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最期の栞  作者: 武倉悠樹
13/26

:13 物語で生きて来た

 夜。詩織は、入浴を終え、髪を乾かさねばと思いつつも、頭にバスタオルを乗せたまま自室のベットにもたれかかるようにして天井を仰いでいた。

 詩織の一抹の不安をよそに、あの後の体験会は概ね好評を博し初日を終えることとなった。

 機械の数に限りがあり、順番待ちとなった子どもたちを巧く捌く事に苦心はしたものの、内容自体は好意的に受け止めて貰えたようで、多くの子どもたちからも、また保護者からも多くの満足の声を貰えた。

 半ズボンを身に着け膝に擦りむいた跡があるようないかにも腕白と言う男の子からの感想は、特に詩織の印象に残っている。

『RR』が大層気に入ったらしく「今日の本を買ってもらう」と息巻いていて微笑ましかった。

「本だけじゃ駄目なんでしょ?」と言う保護者の方の質問には霧島が対応していたが、確かにその通りで「アーティフィシャルエモ」機能をフルに味わうならそれなりのデバイスを買わなければならない。プログラムの記録も出来る図書館のデバイス程ではないだろうが、数万円はくだらない機械を果たしてあの子が買ってもらえるかは親御さん次第かと思うと、少し苦々しくもあった。

 懸念の悟は、何を言うでもなく、素直に霧島の指示に従い仕事をこなしていた。無愛想具合は相変わらずで子どもへの応対はすこしぎこちなく、いつものスマートな印象とはまた違った一面を見せていたが、デバイスの操作や、プログラムのインストール等の機械的な操作の手際の良さは際立っていた。

 人知れず浮かべていた、あの激情はかけらも覗くことはなかったが、それでも少し、いつもの無愛想さに収まらない冷然さを放っている様に感じられた。

 詩織は、天井から視線を移す。部屋の中央の座卓には一冊の本があった。

 悟が休憩所に置いていった本だ。

「プログラミングの世界とその広がり」と言う専門書。

 曰く、ハッカーを題材にしたテレビドラマが流行っていて、それの影響でこういった世界に興味を持つ人も居るだろうとのことだった。

 悟の抱いている考えが、見ている世界が、少しで理解できるかもと開いてみたが、10ページほど読み進めたところでギブアップし放り投げた。

  想像力を刺激される世界も、共感や反感を掻き立てられる登場人物キャラクターも、頁をめくる手を止められない展開ストーリーもそこには無い。

 そしてなにより、読んだ後、心が澄む様な、目の前の日々の日常が少し違って見える様な、そんな清々しさが想像できない。

 ハッピーエンドか、バッドエンドかには関わらない。世界が少しだけ広がって見えるような。その本が問いかけてくるのが、誰しもが心の底に眠らせているような哲学的な問題か、ストレートで前向きなメッセージか、そう言った事は問わない。なにか心にさざなみを起こし、明日へ向き合う意味を与えてくれるような、そんな“物語”の力が悟の本からは感じられなかった。

 詩織は自らの部屋に並んだ、本棚を見回した。

 確かに、同年代の友人と比べても異常な量だとは思う。

 でも、あの本も、あの本も、あの本も多くの事を自分に教えてくれたと思う。

 落ち込んでいた時にひたすら笑わせてくれた本もあった。あたりまえだと思っていた知識を根本からひっくり返してくれた本もあった。

 大袈裟でもなんでもなく、人生を変えられたという体験を、本を通してしたこともある。

 友達と貸し借りをして、放課後遅くまで感想をぶつけあった本もある。

 面白くなかった小説だってもちろんあった。難し過ぎて何が面白いんだか全然で、途中で投げ出した本も無くはない。

 でも、それらを全部をひっくるめて、数々の物語に触れた結果、今の自分が居ると思う。

 少なくとも、自分にとって、物語の無い人生なんて考えられない。

 そんな事を悶々と考えながら、夜はふける。

 悟に抱いていた興味。それは詩織の中で徐々に得体のしれない者への苛立ちへと変わっていった。本人すらも気づかぬ内に。

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