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10 青の血統書

 まるで長い夢を見ていたようだ。

 仮眠室のベッドに寝そべりながら、私は思い出のページをめくっていた。

 脳細胞に刻まれた我が人生90年間の記憶の数々。

 本来なら老化と共に失われていくはずだった生々しい記憶たち。

 老兵たちはちゃんと覚えているのだろうか。あんなことやこんなことを。

 ベッドに横たわっていた上体をゆっくりと起こす。

 目に映るのは若々しい女性の肌だ。すでに見慣れた物となっている。

 薄暗い部屋の鏡にはボサボサの黒髪が映っていた。

 短く切った癖毛が長時間の寝床滞在によって化け物のように曲がりくねっていた。

 大将殿はいったい何を考えてこの遺伝子パターンを選んだのだろう。

 遺伝子調整手術を受けてから6年は経っているが、この癖毛には恨みこそあれ感謝したことは一度もない。顔立ちの見栄えも大将殿と比べたら格段に見劣りする。

 別に美人になりたかったわけではないが、せめて癖毛にはしないで欲しかった。おかげで髪を伸ばすことさえ適わない。

 パジャマを脱いでいつもの修道服に着替える。

 癖毛は黒頭巾でごまかす。

 隣のベッドでは大将殿の愛娘・シャルシンドがすやすやと寝息を立てていた。

 4歳になったシャルシンドは遅まきながらオムツから卒業を成し遂げており、以前のように熟睡中の私を叩き起こさなくなった。

 どことなく親離れを感じさせる年頃に私の胸中は複雑だ。

 交代で世話係を務めてきた老兵たちも寂しそうな顔をしていた。

 しかしながら年月は残酷だ。

 シャルシンドが4歳になったように、私の身体も手術から6年を経て少しばかり様変わりしていた。

 身長は相変わらず低いままで体格も小さいままだったが、少しだけ女性らしい体つきになった。あくまで少しだけだ。大将殿のあれと比べたら、いや比べること自体が不毛だ。

 元々18歳の身体を手に入れていたので、単純計算で今の私の身体は24歳に相当する。

 大人になったということだろうか。

 その分野に対する興味が昔と比べて段々薄れてきているので、身体の成長については嬉しいとも何とも思わないのだが、服のサイズが微妙に変わってしまうのは難点だった。

 幸いにしてモデジュ少尉からもらったガーターベルト式のホルスターは問題なく着用することができた。

 私は太もものホルスターに愛用のボタキ拳銃を入れた。

 長年の相棒はずっしりとした重みを感じさせてくれた。

 部屋の外から空襲警報が聞こえる。

 しばらく仮眠室にいたので詳しいことはわからないが、ちょっと前にモデジュ少尉からアルトの艦隊が突破されたとの話は聞いた。

 これから怒涛のようにセルロン軍が押し寄せてくることだろう。

 今日は金曜日だ。

 極東の古い伝承では決戦は金曜日に起きるものだとされている。

 だから今日は決戦だ。

 決戦の9月25日だ。

 色んなことに決着をつけるためにも、備えあれば憂いなし、武器はたくさん持っておくべきだろう。

 予備の弾倉をポケットの中に入れる。手榴弾も入れる。

 弾丸17発。手榴弾1つ。これだけあればどうにかなるはずだ。

 私は眠っているシャルシンドのおでこに軽くキスをして、仮眠室を後にした。


 大要塞の通路を騎士団員たちが忙しそうに走りまわっていた。

 彼らは両手いっぱいに自動小銃を抱えていた。大将殿がコメット社の研究チームに作らせた国産のER27小銃だ。

「ほらほら急ぐんだよ、先輩たちに渡せないだろ!」

「それはわかってますけど、こんなに持てませんよ!」

 どうやら倉庫の武器を最前線に持って行くのが彼らの仕事らしい。

 エード騎士団の総兵力は1万人。このうち7千人が地上部隊の所属だ。

 9万人のセルロン地上軍を迎撃するにはあまりにも少ない。

 堅牢な大要塞を持ってしても長時間の籠城は難しいだろう。

 私は大将殿に早めの避難を申し入れるつもりだ。

 今からでもインペリアルに乗り込んで逃げた方がいい。

 何となくそんな気がしていた。


 しばらく歩いていると、目の前によく知る人物が現れた。

 どうやら私が来るのを待っていたらしい。しきりにこちらに手を振っている。

「モデジュ少尉。戦況のほうはどうだ。脱出準備は?」

「いけませんよ、中尉殿。周りに騎士団員がいるじゃないですか」

 モデジュ少尉が小声で諭してきた。

 なるほど確かに周りには騎士団員がたくさんいる。

 通路で仮眠をとる者、怪我の応急処置を受ける者、武器や弾薬を運んでいる連中。

