8 赤い花
中部最強と謳われたセルロン宇宙軍の奇襲攻撃を見事に退けてみせたエード騎士団だったが、所有する8隻のC型巡洋艦はどれもこれも傷だらけになってしまっており、しばらく戦えそうになかった。
ニイタカの街も火災によっていくらか焼けてしまっていた。ニイタカ山には消防組織が存在しなかったため、ドストル難民たちは消火に手間取っていた。大将殿は火災現場に騎士団員を1個中隊ほど派遣しつつ、被災した難民たちに対して見舞金の支払いと騎士団消防部隊の設立を約束した。
セルロン宇宙軍はニイタカ山から中部西域のタルン市あたりまで撤退していた。タルン空港に降り立った彼らを待っていたのは、数人の報道関係者と参謀本部直属の憲兵隊だった。
セルロンに潜り込んでいる間者からの情報によると、当時エンドラ・プック提督とその部下たちはセルロン軍参謀本部から吊るし上げを喰らっていたそうだ。宇宙軍の度重なる独断専行、特にクワッド連邦の艦隊を蹴散らしたことについてはほとんど尋問に近いような話し合いが行われていたとのことだった。
もっともクワッド連邦は20年前の平和条約において、ニイタカ山の南にあるクワッド領南部植民地には軍隊を置きませんと宣言しており、この件に関してはクワッド連邦政府としてもあまり大きな口で相手を非難できないようだった。
ちなみにプック提督は身長160センチ、生命維持装置を含めた全長が3メートルの大男である。移動は常に巡洋艦、地上に降りる時は軍用車で引っ張ってもらう。彼が地上を進む様子はさながら「だんじり」のようであり、年に1度、セルロン政府首相のところへ新年の挨拶に訪れる際には、セルロン国際空港から首相官邸までの道路が封鎖される。プック提督は沿道からの声援にニコニコと笑顔を振りまきながら、セルロンの市街地をのろのろと進んでいく。これがセルロン四季風物詩の1つ「新年の元帥だんじり」である。
そんな新年の恒例行事がなぜか7月に行われてしまっていたセルロンでは、今までほとんど負けなしと言われてきた宇宙軍の敗退を契機として、猛烈な反軍運動が巻き起こっていた。
今まで初代、3代、4代と軍人出身の首相が多かったこともあり、また数々の戦争を経て軍人の地位が高かったことも要因となって、セルロンでは政府軍を悪くいってはいけないという暗黙の了解が存在していたらしい。
ところがハンクマン王国に領土を奪われてしまい、精鋭無比といわれたセルロン宇宙軍が地方の宗教団体に退けられてしまったことから、セルロン軍は市民から敗北者と罵られるようになってしまっていた。
セルロン軍人の地位は地に堕ちてしまい、中部地方において理想の家庭の一例とされてきた「父親は艦隊勤務の軍人・母親は専業主婦・息子は士官候補生」といった伝統的な構図もまた崩れ去った。
軍人を親に持つ少年たちは、ずっと強い男だと信じてきた父親たちの情けない姿に幻滅してしまった。少年たちは非行に走るようになった。その先に待っていたのは治安の悪化であった(情報源:セルロン国営放送)。
いくつか具体的な例を挙げてみたが、これらの事実が示すように当時のセルロンの政治状況・社会状況は非常に混乱していた。
騎士団員たちはこれを好機とみていた。セルロン政府が機能不全に陥っているうちに手持ちのC型巡洋艦を修理してしまおう。コメット社から造船技師たちを呼び寄せて、あっという間に戦力を回復させたら、サナン技研から新しい機動艦艇(S型巡洋艦)を購入して戦力の増強を図りつつ、今度はこっちからセルロン宇宙軍に殴りこみをかけてやろう。
彼らは第2戦隊司令のアルト・ザクセン聖騎士を代表に立てて、大将殿に直談判を行った。復讐作戦の都合上、あまり宇宙軍に打撃を与えたくない大将殿はこれを退けようとしたが、お気に入りの部下であるアルトからのお願いを上手く断れなかったのか、修理の件と新しい艦船の購入については許可を与えた。
