7 クロス&モノローグ
これといってやることの無かったある日、モデジュ少尉から頼まれていたサラダ油や日本酒などの調味料を事務所近くのスーパーマーケットまで買いに歩いていた私は、市街地の背後にそびえる緑豊かなニイタカ山から飛び立ったのであろう巡洋艦隊が空高くまで進んでいく様子にちょっとしたむなしさを感じていた。
もう神無月は過ぎたんじゃないのか修道女さん。俺が捕まってからもう1ヶ月は経ってるぞ。そもそもまだ春だろ。神無月って秋あたりじゃなかったか。まったくどうしたんだ。ヤケ酒みたいな飲み方は楽しくないんだよ。やめてくれ。
ミリシドが私の手から酒瓶を奪った時には、そのまま殴り殺されるんじゃないかと不安になったが彼はそんなことはしなかった。命の危機を感じて正気に戻った私は、酒の力で苛立ちを消し去ろうとしていた自分の姿勢に腹が立ってしまい、ミリシドに差し入れの雑誌を渡してから独房を去った。
そもそも何故あそこの部屋で酒盛りを繰り返していたのか。あの頃は自分でもよくわからなかった。
ビニール袋を携えて事務所まで戻ってくると、ショートが美味しそうに冷やし中華を食べていた。
開戦前夜。
大将殿は持てる艦隊戦力を2個戦隊に分割した。すなわち4隻のC型巡洋艦からなる戦隊が2つほど編成された。第1戦隊の司令には老兵たちの中から仮面2号聖騎士ことフェンス曹長が選ばれた。なおフェンスだけに限らず老兵たちはみんな聖騎士の階級を与えられていた。
第2戦隊の司令にはエード騎士修道会を首席で卒業したアルト・ザクセン聖騎士が就任した。こちらは大将殿がよく目をかけていた若者で、実際に会って喋ってみると何を言っているのかさっぱりわからなかったが、立てる作戦は奇抜にもほどがあるという、とにかくわけのわからない女だった。
大将殿曰く「アルトは喋るのが下手くそだが手紙を書くのは上手だ。記憶力も良いものを持っている。読んだ本の内容は全て覚えているそうだ。それに趣味は読書。真面目だろう。愛読書は時刻表とダイヤグラムらしい」とのことだったが、それを聞いた私はますますアルト聖騎士の能力について疑問を持つことになった。セルロン軍に本気を出してもらうためにはこちらも少しばかりは勝たねばならないと言うのに、こんな奴が司令で大丈夫なのだろうか。ただアルトは見た目だけならメガネをかけた理知的な女性だったため、個人的な目の保養には役立った。
大将殿はこれら2人の戦隊司令を束ねる役職として艦隊司令官を設置した。この役職にはショート・チゴが充てられた。彼は就任する際、ハーフィ様のためなら死ねますなどと口走ったが、大将殿は負けるのが目的なのだから死ななくていいと彼をなだめた。
それから数日後の冷やし中華である。事務所のソファに座ってのんびりとテレビを見ていたショートに対して、私は「艦隊司令官がこんなところに居てもいいのか」と尋ねた。
ショートの答えは次のような具合だった。
「自分はその役職の他にもたくさんの仕事を任されているんだよ。いつもハーフィさんの側にいるだけでお金がもらえるどこかの誰かさんとは違うんだ。個人的にはそっちの仕事のほうが羨ましいが、まあこうやって褒美をもらえるんだからやりがいはあるさ」
いつもながら偉そうな奴だった。色々と鬱憤の溜まっていた当時の私はショートから冷やし中華を奪ってやろうと考えた。ところがそれを察知したらしいショートは、市街地を駆け抜けるイタチのごとき素早さで冷やし中華を食べ終わってしまった。
しばしの睨みあいの末、モデジュ少尉に「子供じゃないんですから」と諭されてしまった私たちは、少尉の作ってくれたヤキヤキという小麦粉菓子を食べることで彼我の戦いの歴史に終止符を打った。