 どいつもこいつも疲れた顔をしていた。

「この調子なら私たちの話なんか聞いてないだろう、こいつら」

「ナルナ中尉は修道服だから目立つんですよ」

 ピエロみたいな仮面を付けている少尉には言われたくない。

 何はともあれ、細かいことで時間を浪費するわけにもいかないので私たちは場所を変えることにした。向かう先は一般の騎士団員が出入りできない帝国軍の管理地域、総長室の近辺だ。

「シャルシンドちゃんは寝てましたか、中尉殿」

「ぐっすり寝ていたよ。たまに砲撃の音でビクッとしてたけど」

「大将殿はシャルシンドちゃんをどうするつもりなんでしょうね」

「ニイタカから一緒に逃げ延びて普通に育てるんじゃないの?」

「そこから先の話です。自分はもう死んでいるかもしれませんが、そこから先……」

「シャルシンドが大人になってから、か」

 そんなことを話しているうちに私たちは総長室の近くまでたどり着いていた。

 このあたりなら誰も聞いていないだろう。

 モデジュ少尉は近くの木箱に腰を据えた。私も通路の壁面に体重を預ける。

 ピエロの仮面を放り投げ、小銃を地面に置き、胸ポケットからタバコを取りだした少尉の姿はとても89歳の老人には見えなかった。

 老兵未だ死なず。迷彩服に身を包んだ彼はまさしく老兵たちのリーダーだった。

「中尉殿。戦況を簡単に説明します」

「お願いする、少尉」

「全体的にエード騎士団は劣勢です。しかしセルロン軍も士気が低いようです」

「せっかく負けているのにセルロン軍がやる気を出してくれない……?」

「はい。圧倒的な戦力を持つはずのセルロン地上軍が全く攻めてきません。せいぜい州境あたりから砲撃してくる程度です。9万人もいればあっという間に片付くはずなのに、戦車の1台すらこちらに寄こしてきません」

「じゃあ、さっきの騎士団員たちが武器を運んでいたのは何なんだ?」

「どうもチャプチップス・メージの民兵隊が、一部の騎士団員たちと一緒になって積極的に攻撃を仕掛けているようなのです」

「チャプチップス氏か……そりゃまあ彼もニイタカ山を守りたいだろうしなあ」

「それでセルロン軍から手痛い反撃を受けているようでは話になりませんがね」

 モデジュ少尉がタバコから灰を落とす。

 ひび割れた指先が、彼の老齢を如実に物語っていた。

 よく見ると小刻みに震えているようにも見える。

「ああ、最近いけないんですよ。照準がぶれてしまって困ります」

「お疲れさん、老兵たち」

「大丈夫です。薬さえ飲めば収まりますから」

 少尉はそう言ってポシェットから薬品の瓶を取りだした。

 水も飲まずに錠剤を飲み込む彼の姿が、かつての私のそれと少し重なった。

「それで次は空中艦隊戦の動向ですが、これはもうミラクルですね」

「ミラクル?」

「アルトの奴が1人勝ちしてます。寄せ手のトラギン艦隊をめった撃ちです」

「めった撃ちだと?」

「サーモバリック爆薬を満載したC型巡洋艦1隻をセルロン艦隊に近付けて自爆させ、サーモバリック特有の強烈な爆風でいくつかの艦が沈んだところを爆風の向こう側からシーヴィンセントで一斉射撃、爆発に伴う高熱によって熱源センサーをやられていたセルロン艦隊はまるで対処できないまま次々と撃沈されていったようです」

「サーモバリックって旧時代の燃料気化爆弾じゃないか。確か『過剰な爆風を伴う爆弾に関するトロムス宣言』で使用が禁止されていたはずだぞ。非人道的とか言って」

「エード騎士団はまともな軍隊ではありませんから、そんなもん批准してませんよ」

「まあそりゃそうだけど……」

「だいたいそんなこと言ったら、我々のやろうとしていることなんか非人道的どころか大虐殺じゃないですか」

 老兵はニヤリと笑って、タバコの火を消した。

 中途半端に燃え残った彼のタバコは、ズボンのポケットの中で次のブレイクタイムを待つことになった。

 老兵は立ち上がり、近くに転がっていたピエロの仮面に手をかけて、それを顔のところに持っていった。頭の後ろでヒモをくくってしまえば仮面教官の誕生だ。

「中尉殿。差し上げたガーターベルトは着用されてますか?」

「いつもは着けていないけど、今日はボタキを持ちたいから着ているよ」

「そうですか。それは何よりです」

 モデジュ少尉の表情は見えない。

 しかし仮面の奥で彼は笑っているようだ。声が弾んでいる。

「脱出についてですが、時間が決まったところで大将殿が中央管制室からアナウンスしてくださるそうです。スピーカーから『富士山登れ』の声が聞こえたら20分以内に地下ドックに来てください。全員が集まってからインペリアルで脱出します」