もっとも当時の私たちには巡洋艦を購入できるだけのお金がなかった。
そこで大将殿は一計を案じた。
ある日のことだ。コメット社のホムラク・ロッソ常務取締役を大要塞の総長室まで招きいれた大将殿は、ホムラク常務に最新鋭のS型巡洋艦を譲ってもらえないかと頼み込んだ。
しかしホムラク常務はあまり良い顔をしていなかった。
なぜならS型巡洋艦はコメット社が建造したものではなく、もう1つの大企業サナン技研の新型艦だったからである。他社の商品が欲しいと言われて嬉しそうな顔をする者などいるはずがなかった。
そのようなことは大将殿も知っていた。私の予想が正しければ、知っていたからこそあえて依頼したのではないだろうか。
「なるほど。でしたら常務、F型巡洋戦艦を譲っていただけませんか?」
「えっ……F型ですか。確かに1番艦のフランクロイツがあんな形で沈んでしまったので2番艦をセルロン軍に買ってもらえず、我々としても扱いには困っていたところですが……無理です」
「どうしてでしょう常務。我々は一心同体、あなたを若返らせてやったのは誰なんです?」
「わかっています。わかってはおりますが、F型を譲渡すれば私たちコメット社の内通がバレてしまいます。あれは我が社のオリジナルですからね。大体バレちゃったらセルロン軍の情報を渡すこともできなくなりますよ。ハーフィ様はそれで良いのですか」
「ホムラク常務も帝国出身ならば我輩のことはソース大将と呼んでいただきたいものですね。それにC型巡洋艦だってあなたたちのオリジナルなのでしょう。あれはあっさりと売ってくれたではありませんか」
「C型巡洋艦は世界中で使われていますから、どこで手に入れたかなんてわからないのですよ。しかしF型は違う。あれはダメです。売ることはできません」
「こちらからコメット社による内通の情報をセルロン軍の情報部に渡したとしてもダメですか」
「くぅ……そんなことを言ったら、我々だってあなたがたの正体を……」
「小学校のお友達にあなたの正体が90過ぎのおじいさんだってバラしちゃってもいいのですよ?」
「それだけはやめてえええええ!!」
ホムラク・ロッソ。女子児童に姿を変えて、大会社の経営者でありながら戸籍を偽って公立小学校に通っている、いわゆるところの変態だった。
大将殿は泣きじゃくる女の子の頭をポンポンと撫でた。ホムラク常務はまんざらでもなさそうな顔をしていたが、結局押し切られるような形でF型巡洋戦艦を私たちのところに引き渡すことになり、帰る頃にはまた泣きだしそうな表情になっていた。
それから数日経って、セルロンの公衆電話から大要塞の総長室に電話がかかってきた。かけてきたのは予想通りホムラク常務だった。
後に常務本人から聞いた話になるが、コメット社の取締役会において、どうにかしてF型巡洋戦艦の譲渡を阻止できないか話し合われていたらしく、困り果てた取締役会は、当事者のホムラク常務が誠意をもって責任を取ることで事態を収束させようとしていたそうだ。
その日、たまたま電話番だった私は、ホムラク常務が泣き叫ぶ様を延々と聞かされる羽目になり、かといって無下にもできないぶん扱いに困ってしまった。
何より私の一存でどうにかできる話ではなかったため、担当者がいないのでまた今度かけてくださいと言おうとしたところで、私の頭の中に名案が浮かんだ。
「そういえばホムラクさん、コメット社のドックにはS型巡洋艦は無いのですか?」
「えっ……いやあるにはあるんだけどね。サナンの技術を解析するために偽名で購入したものが1隻ほど。でもそれがどうしたの?」
「そいつを私たちに渡してしまえば、サナン技研がセルロンを裏切ったみたいな感じになりませんかね。どうしてエード騎士団がサナンのS型を使ってるんだ、まさかサナンが裏切ったのか、みたいな」
「あんた天才だな!」
ホムラク常務は無邪気に喜んだ。
