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最期の栞  作者: 武倉悠樹
24/26

:24 舞い込んだ黒

 呆然と立ち尽くす宮野を前にし、一層焦り、慌てふためく女性事務員の悲痛な呼びかけにようやく、宮野は我に帰る。

 慌てて、受話器を耳元に戻すと、依然としてすすり泣く声が聞こえる。

「……お母さん?」

「…………なん…? さと……んな? あの時……にも、……が良いって……」

「お母さんっ!? お気をしっかり持ってください!」

 宮野は自らへの戒めも込めて、受話器に向かい叫ぶ。

「宮野さん!? あの、悟が……、私どうしたら良いかわからなく……」

「まずはけっ……び、病院に! 救急車を呼ばないと!」

 宮野は直感的に悟っていた。恐らく悟がもう助からない状態にある事を。聡明な彼がそんな失敗を犯すはずはないからだ。

「き、救急車っ?」

「そうです!」

 先ほど口をついて出かけたのは「警察に」と言う言葉。しかし、宮野はそれを飲み込み、救急車を手配するように悟の母親に伝えた。

 その言葉を聞いた、悟の母親は態度を一変させた。

「そうですね! わかりました!」

 そう一言告げると途端に電話が切れた。おそらく具体的な指示を受けたことで一時でも混乱から立ち直ったのかもしれない。悟を助けるために最善を尽くす事が、彼女の優先順位の中で、悲しみ混乱する事の上になったのだ。

 宮野は、悟が到底助からないと思っていながら、錯乱から気を確かに持って貰う為とは言え、そんな方便が口をついて出た自分に嫌気が差した。

 そして、受話器を事務員に返すとその場を後にして、屋上へと上がった。学校側への連絡も取らなければならなかったし、おそらく今後警察からの事情聴取もあるだろが、少なくとも今は、とてもではないが誰かと一緒にいられる気分ではなかった。

 一人落ち着くための時間が欲しい。その一心で照りつける太陽を厭わずに屋上へ出た。

 いつも一人で休憩を取るお決まりの場所に行き、腰を落とした。

 あの日、悟が声をかけてきた時もこの場所にいた。同じ光景を見ていた。

 宮野の脳裏にはさっきから悟の別れ際の表情が浮かんで消えることがない。

 ただ、一点。

 なんとかして彼を救うことが出来なかったのだろうか。その悔恨が宮野を責めたてる。

 所詮、若気の熱病と高を括っていなかったか。

 所詮、教職に立つものでもないしと距離を置こうとしていなかったか。

 たった一言、何か、少しでも。それで救えたかもしれないと言うのは驕りだろうか。 

 そんな考えがグルグルと脳裏を駆け巡り、そして、答えは無い。

 ただただ強い日差しと蝉しぐれ。それだけが宮野を包んでいた。 

 その時、宮野の個人端末が光と音でメッセージの着信を告げる。

 気だるげにその通知に視線を向けた宮野の表情が一変する。 

 差出人の欄にあったその名前は「前島悟」

 それは死者からの報せ。

「……遺言かっ!」

 宮野はあわてて、そのメッセージを開いた。


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