:1 夏が起きる
小伏史央様主催「あなたのSFコンテスト」出展作品
近未来の『物語』SF
「あーーーーー。あっついなぁ、こんちくしょー」
家を一歩出た青山詩織の口を突いて出た言葉は、けだるそうな響きをまとって、うだるような暑気と蝉の声の中に消える。
時刻は七時を少し回ったばかり。まだ、朝にも関わらず、気温は34℃を超えていた。
突っかけのサンダルを庭石でコロコロと鳴らしながら、詩織は、陽射しと蝉時雨の降り注ぐ庭先を歩く。
「こうまで外が暑いと、ポストが玄関から離れた門脇にある我が家で、紙の新聞なんて取るなんてなんのメリットもない行為だね。気が知れない。古新聞をアポロのケージの下に敷ける位だ」
愚痴を言った所涼しくなるわけでもないが、いまだに紙の新聞にこだわるくせに、自分で新聞を取りに行く手間を渋る父への呪詛が自然に漏れた。
「あの、無精髭め」
そう言いながらも、詩織は毎朝玄関先へと足を伸ばす。
今日のような猛暑の夏も、段々と朝の薄暗さが増す秋も、刺すような寒さに吐息が煙る冬も、髪を巻き上げる程風の強い春も。
それは、小高い丘の斜面に作られた住宅地にあって、詩織の家が比較的高い位置、丘の頂上付近に構えられているからであった。
目的の新聞を、ポストの内側から取ること無く、詩織は門を開いて敷地の外に出る。そんな詩織を待っていたのは、小高い丘の頂上付近に居を構えたものだけが見ることの許された勝景。
なだらかな緑の多い丘陵地帯には、色鮮やかな屋根々々が彩りを添える。
視線を遠く。
そこからは、詩織の住む光ヶ丘の全容が一望できた。
台地と平地の境目の様に横たわる大きな国道を超えると、増えていくのは、数多屹立したビル群。すでに高く登った陽の煌めきを反射して輝いている。無数の光の中心には、ひときわ目立つ駅ビルの姿。そして、駅から左右に伸びる半透明のチューブの中を、人々を乗せたリニアが忙しなく動いていた。
自転車で、車で、バスで、列車で。幾多の手段で人々が動いてる様が、詩織の目に飛び込んでくる。それぞれが、それぞれの想いを胸に抱き、街を離れていく。それぞれが、それぞれの目的の為に、街にやってくる。
朝。街が目を醒まし、人々の生活が始まっていく様。そんな風景を見るのが、詩織の日課だった。
「ふむ」
そんな様を見渡した詩織は、満足気にそう声を漏らすと、新聞を抜き取り、家へと戻って行く。
詩織の手元に納められた新聞の天気予報欄には、40℃を超す最高気温が印字されていた。
セミの喧騒も、陽射しの強さも増すばかり。
玄関のひさしに入るところで忌々しげに空を見上げた詩織のあご先から、汗が珠となって落ちた。