あまり考えないようにはしていたのだが、成熟期とも言える20歳前後ならともかく、さすがに9歳そこらにまで若返ってしまうと脳味噌も成長途上の状態にまで戻ってしまうのではないだろうか。ホムラク常務の精神年齢が微妙に気になった。彼らが遺伝子調整手術を受けたのは3年前なので常務は最低でも6歳児あたりまで年齢退行したことになる。そこから3年ほどすくすくと育つことであの女子児童の姿になっていたのだろう。調整手術は遺伝子を若返らせるだけで、ずっと若いままにしておくものではないのだ。当時のちょうど4歳になったばかりのシャルシンドを考えると、はたして幼児化したホムラク常務は自分自身を保っていられたのだろうか。
6歳児の頭の中に大人を入れておくことができるのだろうか。
何はともあれ、私たちは新たな戦力としてS型巡洋艦を手に入れた。
ほとんど恐喝して奪ったようなものだったが、資金難に苦しむ私たちには仕方のないことだった。そもそも大将殿は最初からこうなることを見越した上でF型巡洋戦艦の無償譲渡などという無茶をふっかけていたような気がしてならない。そうなると自分自身の手柄だと思っていた私の姿はひどく滑稽に映ってしまうわけだが、今思えば過ぎたことだ。忘れてしまうのがちょうど良い。
コメット社から送られてきたS型巡洋艦には貨物船の偽装が施されていた。葉巻型の巡洋艦にラッピングフィルムを張り付けたもので、遠くから見るとよくある貨物船だと勘違いさせることができた。1年半くらい前にC型巡洋艦を回航してきた時には適当なダンボール箱や壊れた冷蔵庫で偽装していたというのに、技術の進歩はすごいもんだなあと驚いた覚えがある。
大将殿はS型巡洋艦から剥がしたラッピングフィルムを大要塞の倉庫で保存しておくよう命じた。
「このフィルムはのちのちニイタカ山から抜け出す時に使うとしよう。我輩たちはこのS型巡洋艦の艦橋に登って、そこから山が燃える様子を眺めるというわけだ。つまりこの艦はエード騎士団ではなく我輩たちのものだ。そうなると名前を付けてやる必要があるな。中尉に決めさせてやろうか」
「いえ。自分には良い名前が浮かびません」
「そうか。だったらそうだな。インペリアルというのはどうだ」
「インペリアル……帝国ですか」
「そのままの命名ではあるが悪くはないだろう。帝国式の艦船接頭辞を付ければHMSインペリアルとなる。HMSの意味はわかるかね」
「皇帝陛下の艦船でしたか」
「そうとも。今は亡きシーマ皇帝陛下の艦船だ」
大将殿はどこか誇らしげな顔をしていた。帝国の落日を少しでも食い止めることができて嬉しかったのだろうか。
S型巡洋艦インペリアル。
大きさや見た目は前級であるC型巡洋艦のそれを踏襲していたが、中身は全くの別物だった。
主砲やミサイル発射機の進化ぶりもさることながら、それらの武器兵装は強力な電子戦兵装に守られた電子制御装置により高度に制御されていた。
コメット社の造船技師の話では、船を動かすだけなら1人でもできるとのことだった。これで「ニイタカから逃げ出そうにもエード騎士団の艦隊士官がみんな死んじゃったから船が動かせない」なんて情けない最期を迎えてしまう可能性はなくなった。
そのような理由もあって、私たちはインペリアルを戦場に出さないつもりでいた。せいぜいセルロン軍のミサイルを撃ち落とすぐらいの活動に留めておき、基本的には自分たちの手元に残しておくことにしていた。
ところがこの方針に騎士団員たちが噛みついてきた。
彼らは前回と同じくアルト・ザクセンを代表に立てて、大将殿やショートに新型巡洋艦の積極的な運用を求めてきた。大将殿はニイタカ山を守るためには仕方がないとしてこれを退けようとしたが、騎士団員の1人が目の前で拳銃自殺しようとしたため、仕方なく彼らの意見を受け入れることになった。
