突然の事故
この町で治癒術士の仕事を始めてから早10ヶ月。薬液に魔法をかけるにしても、直接治癒をするにしても、すること自体は変わらない。その時求められる魔法を判断して、呪文を唱えるだけ。でも、当たり前のことだけど、日々来店するお客さんや患者さんは別の人だ。だから、すること自体は単調でも毎日変化があって。結構忙しいけれど、やりがいはすごくある。頑張っただけ貯金が貯まっていくのも嬉しい。
少しずつ増えていく貯金額を見ながらついついにやりと…はっ! はたから見たら怪しい人?! ちょっと自重しよう…。
相変わらず引き抜きの話は舞い込んできたけれど、どんな良いお話も断っている。それが浸透してきたのか、引き抜きの話は少しずつ少なくなっていった。失礼がないようにお断りするのって、いつも悩みの種だったから…ありがたい。店頭で立ち話でそんな話をするわけにもいかないから、地味に時間をくっていたし…少なくなった分、仕事に専念できるようになったわけだ。
きっとこのまま順調に貯金を貯めることができる。そう思っていたある日のこと…。
今朝は雨。昨日の夜から降り始めた雨は、今は小雨程度。これくらいならお昼にはやむかもしれない。晴れてくれればお昼からでも洗濯物を外に干そうかな…開店準備も済ませ、そんなことを考えていたら、本日最初のお客様が飛び込んできた。よく薬液を買ってもらえる常連さんだ。でも、なんでそんなに慌てて…? お客さんは雨の中走ってきたようで。乱れた息を整える間もなく、こう叫んだ。
「大変だ! 大通りの先で馬車が横転して…通行人が何人も下敷きになってるんだ! 今、必死に救出しているが、ありゃあ絶対に大怪我を負ってるはずだ! とにかくユーカちゃん! 一緒に来てくれないか!」
「…なんてことっ! わかりました! すぐに向かいます!」
叫び声に気がついたジーンさん、ミーナさんもお店に出てきていて。振り返った時には、ミーナさんは手近にあった袋に薬液をありったけ詰めているところで。私はそれを受け取ったジーンさんと共に、お客さんに先導されながら事故現場へと向かうのだった。
事故現場はひどい有り様だった。出会い頭の事故だったのか…横転した2台の馬車からは積荷が崩れ、大通りをふさいでいて。救出された人達を安静に横たえるスペースの確保も難しいほどで…。男性陣は救出を、女性陣はスペースの確保し、少しでも楽になるよう毛布を敷き詰める作業をしていた。
私とジーンさんは助け出された人達をざっと確認し、上級以上の直接治癒が必要だろう人は私が、中級の治癒魔法や薬液を飲むことが可能な人はジーンさんが診ることに決める。上級の治癒魔法が必要な人の中でもより重症な人から治癒魔法をかけていく。
【我は請い願う。天上の神よ、癒しの力を我に与えん。癒しの光よ、天より我に降り注げ。我は行使する。マナ・ルート!】
黄色い光が怪我人を包み込み、着実に傷を癒していく。きちんと魔法がかかっているのを確認できたら、すぐに次の治癒に向かう。
(さすがに上級魔法の連続行使は力の消費が…。でも、あと少し…!)
上級魔法を連続で使ったことで少し疲労感が襲ってきたのだけど、上級魔法での直接治癒が必要そうな怪我人はあと少し。これならなんとかなりそうだと、残りの人達にも治癒魔法をかけ終った頃。
救出に時間がかかっていた人がようやく救出されたのだが…。それまでに救出された人達とは比べ物にならないほどの重態で…。みんなが息を飲むのがわかった。
(これは…骨折だけじゃない…。もう完全に押しつぶされてしまっているわ…。内臓もきっと…)
上級魔法で治癒できるかどうか…ギリギリのところ? でも、魔力の残りが…。私が魔力の使いすぎであることに気づいたのだろう。ジーンさんがどうにか上級薬液を飲ませられないか試みてくれているが…。
(上級魔法は…もう使えない。きっと無事に行使されたのを見届けることなく魔力切れで倒れてしまう。でも、このまま何もしないではいられない。私には…上級魔法の他にも助けられる力があるのだもの)
神級魔法が使えることを隠しておこうなんて、もう言っていられない。神級魔法はとても燃費がいい魔法だから、魔力の消費はとても少ない。今残っている魔力でも充分行使可能!
そう決意した私はジーンさんに、直接治癒をかけるからと伝える。魔力が切れかけているのを知っているジーンさんに止められたが、大丈夫だと力強く言い切ると心配そうにしながらも、譲ってくれた。そして私は神級魔法を唱えた。
【神の力により癒しを】
周囲を銀色の光が包み込む。私も魔力切れで倒れることはなかった。神級魔法は無事にかかった。これで、もう大丈夫だ! 神級魔法が使えることが知られたことで起こるだろう懸念事項は今は考えない!
次回更新予定、29日正午です。




