:12 物語から生まれた物語をあなたに
展示室は可動式のパネルでロビーと仕切られ、照明も落されていた。
スペースのキャパシティと利用者の人数的に椅子を置くことはできない。子供を前に誘導し、並んで座らせ、保護者の方はその後ろに立っていただく。総勢五十名ほどだろうか。
慌ただしく準備を終え、今は一時の落ち着きが会場に満ちていた。
定刻。
プロジェクターから光が照射され、ピントが合わさる空間が白く光る。何秒かの空白の後、立体映像が流れ始めた。
デフォルメされた、アルファベット『ReliveReading』の文字が躍る。
携帯用の簡易マイクを手にした霧島がアナウンスを始めた。
「みなさん、こんにちわっ!」
第一声、霧島は前列に座る子供達に挨拶を投げかける。詩織や悟に接する時の毅然とした態度とは違う、児童係の声と顔だ。
沈黙。
「どうしたのかな? みんな元気がないよっ? はい、もう一回、こんにちわっ」
少し照れくさそうな高学年の子や、鬱陶しそうな表情を浮かべている中学生を除けば、二回目は、子どもたちから元気な挨拶が返ってきた。
その様子に笑顔で頷き、そして視線を少し上げた。
「そして、保護者の方々、お暑い中「光ヶ丘市立中央図書館RR体験会」へお越しいただきありがとうございます。本日、案内を務めさせていただきます、担当の霧島と申します」
挨拶を告げ、一礼をする。
そのタイミングで、映像がまた動き出す。アルファベットが形を変え、また次の映像へと切り替わった。
眼前の色彩豊かな立体映像に、子供たちの間からざわめきがこぼれた。待ちきれないと言った興奮が漏れ伝わってくる。
「まずは体験会の前に、簡単な『RR』のご説明を、デモホログラムと、私の方から併せて行わせて頂きます。これから、デモが始まりましたら、デュアルスピーカーに切り替えさせていただきます。前列のお子様にはデモの音声を、後列の保護者の方々には私からのご案内がお耳に届くように致します」
映像が暗転。一瞬生まれた暗闇から、クレヨンで描かれたような風合いの絵で一冊の本が浮かび上がってくる。その挙動に合わせ、子供たちはみな一様に頭を上げる。
その様子がおかしく、脇で控えていた詩織は思わず笑みをこぼした。
本が開くと、そこから光があふれた。それに続いて、恐竜、おかし、サッカーボール、ロボット、銃、花、飛行機、魔法使い。色々な、モノやアイテムがきらびやかな光や音と共に飛び出しては、子供たちに向かってくるようにして大きくなる。どれも、子供心をくすぐりそうなものばかりだ。その演出に子供たちから嬌声が飛んだ。
霧島も解説を続けた。
「RRとは、ReliveReadingの略で、直訳をしますと読書追体験となります。テクノブックスと言うネットベンチャーが始めたサービスが発祥ですが、技術の発展により、高度化。類似のサービスも統廃合を繰り返し、今は『RR』と言う名前で広く普及しています」
「従来は、電子書籍にコメントやエフェクトが付いていると言うシンプルな物だった『RR』ですが、今では、皆さんもよくご存知の医療やエンターテインメント、家電のコントロールなどにも広く使われている技術。アーティフィシャルエモーション。人間の脳波から、簡単な思考や、感情、情景などを読み取ったり、また逆にそれらを想起させるテクノロジーを取り入れたことで爆発的人気を博しました」
本から溢れるアイコンが止むと、画面は徐々に引きになっていく。そして見えてくる、子どもの後頭部。その子が本を覗きこむように首を傾ける。
すると、子どもは勢い良く、本の中に吸い込まれていき、再び爆発する光。暗がりの中に並ぶ、子どもたちの顔が立体映像からの光で照らされる。
「リーダーと呼ばれる読み手が、読書をする際場面ごとで抱いた、思考、感動、情景を読み取り記録を取ります。これがリードプログラムです。
あとは、このプログラムを走らせながら、作品にアクセスします。
そうすることで、リーダーが感じ取った様々な、情緒あふれる感動でも、専門家にしか気づくことの出来ない新しい視点でも、共感覚を持った芸術家にしか抱けない情景でも、その全てを追体験する事ができるのです。
プログラムは、この世に膨大な数の本があるのと同様に、いえ、それ以上に数多く存在します。理論的にはこの世にある本掛けるその本を読む人の数だけの広がりがあるのです。
プログラムの多くは有料無料問わず、主にネット上で公開されていますが、本館では、リクエストの多い有名芸能人やSNS上で人気の『読み手』のプログラム、また、お子様たちへの情操教育に効果が高いと言われている文科省推薦のプログラムまで幅広く取り揃えております」
子どもが吸い込まれた本の世界では虹色の光の珠が幾つもシャボン玉のように浮かび上がる。その虹色の珠が弾けると、またもや、そこから様々なアイコンが触れ出した。そして連鎖的に珠が弾けていく。
立体映像の画角からこぼれ落ちて、座っている子どもたちの前にアイコンが転がってきそうな勢いだ。その映像に、霧島の説明に耳を傾けていた保護者たちも思わず、感嘆の声を零す。
「この夏休み、本館では、お子様向けの体験イベントを企画させていただきました。
自転車に初めて乗る時に補助輪に支えられるように。初めてプールに行き手を引かれてバタ足をする様に。文字と文字との間に広がる世界へと足を踏み出す小さな旅人たちへ、ほんの少し感動のお手伝いを出来ればと思っております。
そして、願わくば、その広大な世界を旅する事を好きになっていただければ、これ以上の喜びはありません」
弾けた珠からの光で埋め尽くされた映像から、少しずつ色の波濤が引いていく。そして残ったのは小さな箱。蓋が開いていき、中から姿を表したのはブリリアントカットの形をした虹色の宝石。
そして、それを手に取る子が現れた。さっき、本の中に飛び込んでいった子とは別の役。女の子だった。
女の子は箱の中から大事そうに宝石を取り出すと、そっと、胸元に掲げた。すると、宝石が光の粒子に変わり、それらが女の子を取り巻いていく。女の子に満面の笑みに切り替わったあと、『RR』のキャッチコピーがカット・インされた。
「物語から生まれた物語をあなたに」
霧島は、少し映像を向き直ると、その幕引きにタイミングを合わせ一礼をした。
興奮を素直に表す子どもたちはざわめきを。大人たちは拍手をもって、デモンストレーションの終わりを迎えた。
一連のデモを脇で控えながら見ていた詩織も素直に感動をしていた。特に霧島の説明には感銘を受けていた。スラスラと淀みの無い語りは、それがこれまで何度も口にされた台本に裏付けられている事を想像させるのに充分ではあったが、目の前の映像と相まってはその説得力を何ら貶めるものではなかった。
本を読むことの素晴らしさ。そして、その素晴らしさが広がっていくという『RR』の可能性。
しかし、詩織には一つだけ気がかりもあった。声を出せる状況では無かったし、気にはなっていながらどうすることも出来なかったのだが、隣に立つ男。前島悟は、皆映像に魅入られ霧島の説明に頷いている会場内にあって、ただ一人、他の人間と異なる表情を浮かべていた。
小刻みに腕が震えるほどに拳を握りしめ、奥歯を強く噛み締めているのか顎は固く強張っていた。眉間には深い皺。
詩織は数日前の悟の言葉を思い出さずに入られなかった。
――「僕は、物語が嫌いなんだ」
『RR』のデモのキャッチコピーは「物語から生まれた物語をあなたに」とあった。
詩織は、悟の心中を一片でも慮る術を持たなかった。