ヤキヤキとはモデジュ少尉の生まれた東中浜州あたりでよく作られている郷土料理で、材料は小麦粉と卵と砂糖のみという大変素朴な菓子である。材料が混ぜ込まれた生地を油の敷かれたフライパンに流し込み、中火で焼き上げる。フライパンは四角形のものが良いと言われているそうだ。そうして焼き上げられたヤキヤキはやわらかくて薄っぺらい、独特の触感が特徴的なお菓子であり、小腹の空いた昼過ぎにはピッタリの軽食なのであった。
私たちがヤキヤキに舌鼓を打っていると、ヤキヤキの匂いに誘われたのか奥の部屋から大将殿とシャルシンドがやってきた。シャルシンドはさっそくショートからヤキヤキの切れ端を奪っていた。大将殿も大皿から1枚ほどくすねていた。
「さっきの冷やし中華、とっても美味しゅうございました。ハーフィ様の料理はいつもながら最高です」
「ああそうか。美味しかったのなら何よりだ。それで仕事のほうはどうなっている、ショート」
「艦隊司令官のことでしたら老兵の方々に任せてますよ。わかっております。要は名義貸しでしょう。ハーフィ様はエード教の重鎮であるこのショート・チゴに司令官を任せることで、エード騎士団が実質的にもエード教の軍隊であるとアピールしたいのでしょう。それに自分も優秀とはいえさすがに軍隊の指揮までは手が回りませんからね」
「ふふふ。そこまでわかっているとは、さすがはチゴ家の者だな」
大将殿は物分かりの良い青年に対して軽く微笑んで見せた。まともに受け取ったショート・チゴはその流麗な顔立ちが台無しになるほど顔をほころばせた。
「あは、あはは、あははははは!」
まるでアイドルの投げキッスを受け取った乙女であるかのように、真っ赤な座布団をソファに投げつけて喜びを表現していたショートだったが、巻き上がったほこりをシャルシンドが吸い込んでしまい、彼女が咳をするようになると慌てて冷蔵庫からお茶を取り出していた。
平和だった。
シャルシンドが美味しそうに麦茶を飲んでいる姿を私以外のみんなが見守っていた。
いつもなら私もコップを用意したり、お菓子を持ってきてやるなりでシャルシンドの世話をしていたところだったが、その日の私にはそれをするだけの余裕がなかった。
修道服の頭巾を取り、事務所の窓から外を見ると、遠くの空は光と光がぶつかりあったような「きらめき」が包み込んでいた。
愛用の双眼鏡で「きらめき」の中心を眺めてみると、そこには予想通りエード騎士団のC型巡洋艦があった。きらめきは戦場であり、C型巡洋艦が放った多種多様な攻撃兵器が火花を散らし、光を巻き起こすことで戦場はきらめきに満ちていたのだった。
どうして私たちはここにいるのだろう。待ちに待った最終戦争が始まったはずなのに、私は相変わらず黒い修道服を着ていて、いつものようにニイタカの土臭い空気を吸っていた。
遠くの空ではフェンス曹長や騎士団員たちがセルロン軍と戦っているというのに、私たちは何もできずにいる。ニイタカ山のふもとから戦場を見守ることしか許されないでいる。
それらの他にも言葉にならない不満ともやもやを抱え込んでいた私は、すっかりふてくされてしまっていたが、シャルシンドが心配そうな顔でこちらにヤキヤキを持ってきてくれたので機嫌を直すことにした。
エード騎士団とセルロン政府軍が戦争を始めたのは4月13日のことだ。3月に行われた結団式から1ヶ月が経ち、エード教に対して非難声明を繰り返していたにも関わらず全く反応が無いことに怒ったセルロン政府は、ついに開戦を決意したのだった。
先手を取ったセルロン軍はドップラーにいた第3軍と呼ばれる地上部隊をニイタカ山に送り込んだ。第3軍は歩兵部隊が中心のやわらかい連中だったが、その兵力は5万人を超えており、また自走対艦砲などの対艦兵器を多数保有していた。彼らは去る双頭戦争においても各地を転戦したという強者揃いの軍隊だった。
大将殿から作戦指揮を任されていた老兵たちは、これらを打倒すべく巡洋艦部隊を出動させた。これがエード騎士団の初陣となった。
