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最期の栞  作者: 武倉悠樹
23/26

:23 ベルが告げる

 詩織が『RR』で悟の絶望の片鱗に飲み込まれていきそうになっている頃、宮野は平常通り開架フロアで書架の整理と利用客へのリファレンスに追われていた。

 そつなく業務をこなしつつも、常に脳裏にあったのは、優れた知性が故に孤独に苛まれている青年の事だった。

 大人として、悩める青年になんのアドバイスもする事ができず、道を示すことが出来ない。

 数十年、有史以来の知慧が込められた偉業の蓄積と共に務めてきて、たった一人の悩みも解決するすべを持たない自分が不甲斐なかった。

――すいません。僕、居場所無いみたいです

 そう言って、はにかんだ、全てを諦めた様なあの表情の痛ましさが胸から離れない。

 未来ある若者に、あんな顔をさせてはいけない。

 そんな思いに駆られ悟の身を案じていた、宮野に向けて館内放送が流れる。

「開架フロア、宮野さん。開架フロア、宮野さん。大至急事務室へお越しくださいっ! 繰り返します。開架フロア宮野さん、大至急事務室へお越しくださいっ!」

 それはこれまで聞いたことの無い程に動揺した事務連絡だった。

 何事だろう。年の功からか、動揺した呼び出しにも落ち着いた反応を見せた、宮野だったが瞬時に表情を一変させる。

 それは虫の報せとしか言い様がない反応だった。

 なにか、取り返しの付かない悪い事があった。

 瞬間的に宮野はそう直感し、気づいた時には手にしていた本をその場に放り出してまで、駆け出していた。

 息を切らせて事務室に向かうと、そこには涙目で受話器を握りしめた若い事務職の女性が居た。

「み、宮野さん、あの、お電話が。あの、わたし、前島くんの……」

 しどろもどろな説明を途中まで聞き、案の定前島と言う単語が出たことに、どこか、あぁやっぱり、と言う諦念を覚えながら、宮野は震える事務職の女性の手から受話器を取り上げる。

「お電話変わりました、宮野ですっ!」

「あぁ、宮野さん」

 受話器の向こう側で泣き崩れそうな女性の声が響いた。

 宮野にはその声に聞き覚えがあった。嫌な予感がだんだんと近づいてきているような感覚を覚える。

 電話の相手は前島悟の母親だった。

 学校側と保護者と図書館で三者の面談を行った時に顔を合わせていた。息子をどうかお願いしますと沈痛な面持ちで頭を下げた様子が印象に残っている、線の細い女性だった。

「わたし、もう、どうしたらいいのか、わからなくて」

 悟の母親は混乱をしている様子で、なんら事情を話すこともなく、ただただ宮野にすがりつくようにまくし立てる。

「落ち着いて下さい、お母さん」

 宮野は電話口でそう諭すが、悟の母親には伝わらない。

「悟が、悟が」

 悟の母親の言葉は、既に半分以上嗚咽に変わっていた。

「悟くんが? 悟くんがどうかしたんですか?」

「悟が…………自殺を…………」

 あぁ。

 あぁ、やっぱり。

 それが宮野の胸に去来した思いだった。 

 悪い予感があたってしまった。

 依然、受話器から声にならない声が響いていたが、宮野にはそれすらも届かず、ただただ立ち尽くすことしか出来なかった。

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