これに味をしめた騎士団員たちは、前に却下されたことのある殴り込み作戦の実行許可をもらおうと、自らのこめかみにサナンPPKの銃口を当てながら作戦会議室に入ってくる愚行を犯した。これには大将殿も我慢できなかった。老兵たちもまた我慢の限界を迎えていた。
モデジュ少尉がポケットからワズビー拳銃を取り出すと、他の老兵たちもそれに続いた。老兵たちから銃口を向けられた騎士団員たちは顔を青くして手持ちの拳銃を放棄した。
そんな騎士団員たちの後ろでアルト・ザクセンが大将殿にぺこぺこと頭を下げていたのが印象的だった。今さら取り繕ったところでどうにかなる話でもないだろうに、彼女の浅知恵がことさら気に障った。
血気盛んな老兵たちが作戦会議室から騎士団員たちを追い出すと、大将殿はポケットから愛銃のテリカP2を取り出して、安全装置を外してから、ドアに向けて幾度となく引き金を引いて引いて引きまくった。作戦会議室のドアは木製だったので弾丸は貫通して廊下のほうに飛んでいった。
部屋から出たばかりの騎士団員たちは背中から飛んできた拳銃弾に悲鳴を上げていたが、そのまま走り去っていったことから察するにケガをした者はいないようだった。
「あの程度で怯えているようでは、まともな用兵などできないだろうな。それにしても最近の騎士団員たちの増長ぶりはどうしたものか……」
大将殿はため息をついた。トリガーガードに人差し指を入れて、それをくるくると振りまわす姿はさながら西部劇の主人公のようだった。
しかし安全装置が外れているはずの自動拳銃をそのように扱われてしまっては、近くにいる私たちからしてみれば危なっかしくて仕方がないわけで、大将殿が手慰みを止めるまで、私は生きた心地がしなかった。
しばらく心ここにあらずといった様子で、ぶつぶつと拳銃をいじくりながら思考にふけっていた大将殿だったが、老兵の1人が給湯室からコーヒーを持ってくると黙ってそれに口をつけた。
「ふむふむ。美味いコーヒーだ。そうだな。みんな、こういうのはどうだ。さっきの騎士団員たちは出撃命令を欲しがっていたわけだが、これをあえて許可してやろうじゃないか。彼らがセルロン宇宙軍と戦いたいと言うのなら、思う存分戦わせてやればいい。我輩たちの目的はドストルに出血を強いること。彼らの戦いを止めてやる必要は全くない。彼らには勇ましく散ってもらおう。それにそろそろエード騎士団には負けてもらうべきだろう。相次ぐ敗北にセルロンはすっかり覇気を失ってしまっている。セルロンを発奮させるためにもあの者どもには犠牲になってもらおう」
大将殿は不敵に笑っていた。
殴り込み作戦とはタルン市の郊外に展開しているセルロン宇宙軍を強襲する作戦であり、ただそれだけの作戦だった。中身についてはあまり考えられておらず、エンドラ・プック不在のうちに宇宙軍をやっつけてしまおうという極めて安易な発想の元で作成されていた。
大将殿は、この無謀な作戦をあえて許可することで、一部の好戦的な騎士団員たちを始末してしまおうと考えていた。非情なやり方ではあったが、私は心の底にちょっとした興奮を覚えてしまっていた。彼らが死んだところで何も面白くないはずなのに、鏡に映る私の頬はどことなく上気していた。
殴り込み作戦を推進していたのは、主に第2戦隊所属の正騎士や准騎士たちだった。彼らはエード騎士修道会で専門的な教育を受けた高級将校であり、それゆえ自分たちの能力に絶対の自信を持っていた。だからこそ、あのような不遜な真似をした。
艦隊司令官のショートから出撃命令を受け取った彼らは、さっそく4隻のC型巡洋艦を引き連れてタルンへと向かった。
『ダメです、4番艦はもはや行動不能!』
『3番艦、大破!』
『こちら第2戦隊の2番艦、ニイタカ山の本部、後は頼みました!』
『1番艦、退避!』
殴り込み作戦は見事に失敗した。