初めて体験する実戦に騎士団員たちは戸惑っていたそうだが、そこは経験豊富な老兵たちが上手く補助してやったようだ。
これはミリシドから聞いた話になるが、セルロン軍はエード騎士団の艦隊戦力について「持っていても2隻程度、せいぜい旧式艦レベル」だと予想していたらしい。ところが実際はそれどころの戦力ではなかった。
相手の指揮官もまさか自軍でも運用されている現役の巡洋艦が相手になるとは思っていなかったのだろう。フェンス率いる第1戦隊の登場に驚いたセルロン第3軍はほとんど戦うことなく敗走してしまった。
こうしてエード騎士団は初陣を勝利で飾ったのだった。
フェンスたちがほとんど無傷で勝利したことにニイタカ山のドストル難民たちは大いに沸き立った。彼らはセルロン第3軍の撤退を神の御加護だとした。八百万の神々が総体意志をもってエード騎士団を守った。エード騎士団とニイタカ山の未来は明るい。荒唐無稽な主張ではあったが難民たちの支持を得られたのは僥倖だった。なぜなら信頼していた者に裏切られることほど絶望をかきたてる事象はないからだ。老兵たちはいつか訪れるであろう敗北の時を予想して、ほくそ笑んでいた。
序盤から何ともいえない敗北を喫してしまったセルロン軍の反応は様々だった。
あれを負けというのはおかしい、まだ戦いは始まったばかりだ。セルロン軍の報道官はそのような趣旨の言葉を盛んに口にしていたが、そんな報道官を押しのけて勝手に記者会見を始めたシリスト・ベルムーキ少将とかいう軍人は全く別の主張を繰り出し始めた
「良いですか皆さん。得体のしれないエード騎士団は非常に強大な戦力を持っています。それこそ我々の領土を全て覆い尽くしてしまえるほどの大戦力です。そんな彼らを一方的に始末する用意を我が軍は怠っています。我が軍は急いで私のミサイル師団に命令を下すべきです!」
すなわち、彼はエード騎士団の強さと恐ろしさをかなり誇張して伝えた上で、今こそ自身の率いる戦略ミサイル師団の出番であると主張したのだ。
「ニイタカ山なんか私のミサイルで穴だらけにしてやります!」
ベルムーキ少将は血気盛んな人物だった。彼はさっそく参謀本部の許可を取り、巡航ミサイル・モスキートバスターの発射準備を始めたそうだ。ところが報道官に暴力を振るい、公的な記者会見を勝手に乗っ取ったことが問題になったらしく、次の日には師団長を更迭されていた。
後任の戦略ミサイル師団長の名前はあまり覚えていないが、彼もまたミサイルでニイタカ山を滅ぼそうと企んでいた。もっとも彼の場合は、どちらかというと地下にあるニイタカ大要塞を破壊しようと考えていたようだった。彼が用意したのはTNT爆薬を満載した大量破壊兵器のモスキートバスターではなく、ヴィンセントと呼ばれる地上発射型対艦ミサイルだった。貫通力に優れるヴィンセントは地下施設すらも簡単に破壊できると言われていた。
ところがセルロン軍参謀本部はヴィンセントの発射許可を出さなかった。理由はわからなかったがこのことは新聞などでも大きく報道された。やがてセルロン政府のトンボ・テルー首相が直々に特例発射許可を下すと、参謀本部もしぶしぶながらそれを追認した。
このような経緯を経てついに活動を開始したセルロンの戦略ミサイル師団だったが、発射した600本のヴィンセントのうちニイタカ山に着弾したのはわずかに1本だけだった。他のミサイルは全てエード騎士団の巡洋艦部隊によって迎撃されてしまった。また着弾した1発も大要塞には当たっておらず、弾頭がニイタカ山の土の中を掘り進んだだけだった。
飛んできたミサイルから発射地点を割り出した大将殿は、ただちにアルト・ザクセンの第2戦隊を当地に急行させた。あわよくば戦略ミサイル師団を全滅させてしまおうとの魂胆だったが、師団の所在地はセルロン本国の奥のほうであり、アルトの巡洋艦部隊の前には多数のセルロン軍防衛艦隊が立ちふさがった。
