初めての遭遇です!
(人の声!)
パッと振り向くと、そこには一人の男性の姿が。その男性はこちらへ向かって歩いてきている。
(ど、どうしよう…。なんて言っているかわかったから言葉は通じるみたいだけど…何を聞けばいいんだろう…?!)
最初に人に出会ったら何を聞こうかとか、いろいろ考えてはいたのだが、不意打ちの出会いに慌ててしまい、考えていたことはすっ飛んでしまった。
どうすればいいのかと固まってしまった優香に、男性はどんどん近づいてきて、とうとう目の前まできてしまった。
「この泉は清らかだが、素手で触ってはダメだ。この辺りの者なら子供でも知っているんだが…。一体どこから来た?」
「え、えっと…この森のかなり先から歩いてきました…」
「森の先には、ここに歩いて来られるような場所に町はないはずだが…」
(そうなの?!良かった…。歩く方向が反対だったら、どこにも辿り着けなかったかも…。でも、何て答えたら…。夢とかの話はできないし…)
嘘で塗り固めた話をすることはできない。それにきっと信じてもらえない。言えない部分は伏せて、本当のことを交ぜながら話す。
「気を失っていたみたいで、目覚めたら草原の中にいたんです。自分がどこから来たのかもわからなくて…。とにかく街道に沿って歩いてきて辿り着いたのが、この森だったんです」
「出身の町は?」
「記憶も曖昧で…。ここは一体どこですか…?」
「ここはナハト国の辺境にある、トーガ村の近くの森だ。黒髪に黒い瞳の者はこの国ではあまり見ないが…。何か覚えていることはあるのか?」
「名前と年齢は覚えています。最後の記憶は眠りについたこと。その後の記憶は…」
「名前はなんていう?いや、名前を聞く時はこっちから名乗らないとな。俺はトーマだ」
「私は優香です」
「ユーカ、か。とにかくここにいても…」
グー……キュルル……
トーマさんが話している途中だというのに、空腹に耐え切れなかった私のお腹が盛大な文句を告げてくる。
(いや?!今、鳴るのはよくないでしょ?!この世界で初めて遭遇した人との、緊張の対面中だというのに!!)
瞬時に顔が赤くなるのが自分でもわかる気がする。恐る恐るトーマさんを見上げると…必死に笑いをこらえていたのだが、目が合った瞬間に吹き出してしまった。
「フッ…ハハハッ!そうか、腹が減ってるんだな!見たところ何も持ってないようだし、もしかして何も食べてないのか?」
「……歩いている途中で、果物は見つけて食べました」
そう答えると、トーマさんは自分の荷物からサンドイッチのようなものを出し、差し出してくれる。
「ほれ!こんなもんしかないが、腹が減ってるときには何でもうまいはずだ!」
「いいんですか?トーマさんのご飯が…」
「まだ残ってるし、この森を抜けたらすぐに俺の住む村だ。どうってことはないから、気にせず食べな!」
遠慮の気持ちも、空腹には勝てない。ありがたく頂くことにする。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。ありがとうございました!」
「いやいや、たいしたことはしてないさ。それより、これからどうするつもりだ?」
「家に帰ることができればいいんですが、家がどこなのか検討もつきませんし…。とにかく村や町に行って、思い出すきっかけを探そうと思っていたんです。トーマさんの村では、私でも雇ってくれるようなところはありますか?!お金も持っていないので、働きたいんですけどっ!」
「そうだなぁ…。うちの村は小さいから、あまり働き先はないが…」
それを聞いてがっくりしていると、まだ話には続きがあったようで。
「俺のところで仕事を手伝ってもらうことはできる。給金はあまり出せないが、住むところと食事は保証するぞ?」
「お、お願いします!あ、ちなみにどんな仕事ですか?」
「俺の仕事は薬師だ。この辺りは薬草がよく採れてな。それを調合して、薬を作るんだ。今は薬草の採取や栽培も1人でしてるが、手が足りない時もあってな。それを手伝ってもらおうと思う。いいか?」
「もちろんです!精一杯働きます!!」
これが、私とトーマさん…この世界での、初めての人との出会いだ。ちなみに、後から聞いたところによると、最初は草原で目覚めた点など不審に思っていたが、あの盛大なお腹の鳴る音と、その後の真っ赤になって慌てる私の様子を見て…。
(うん。何か企んだりできるやつじゃないな)
そう判断したらしい。私としては記憶から消し去ってもらいたいのだが、時折ネタのように持ち出される。どうも忘れてもらうのは無理なようだ…。