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最期の栞  作者: 武倉悠樹
14/26

:14 爆発

 八月の第一週、第二週と開催を予定されている体験会。好評を博し幕を迎えた初日に続き、二日目、三日目もつつがなく事は運んだ。

 四日目。朝から雲行きが怪しく、雨が降ったり止んだりという気持ちの悪い空模様。

 週の真ん中だからか。中途半端に足元を濡らす雨のせいで蒸し暑く、不快さがまとわり付く空気の為か。それまでと比べ体験会の来場者のが少な勝ったその日、ある出来事が起こる。

 作業への慣れと利用者の少なさに、その日、霧島始めYAの人間。そして、手伝いに来ている悟は落ち着いて仕事をこなしていた。

 子ども達一人ひとりに割ける時間も取れたため、より丁寧に説明を施したりもしていた。

 イベント開始から一時間半ほど達順番待ちの子ども達の波も途切れるタイミングがやってきた。

 霧島は、作業の手を止めるように伝え詩織と悟を呼び寄せた。

「お疲れ様」

「はい」

「お疲れ様です」

 詩織も悟も、言葉とは裏腹に、これまでよりも疲れは無い、と感じていた。

 霧島も当然、それはわかっている。

「今日は人出が少ないですね。天気も良くないですし。ただ、物は考えようです。おかげで今日はこちらの人手に少し余裕があります。なので、すこし、デモンストレーションを行おうと思います」

 霧島はその為に、二人を呼んだ、と付け加えた。

「例の頭のデモをまた写すんですか?」

 そう答えたのは悟だ。

「もちろん、この館内に来ている他のお子様達に関心を持ってもらうことも必要ですね。幸い立体映像の投射機は移動可能ですし。

 ただ、今日は別のデモンストレーションを行いたいと思います。今日来ていただいた方々に、「RR」をより強く印象付けるために過去にも行った方法です」

「なにをお手伝いすればいいんですか?」

「“リーダー”の実演です」

「…………実演、ですか」

 悟が微かに聞こえる程度の声でつぶやいた。

「えぇ、そうです。当館にあるデバイスはレコード機能も有しているタイプになります。実際に数ページ分だけでもリードプログラムを作り、それを体験してもらうというものを考えています」

「すごいですね! それ! 目の前でやって見せるなんて、すごい印象に残りますよ!」

 詩織は、霧島の説明に食いつき、強くうなずいた。 

「えぇ、そうですね」

 霧島は興奮する詩織に笑顔で応じながら、説明を続けた。

「そして、それを複数人で行います。そうすることで、人によって同じ作品に触れた時の感じ方が違うという事も実感してもらえますし、「RR」がいかに読書というものの幅を広げるのかと言ういいアピールになりますから」

「わぁ、それも素敵ですっ!」

「過去に同じデモを行ったことがありますが、今年は若い子が二人も居るので、ぜひ同じ作品を異なるリーダーで、と思ったんです」

「えっ、若い子って」

 詩織が、霧島の言葉に自らを指さし、そして隣に居る悟を見る。

「私たちが」詩織が驚きの声を上げようとした刹那、悟の大音声が響いた。

「やりませんよっ!!」

 閑静な館内に大声がこだまする。

 周りに居る体験会の参加者や、はたまたロビーに居合わせた利用者までもが、声の主である悟の方を何事かと向き直る。

 突然のことで、詩織も霧島もあっけにとられることしか出来ない。

 当の本人も、自らの口から飛び出した声に戸惑いを覚えたのか、肩で息をしつつも、バツが悪そうにう俯く。

「……すい、ません。急に、あの、大声を出してしまって」

 急に熱くなり、そしてその激情をコントロールする事も出来ずにいる。普段の冷静な態度からはとても想像の出来ない狼狽ぶりだった。

 うつむいた顔を覗き込む様にして、詩織は悟に声を掛けた。

「どうしたの? 前島くん? なんでそんなに」が、また言葉を遮られる。

「うるさいな、君には関係ないよっ!」

「なっ! ……そんな言い方って!」

 詩織までもが興奮に巻き込まれそうになった瞬間、霧島が間に割って入った。

「落ちつきましょう、青山さん」そう言って、詩織を窘めながら悟に向き直る。

「前島くんもね」

「……はい」

「なにか、私のさっきの説明で問題があった? 良かったら聞かせてもらえるかしら?」

「……すいません。霧島さんに何か非があったとかそう言う事ではないです。ただ、説明は…………したくありません。ただ、さっきのデモは出来ません」

「出来ない、と言うのは? リーダーをと言う事? 「RR」はこんなものですよと言う事だけわかって貰えばいいの。プログラムの出来を求めている訳では無いから、そんなに気負わなくてもいいのよ」

「…………」

 悟は沈黙を保ったままだ。

 詩織は二人のやりとりを見守ることしか出来ない。

「もちろん、恥ずかしさはあると思うし、無理強いは出来ませんが」

「そう言うんじゃないんです」

 悟は強い口調でそう言うと、顔を上げた。さっきまでの興奮は既に伺えない。落ち着いた雰囲気が変わりに醸し出しているのは決意のようなものか。

「恥ずかしいとか、そんな問題じゃないんです。

 僕は小説が、物語が嫌いなんです。憎んでいると言っても良い。

 あんな、人の中に入り込んできて、心を蝕む物は無い。無責任に耳触りのいい言葉を並べ立てて。

 読むのはもちろん、そもそも、そんなものを読んだ感想や心中を誰かと共有するなんて行為なんてもってのほかです」

「な、にを言っているの?」

「皆さんには受け入れられない事かもしれません。今、こんな場で言うことでも無いことだって、百も承知です」

 そう言いながら悟は周りを見渡した。多くの人が、未だにこちらへ視線を向けている。何を話しているかも聞こえているだろう。それでも構わず悟は続けた。

「でも。それでも。ただ、機材の準備や人の入りを捌くだけならいくらでもお手伝いします。ただ、僕が直接物語に関わらなきゃいけない仕事は手伝えません。すいません」

 一息にそう告げると、悟はエプロンを取り踵を返した。

「ちょっと、前島くん?」

 霧島はあまりの出来事に、声を掛け手を伸ばしたものの足を踏み出せずに居る。

「すいません」

 もう一度。今度は小さく絞りだすようにそう告げ悟はその場を後にした。

 その場で動けなくなって居る霧島を前に、詩織には怒りが湧いていた。周りの人もあっけにとられているし、荒い語気に怯えている様子を見せている小さい子も居た。

 何を勝手なことをまくし立ててるんだ。詩織の心中はその一点だった。

 気づけば、その場から駆け出していた。あの無礼者に一言ぶつけてやらなければ気が済まない。

 本が好きで、すこしでもその良さを小さな子どもたちにわかってもらいたいと頑張っている霧島さんに、周りにいる、子どもたちに少しでも可能性を広げてほしいと思っている親御さんたちに、なによりこれから本を好きになってくれるかもしれない子供たちに、あんな言葉を吐くなんて許せない。

 その思いが詩織を突き動かし、悟の背中を追わせた。

 駆けていく詩織から遠く、小さく響いた霧島の声は、しかし、詩織の背中をかすめるだけにとどまった。

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