アルトは敵艦隊を突破して本丸の戦略ミサイル師団をやっつけてしまおうと考えていたようだが、たかだか4隻の巡洋艦にそのようなウルトラCがこなせるとはとうてい思えず、老兵たちは彼女にニイタカ山まで撤退するよう命じた。アルトは愛用の時刻表にかじりつきながら悔し涙を流していたが、序盤戦から貴重な戦力を失うわけにはいかなかった。
虎の子の戦略ミサイル師団がまるで役に立たず、またミサイルの弾道から発射地点を読まれてしまいエード騎士団艦隊の本国突入を招いてしまったセルロン政府軍の失態ぶりに対して、テルー首相は激怒した。
テルー首相は自身の支持者たちを呼び寄せた特別記者会見において、あと4ヶ月でニイタカ山を火の海にすると高らかに宣言した。そして彼はセルロン軍の参謀本部にエード騎士団を過小評価せず全力で叩きつぶすよう命じた。
首相の命令を受けた参謀本部はセルロン軍で最も強力な部隊を使うことにした。
セルロン宇宙軍。51隻の主力艦と多数の補助艦艇からなるセルロン軍の宇宙艦隊である。中西部に宇宙艦隊を持つ国は数あれど、セルロンほどの大艦隊を有している国家は他になかった。双頭戦争の際にはハンクマン王国軍の遊撃艦隊がそれなりに活躍したと言われているが、それとて正面からの戦闘ではなくゲリラ攻撃による戦果であった。
セルロンに忍ばせていた間者から宇宙軍の出撃を知らされた大将殿は、ニイタカ大要塞の総長室に老兵たちを呼びつけた。ジャムル中佐たち月面組はハンクマンでエード債を売りまくっていたため、総長室にやってきたのはいつもの6人だけだった。具体的にはモデジュ少尉率いる直参組だけだった。
大将殿は総長室の円卓に老兵たちを座らせた。木製の古びた円卓はクワッドの古物商からわざわざ買い取ったものだった。延々と立ち話を聞かされてあの者たちの足腰が悪くなったらどうする。そんな大将殿なりの心遣いだった。
総長室には他にもプロジェクターのようなものがあって、これはホログラム映像を写し出すことができた。大将殿はそんな便利なプロジェクターの右側に立っていた。
「皇帝陛下の忠臣諸君。プックの奴がついに動き出した。今までは地上軍の雑魚どもが相手だったがこれからはそうはいかない。地上軍の拠点防衛艦隊に配備されているA型護衛駆逐艦は旧式艦を改装しただけのゴミのような代物だった。だからこそエード騎士団の艦隊でも抵抗できた。あいつらもこちらの巡洋艦を怖がってて、なかなか攻めてこなかった。ところが宇宙軍の持っている艦艇はどんなものだ。答えてみろナルナ中尉」
「S型巡洋艦とC型巡洋艦、あとはP型駆逐艦です」
「その通り。どれもこれも最新鋭の機動艦艇だ。C型については我輩たちも同じものを持っているのだから対抗できなくもないだろうが、S型巡洋艦はそれよりもはるかに高性能だと聞いている。そんな物騒な敵艦が合わせて51隻も存在するのだ。さらに言わせてもらえばP型駆逐艦に至っては正確な数さえ不明瞭だ。とんでもない数がいるのは間違いないだろう。だが諸君。恐れることはない。なぜなら我輩たちの目的は終始一貫して敗北するところにある。燃え盛るニイタカ山を眺めながら舶来のシャトーイケムでも飲もう。展望台は艦橋が良いだろうから、騎士団の艦船をどれかもらっておく必要があるな。最終日はみんなで巡洋艦に乗って、ニイタカ山とドストルの最期を楽しむとしよう」
大将殿はマイクをワイングラスに見立てて遊んでいた。その様子に、老兵たちからも小さな笑みがこぼれた。
それにしても、大将殿の提案はやけに具体的だった。街が燃えて人が死んで、文化が燃えていく様子を眺めながらお酒を飲むなど、下劣にもほどがある行為だが、今までそれを目指して頑張ってきた以上、避けることのできない、ある種の儀式なのかもしれない。そして私もまたそれに参加することになるのだろう。当時の私は、大将殿のくすぐるような笑い声を聞きながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