エード騎士団第2戦隊はセルロン宇宙軍の迎撃を受けて壊滅した。唯一生き残った旗艦だけがニイタカ山まで戻ってきたが、その旗艦とて、もはや軍艦の形はしていなかった。
ボロボロになった葉巻型の巡洋艦から兵士たちは降りてきた。どいつもこいつも暗い顔をしていた。中には怪我をしている者もいた。身体を欠損させてしまった者もいた。死んでしまった者もいた。
「は、ハーフィ様に、ほ……報告します」
第2戦隊司令、アルト・ザクセンは足腰をぶるぶると震わせながら、地下の掘りドックまで見舞いにやってきた大将殿に戦果報告を行った。
戦果、セルロン軍の小型艦1隻を撃沈。
被害、巡洋艦3隻を喪失。巡洋艦1隻大破。兵員死傷者多数。
あまりにも一方的な敗北だった。
殴り込み作戦の失敗により、エード騎士団は保有する艦隊戦力の約半分を失った。開戦以来、常勝を貫いてきたエード騎士団にとって、これは初めての敗北だった。
騎士団員たちはわかりやすく戦意を喪失させた。
戦友たちの死。常勝神話の崩壊。自軍艦隊戦力の半減。
目の前に戦傷者がいるという事実が、ことさら彼らの心を傷つけた。
それまでの戦いでは、ニイタカ山の地下に広がる大要塞や、C型巡洋艦の堅牢な装甲が騎士団員たちの命を守ってくれていた。
もちろん怪我人や死者が出なかったわけではないが、それでも被害は少なかった。
ところがこの殴り込み作戦では、堅牢だったはずの巡洋艦の装甲をセルロン軍の対艦ミサイルが突き破ってしまった。装甲を撃ち抜いたミサイルは巡洋艦の内部構造をえぐりとった。身を削られた騎士団員たちに生き残る術はなかった。
ニイタカ山に招聘されていたコメット社の整備員たちは、激戦の中を生き残った第2戦隊の旗艦を隅々まで調べて、本社のほうに送り届けていた。
彼らがまとめた報告書によると、アルト・ザクセンの乗っていた戦隊旗艦は46発ものシーヴィンセント対艦ミサイルを受け止めていたらしい。貫通力の高いミサイルをまともに喰らっていたアルトの艦は、内部を含めて穴だらけになっていた。その姿はまるで古錆びたオカリナのようだった。
大将殿はそんな状況でよく帰ってこられたものだ、と笑った。
「ふふふ。アルトの奴には悪運でもあったのかもしれないな。あの状態でよくもまあ飛んでいられたものだ。何にせよ、他の艦に乗っていた生意気な騎士団員たちはみんな戦死したと見ていいだろう。セルロン軍も久しぶりの勝利に気勢を上げているはずだ。まさに一石二鳥。物事は我輩の思った通りに進んでくれている。あとはこのニイタカ山にセルロン軍を誘引するだけだ」
「ねえねえ、お母さんは喜んでるの?」
「そうねえ。いいえ、そんなことはないわ、シャルシンド。人がたくさん死ぬのは悲しいことでしょう」
「ねえお母さん、死ぬってなあに?」
「ふふふ。ごめんね。わたしも体験したことがないから、わからない」
母と娘はつたないながらも仲良く談笑していた。
古今東西の昔から、親子の語らいに水を差すのは野暮というものだ。
私は黙って総長室から抜け出した。向かう先は地下の独房だった。
当時の私は、チョイスマリーから美味しい芋焼酎をもらっていたので、それをミリシドと2人で飲みほしてやるつもりだった。
もらった芋焼酎は、さすがにチャプチップス・コレクションの一部なだけあって、絶品というべき代物だった。メージ家の貯蔵庫から勝手に盗んだチョイスマリーが、チャプチップス氏にやたらめったら怒られたというのもよくわかる話だった。私ならあんなものを盗んだ奴を許すはずがない。
しかし美味しすぎるお酒とはやっかいなもので、スイッチの入った私はその後も色々な酒を飲み続けてしまい、気づいた頃には独房の中で眠ってしまっていた。
あの時は酷い目にあった。二日酔いどころのものではなかった。四六時中吐いていた。
ただ、それらの苦しみを差し引いても、あの芋焼酎は絶品中の絶品だったので、総合的には良い思い出と認識することができるはずだ。