 顔は覚えていたが、咄嗟に名前が出てこない。

「青山さんね! おはようございます! いま来た所? 丁度いいわ、案内する! 通用口はこっちよ!」

 一言一言元気の溢れている声でそう告げると、おばさんの図書館員は踵を返し、歩いて行ってまう。

「あ、はいっ」

 詩織は慌てて、その後を追う。

 名前を聞き出すことも出来ないまま、相手のペースに翻弄されてしまっていた。

 ふと、気になり振り返ると、階段を昇っていく影は消えていた。

「……あっちが、通用口じゃないんだ」

 前を向き直ると、小柄なおばさんとの距離がかなり開いている。

「は、速い」

 体格を物ともしない健脚ぶりだった。

 太陽が高くなり、日陰だった図書館裏の職員用駐車場にも日が刺した。

 明るく照らされたアスファルトの上。膨らむ期待に突き動かされるように、詩織も駆け足でその場を後にした。

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