「了解した。しかしそれでは遅くないか?」

「自分もそう思いますが、大将殿の命令ですから……」

 では、ちょっと仕事をしてきます。

 モデジュ少尉は帝国軍の主力小銃だったプロメテを担いで、通路の影に消えていった。

 はて、彼の言う仕事とは何のことだろう。

 大将殿から命じられた仕事でもあるのだろうか。

 微妙に釈然としないが、私は私でやることがあった。

 私は大将殿に会わなくてはならない。


 大将殿は余裕をもって大要塞を去るつもりのようだが、外からの砲撃音を聞く限りでは早めに逃げておいたほうが良さそうだ。モデジュ少尉は何も言っていなかったが、アルト艦隊を突破したセルロン宇宙軍の前衛艦隊がニイタカ山に近づいているのは確実だ。

 前衛艦隊に制空権を奪われるのはまずい。私たちは空からニイタカ山を抜け出すつもりなのだ。セルロン軍にニイタカ山の上空を支配されていては逃げようがなくなってしまう。

 私たちが安全に脱出するためにも、大将殿には一刻も早く「富士山登れ」の放送をしてもらいたい。そのためにはまず大将殿に会う必要がある。

 モデジュ少尉と別れた後、私は総長室の前に来ていた。

 ふむ。少しだけ緊張している。

 胸に手を当てると柔らかい。

 気を落ち着かせよう。

 部屋に入る前に、廊下の鏡で服装を整えよう。

 モデジュ少尉から話を聞いていた時、ずっと通路の壁に体重を預けていたからか、私の修道服は土で汚れていた。

 手ぼうきでホコリを落とし、ついでに頭巾の位置を調整する。

「おっ……ナルナじゃないか」

 横柄な馴れ馴れしさと、私に対する若干の敵意を含んだ、若い男の声。

 声の主は通路の奥からやってきた。

 ショート・チゴ。エード教総本山の民政局長にしてエード騎士団の艦隊司令官を務める男。エード教でも有数の能吏と言えるだろう。

 どうも気が合わないのでいまいち仲良くなれないのだが、ショートについては個人的に高く評価している。頭が良いのでとても喋りやすいのだ。

 そういえば彼の実兄のノーカトも同じく喋っていて困ることのない人物だった。チゴ家の人間はみんな話術に長けているのだろうか。

 ショートは紺色の背広を着ていた。赤色のネクタイが映えていて、まるでドップラーあたりの高校生のようだ。

「珍しいですねショートさん。いつもはエード教団の礼服なのに」

「今日は決戦の日だろ。おめかししないといかんのさ」

 そう言ってショートは鏡の前に立った。

 背の高い青年の横に、小柄な修道女の姿が映っている。

 頭1つ分くらいの身長差があった。

「そういえばあんた、昔はどれくらいの身長だったんだ?」

 身だしなみを整えているショートが、特に気も無い様子で喋りかけてきた。

 私が20歳の青年だった頃。

「そうですね。今のあなたくらいはありましたよ」

「それは嘘だ。羨ましそうな目でこっちを見つめてきやがって」

「いやいや、嘘である証拠がないでしょう」

「しかし本当だという証拠もないよな、写真でもあれば別だが」

「それを言ってしまえば話になりませんよ」

「へへへ。過去は偽れないんだぜ、ナルナ中尉」

 短い髪をクシでとかし、ネクタイを結び直したショートは、顔の角度をいくつか確認した後、私よりも先に総長室の中に入っていった。

 はてさて、決戦の日に背広を着る必要があるのだろうか。

 むしろ動きやすい服装のほうが良いのではないか。

 太ももに付けたガーターベルトの位置をずらしつつ、準備を整えた私はショートの後に続いて総長室のドアを開けた。

「ハーフィ・ベリチッカ様、兄を刺し殺したことからもわかる通り、自分はあなた様を心の底より愛しております。ニイタカ山が燃え上がった暁には、あなた様をいただきたく存じます。以前のように逃がしはいたしません、今度こそ返事をください、ハーフィ様、自分に!」