いくらか笑い合った後、大将殿はパンと手を叩いた。
すると、老兵たちの笑い声がピタリと止んだ。まるで条件反射のようだった。
「よろしい。ではこちらを見てもらおうか」
大将殿はプロジェクターを起動させた。円卓の中心に粒子状のホログラムが形成される。そこに描かれていたのはニイタカ山を中心とした中部地方の地図だった。
「わざわざ騎士団の艦隊士官に頼んで、ホログラムモデルを作ってもらったものだ。彼らにも宇宙軍の到来は伝えてあるからな。それで宇宙軍迎撃作戦の概要だが、敵の先鋒を務めるのは例の第5戦隊だ。テレビのニュースでセルロンの参謀総長が説明していたからこれは確実だ。つまり相手は失禁で有名なあのトラク・トラギン伍長。今は中将にまで出世しているが、そうそう頭の良い奴ではない。まずはこいつを撃退して、宇宙軍の本気を見せてもらうとしよう。たかだか1個戦隊でニイタカ山を消し飛ばせるとは思えないからな。もっとたくさんの部隊に来てもらいたい」
8隻の巡洋艦とそれに付き従う30隻以上の駆逐艦がホログラムの中を動き回っていた。大将殿は老兵たちにこれらの敵を撃退するよう命じた。確実にニイタカ山を焼いてもらうためにはもっとたくさんの戦力が必要だ。だからこそ先鋒を打ち崩して本隊のご登場を願おうじゃないか。筋の通った主張ではあったが、個人的にはどこか別の意図があるようにも思えた。
よくよく考えてみるとずいぶん遠回りしてきた気がする。全ては大将殿の思し召しなのだから強く否定するつもりはないのだが、単にニイタカ山を燃やしつくすだけなら帝国の資金の一部を切り崩してとんでもない大きさの燃料気化爆弾を作りだせばそれで良かったはずだ。もちろん大将殿や老兵たちはドストル難民たちに復讐がしたいのであり、皆殺しを狙っているわけではないとわかっている。難民たちに帝国の意志を押し付けて、彼らの憎しみを買いたいのだとわかっている。だがそれにしても、もっとやりやすいやり方があったのではないか。近道は無かったのか。
信じていたエード教に裏切られる。ドストル難民たちは自分たちの胸の奥深くまで刻まれた、宗教に由来する考え方や文化にまで裏切られたような気分になるだろう。それがどれほどの絶望と苦悩を生み出すのか、古今の例を考えれば想像するに堪えない。彼らは自分たちを騙していたハーフィ・ベリチッカという偶像とそれを作り出した帝国軍を恨むだろう。大将殿たちはそれをキャッキャウフフと喜んで、ニイタカ山が燃え上がる様子を眺めながら果実酒でも飲み回すのだろう。確かに効果的な作戦だ。しかしあまりにも回りくどい。
色々と考えてみると、私たちのやっていることはただ規模が大きいだけの嫌がらせでしかないような気がしてきた。これといった大義もなく、いったい私たちは何をやっているんだろう。
もちろん当時の私は、そんなつまらない考えを持っていなかった。
大将殿への不信感を募らせつつも私は立派に働いていた。ショートが言うところのただ傍についているだけの仕事だが、荷物持ちをしたり探し物をしたりと細かいところで汗をかいた。1人で眠れないシャルシンドを寝かしつけるのも私の仕事だった。
セルロン軍が夜中にミサイルを飛ばしてきて、エード騎士団の巡洋艦部隊がそれを迎撃すると、当たり前だが物凄い轟音が周囲に鳴り響いた。平衡感覚を狂わせるほどの爆音にシャルシンドは布団の中で身をよじらせて怖がっていた。今思えば、安心できるような言葉をかけてやるべきだったのかもしれないが、当時の私には何の言葉も浮かばなかった。ただ彼女の肩を抱いてやることしかできなかった。
「ナルナ中尉殿、今のミサイルは何だと思いますか?」
ある時、そんなことを口にしながら仮眠室の扉を開ける者がいた。
