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最期の栞  作者: 武倉悠樹
15/26

:15 抜身の言葉

 人気のないロッカールームに、乾いたスチールロッカーの音が響く。

 悟は、ロッカーの中にエプロンを放ると、脇にあった椅子を引き寄せ腰を下ろした。

 時計を見る。二時二四分。早番の退勤にも遅番の退勤にもかち合わ無い時間だ。少し一人になれると思い、深く息をつく。

 やってしまった、と言う後悔の念が半分。もうどうでもいい、と言う失意の念が半分。とかく暗澹たる心持ちだった。

 ふと、机の上に並ぶ貸し借り用の本が目に入った。

 ベストセラーに、ライトノベル。有名翻訳児童書。著名な文学賞の受賞作が載った雑誌に、ホラーのアンソロジー。そこに並んでいるのは小説ばかりだ。

 みんな、どうしてなんでそんなに小説が好きなのか。あの“呪い”を感じることは無いんだろうか。

 その光景を見て、悟の中で何かが吹っ切れた。

 この図書館で働く事になった際に、お世話になった人たちも多く居る。そう言った方々の顔に泥を塗るのは心苦しいが、それでも、これ以上ここには、ここにも、居ることは出来ない。

「竹田さんや宮野さんに挨拶しないとな」

 膝に手を付き立ち上がる。

「それと、霧島さんにも謝らなきゃ」

 一先ず、ロッカーを片付けよう。悟がロッカーに手を掛けた所で廊下を駆けて来る足音が聞こえた。

 振り向くと、肩で息をして更衣室の入り口に手を掛け、悟を睨みつける詩織の姿があった。

「待ちなさいよ」

「青山さん」

「さっきの、どういうこと?」

 どうしたものか。悟が頭をかきむしり考えていると、それを無視と捉えた詩織はさらに語気を荒らげる。

「ねぇってば!」

 その勢いに釣られるようにして、悟も一度は落ち着いた気持ちが再び昂っていく。

「なんだよっ!?」

「なんだよって何? 周りに子どもたちも居る中であんな事するなんて何考えてるのっ!?」

 もはや、売り言葉に買い言葉の様相を呈していた。

「さっき言った通りだっ!

 聞こえてなかったんだったらもう一回言ってやる! 小説なんて、物語なんてな、反吐が出るんだよ! それだけだ!」

「何それ!? フザケないでっ!」

「フザケてなんか居ないっ! むしろあんな物を幾つも幾つも読みふけるなんてどうかしてるっ!」

 悟は机の上の本たちを指してこれみよがしに言い放つ。

「どういうことよ」

「考えてみたこと無いのか? 手に入りもしない葡萄を見せつけられてどうするんだって言ってるんだ!」

「夢や希望があるじゃないっ」

「夢? 希望? 自分の手がどこまで届くのかもわからないのか? 都合の良い夢を見せられてその気にさせられて」

 詩織は悟に詰め寄るが、悟は詩織と目も合わせない。それどころか、身を向けることもない。リュックを取り出すと、ロッカー内の私物を詰め始めた。

「結果だけが全てじゃないかもしれないじゃない。物語はそういう事も教えてくれる。ご都合主義のハッピーエンドだけが物語じゃない。色んなお話。色んなキャラクターが居るの。あなたが思ってるような浅はかな物なんかじゃ絶対無いっ!」

「結果だけが全てじゃない?」一瞬、顔を上げた悟は詩織の顔を見つめると一気呵成に続ける。

「ほら見ろ、すっかり毒されてるじゃないか。良く言われてそうな文句だ。

 結果だけが全てに決まってるじゃないか。

 結果だけじゃない? その過程で何かを得られる保証なんて無いのに? その過程を評価してくれる誰かが現れるかもわから無いのに?

 それは、「結果だけじゃなかった」って言う結果が手に入った奴の言い分だ」

「……そ、それは。

 でも。

 でも、物語には、救いの無い物語だってあるわ」

「作られた悲劇だ」

「そう言った物に勇気づけられることだってっ!」

「誰かを勇気づける悲劇なんて、随分ドラマチックな話だ。良いな、物語のキャラクター達は。悲劇すらもそうやって何かの意味に捉えてもらえる。

 それじゃあ、なんのドラマチックな悲劇も起きない、ただただ緩慢な不幸を抱えてる人間はどうすればいい。そう言う人間が、格好良く散っていく物語の主人公に感情移入出来ると思うのか?」

「どんな人だって勇気づけられる物語だってあるっ」

「無いね」

 そう結論付け、悟はこれで終わりだと言わんばかりに、勢い良くロッカーの扉を閉めた。鈍い音がけたたましく鳴る。それは、これ以上無い拒絶の意思表示だった。

「どいてくれ」

 入り口に立ちふさがるようにしていた詩織の肩を押しのけて、悟は更衣室を後にする。

「あるからっ! どんな人でも勇気づける物語あるからっ!」

 詩織は精一杯の声を悟の背中にぶつけた。

 悟はそのまま振り返ること無く、廊下の奥に消えていった。

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