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最期の栞  作者: 武倉悠樹
25/26

:25 最期の物語

「宮野さん。

 この度はお騒がせして大変申し訳ありませんでした。

 おそらく宮野さんがこのメッセージをご覧になっている頃、僕はもうこの世には居ないと思います。この様な選択をし、ご心配、ご迷惑をおかけしてしまったこと、本当に申し訳なく思ってます。

 宮野さんのことですから、僕なんかの事を気にかけて頂き、ご心労を強くされてるのではないかと思います。もし、そうであるなら、どうかお願いですので、気にやまないでください。

 このお願いが身勝手なものであることは十分に承知していますが、それでも、最後のわがままを許していただけるのであれば、どうかお願いします。

 たしかに、今日、僕は死という選択を選びました。選ばざるを得なかったと言ってもいいかもしれません。ただ、その選択をするに至った経緯に宮野さんが気になさる様な事は一つもありません。

 むしろ、ここまで世の中に対し斜に構え、すべて厭世的にしか捉える事の出来ない若造に少しでも道を示そうとして頂いたことには感謝の念しかありません。

 ただ、やはり、僕には世界が絶望に包まれているようにしか見えませんでした。

 アルベルト・カミュの『シシューポスの神話』から“影を生まない太陽は無い”と引くなら、僕の居場所はその影です。周りが明るければ明るいほど、僕の中の絶望は暗く深く淀んで、そこから見える光は所詮手の届かない蜃気楼の中のオアシスでしかない。

 そんな下らない希望でも、それを希望だと知ってしまった以上、望まずにはいられなかった。物語は僕にとって劇薬でした。

 なぜ、手に入らない酸っぱい葡萄を眺め続けていられるのか、僕には理解が出来なかった。

 世の中は物語で埋め尽くされています。

 小説や漫画だけでなく、小さなころに読ませられる絵本も、アニメも、学校で歌わされる童話も、運動会も、受験勉強も、誰と恋愛をして、どんな能力を身に着けて、甲子園を目指して、キャンパスライフを謳歌して、出世して、円満な家庭を築いて、恵まれない人々に手を差し伸べて。

 人は何かの価値を信じなければ、幸せになることはできない。

 でも、何かの価値を信じるということは、それが出来なければ幸せではないということを信じることと同義です。

 そうやって、人々が当たり前に持った価値や幸せや道徳や倫理や正義を原動力にして社会は回っている。だからこそ、社会は物語を生み出し続け、そして人々はそれを消費し、消化し、心に物語を宿していく。その連鎖。

 宮野さんに対して、釈迦に説法かもしれませんが、フーコーはベンサムのパノプティコンを援用し「生政治」を提唱しました。権力構造の自らが生み出した規範で枠を作り、その中に人々を押し込めると言う統治方法は、その姿を変容させ、人々の心の内に内面化させた規範をもって人々を支配する、と。

 パノプティコンで囚人の中に内面化された看守の視線こそが物語です。

「正」であり、「聖」であり、そして「生」である物語。

 僕たちは僕達がこの世界に生まれ落ちてから、自分達の中の物語に従い、その物語に適うよう生きる。そうでしか生きられない。

 それは、僕に言わせれば呪いでしか無い。

 僕に、希望を示そうとした人が居ました。ただ、所詮はそれも強い光でしか無かった。

 根本的に間違ってるんです。

 この世のありとあらゆる物語は作者が意図を持って書かなきゃ存在しない。それがどんなに感動的なものだろうと、どれだけ多くの人を勇気づけるものだろうと、ただ一点、作者の中の物語によって書かれたと言う事は厳然たる事実です。

 内容問わず、誰かの物語に絡め取られたくないと言う人間にとって、物語は物語であると言うだけで希望足り得ない。

 だから、僕は作ったんです。唯一僕が望んだ物語を。 

 死にゆく者が紡ぐ死にゆく者への物語を。

 それが物語という呪いが生んだ絶望の答え。物語から開放されるという希望です。

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