カーライル・コッバ上等兵。
彼はモグモグと牛の内臓を噛みながら、ポータブル型の無線機を耳に当てていた。
「どういう意味だ、カーライル。質問の意図がわからないぞ」
「今のミサイルは『シーヴィンセント』だそうですよ。セルロンの艦載用ミサイルです」
「艦載ミサイルが飛んできたってことは、来たのか!」
「ええそうです。ついに宇宙軍のお出ましです。あいつらすごいですよ。このニイタカ山の南にあるクワッド連邦共和国の植民地に無断で侵入して、緊急出撃してきたクワッド南部艦隊をあっという間に蹴散らしてから、こっちに来たみたいですから。トラギン伍長の第5戦隊だけが来るってのは嘘。あいつらは自分たちの参謀本部にまで嘘をついて、参謀総長に嘘の会見をやらせて、俺たちが油断したところを全力で叩きに来たわけです。獅子はどんな相手にも全力で立ち向かうんですかねえ。エンドラ・プックの恐ろしさと言いますか、呆れてものも言えませんよ」
そのわりにはよく喋るじゃないか。そんなツッコミは心の中で封印した。
シャルシンドをカーライルに任せて、私はパジャマを着たまま大要塞の外に出た。帝国軍管理領域から抜け出して、第28給湯室の角を右に曲がり、最寄りのエレベーターに乗り込んで最上階行きのボタンを連打すると、たどり着いた先は聖ムーンライト教会の地下室だった。
かつてこの場所に爆弾を仕掛けて人を殺したことがあった。苦い思い出を拭い去りつつ、騎士団員採用試験の際に使われたと思われる木製の机を蹴飛ばしつつ、修復された階段を登って、大将殿とノーカトが結婚式を行った中央講堂を走り抜けて、廊下を突き進んで、チャプチップス氏を買収しようとした時に案内された執務室の横から正門をくぐり抜けて、私はようやく夜空と対面することができた。
聖ムーンライト教会はニイタカ山の山頂にある。正確には山頂の1つと言ったほうが良いのかもしれない。大きな土の塊が横たわっているような山なので、いったいどこが山頂なのかよくわかっていないらしい。
眼下にはニイタカの街があった。空襲警報がけたたましく鳴り響いていた。ところどころで火災も起きていた。しかしモスキートバスターで狙い撃ちされたような大爆発は起きていなかった。
上空をいくつもの線条が飛び回っていた。きらめきだ。夜空を明るく照らすきらめきは星々の瞬きを封じこめて、独善的な光をぽろぽろとばら撒いていた。
S型巡洋艦とC型巡洋艦に見た目の違いはほとんどない。どちらも旧時代の潜水艦を空に浮かべたような葉巻型の巡洋艦だ。普段はまるで本物の葉巻が浮いているかのようなシンプルな形状をしているのだが、戦闘時には主砲やミサイル発射機が艦体からせり上がり、四方八方に射角を有する全方位攻撃艦艇となる。敵艦の攻撃に対しては防御火器で対抗したり、ガードボットと呼ばれる無人の体当たりロボットを使って防いだりする。敵弾や敵ミサイルがそれらの防衛網を突破してきた場合には、主砲やミサイルを艦体の中に引っ込めることで致命傷を防ぐことができる。巡洋艦の外殻は頑丈なのでそうそう破壊されない。そのため艦隊戦はわりと時間がかかる。
カーライルから奪ってきた無線機に耳を当てると、聞こえてくる内容から察するにどうやらセルロン宇宙軍は撤退を始めているようだった。おそらくプック提督は最初の一撃でエード騎士団を粉砕するつもりだったのだろう。それが上手くいかなかったので一時的に撤退する。作戦としては定石だった。
セルロン宇宙軍はエード騎士団の追撃をかわしながら鮮やかに飛び去っていった。
やがて東から日が昇り、朝を迎えた時、大要塞の上空には8隻のC型巡洋艦の姿があった。艦橋に掲げられたドストル修道会の黒色四方剣旗は朝焼けに染まり、頬を紅潮させた乗組員たちは甲板に繰り出してやたらと騒いでいた。
開戦から3ヶ月、エード騎士団はまだ一度も負けていなかった。