 思わずドアを閉めてしまった。

 なるほど決戦とはそういうことだったか、ショート・チゴ。

 なかなか面白いことをやってくれるじゃないか。

 廊下の鏡に映る私の顔は面白いくらいに真っ赤だ。

 しかしそんなことよりも部屋の中の様子が気になる。気になって仕方がない。

 私は思い切ってドアを開けた。

 こちらにも大将殿に会う理由はあるのだ。文句はあるまい。

 総長室の中に入り、頭を下げたまま固まっているショートの横を通り抜ける。

「あれ?」

 そこに大将殿の姿はなかった。

 広々とした部屋にはお辞儀したままのショートがいただけだった。

 ずっと下を向いたままのショート・チゴ。

 彼がどんな表情をしているのか、床にしゃがみこんで下から顔をうかがってみると、なんと目をつぶっていた。これは明らかに何かを待っている顔だ。

 総長室にむなしい空気が流れる。

 私は何も言わずにその場を後にした。

 いったい大将殿はどこに行ってしまったのだろう。

 これでは話ができない。早く探さないと。

 それにしても……兄を刺し殺した、か。


 腕時計に目をやると、7時15分を指していた。

 アンティークな時計なのでAMなのかPMなのかはわからない。

 私の記憶が正しければおそらく後者だ。つまり地上は夜になりかけている頃だ。

 大要塞の廊下を当てもなく歩き回りながら、いろいろと考える。

 モデジュ少尉は言っていた。

 大空は一進一退。少なくともアルト艦隊は健在。

 地上戦ではむしろエード騎士団が攻勢をかけている。

 あれだけの戦力差がありながら、エード騎士団は善戦している。

 こんなことを言ってしまうのは何だが、エード騎士団は素人の集まりだ。いくら老兵たちが指導したからといって、たかだか半年ほどの教練で立派な兵士には育たない。チャプチップス氏の民兵隊には圧勝できるかもしれないが、国家の正規軍に勝てるとは到底思えない。

 一方のセルロン軍は豊富な実戦経験を有する職業軍人の集まりだ。それでいて数においてもエード騎士団を圧倒している。騎士団には存在しない主力戦車や戦闘ヘリといった近代兵器も多数保有している。質・量ともにセルロン軍は圧倒的な存在だ。

 そんな彼らがエード騎士団に苦戦している。

 モデジュ少尉が言っていたように、そもそも本気を出していないのかもしれない。アルトが奇策を持って宇宙軍を翻弄している大空の戦いはともかくとして、セルロン地上軍が全く動いていないのは少しばかり様子が変だ。

 いったい何のために手を抜いているのか。

 何か策略でもあるのだろうか。

「なんか難しいことを考えているみたいね、ナルナちゃん」

「わっ……ええっ、チョイスマリーさん?」

 驚きのあまり変な声を出してしまった。

「さんはやめてってば。もう6年くらい言ってるのに、少しは聞く耳を持ちなさいよ」

 そういえば修道会で出会ってからそれくらい経っているのか……。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 私の目の前に、大要塞の中にチョイスマリー・メージがいる。

 これは今までありえなかったことだ。

 彼女はニイタカ山の名族メージ家の名代であり、エード教の重鎮の1人として総本山で働いてきた人物だ。エード騎士団には直接的に関わっていない。

 私とチョイスマリーは昔から仲が良い。

 おそらく帝国の関係者を除外すれば一番の友人だ。自分の正体を隠していることが恥ずかしくなってくるくらいには、良い関係を築いてきている。

 そんな彼女が大要塞にいた。

 彼女の栗色の綺麗な髪が、空調機械の風に乗ってざわめいていた。

「ナルナ、聞いてんの?」

「ああいや、その、どうしてチョイスマリーさんがここにいるんです?」

「どうしてここにいるんですって……大砲の飛び交う総本山から逃げてきたのよ。そりゃそうでしょう。あんなところにいたら、そのうち死ぬっての。あたしみたいなエード教の関係者はみんな逃げてきてるよ。難民の人たちも騎士団の人たちの先導で大要塞の中に逃げ込んできているみたい」

 なんてこった。

 それは……いけない。

「そんでまあ、あたしはナルナちゃんに会いにきたわけ」

「いったい誰がそんなことをやったんだ!」

「えっ……まさかあんた、あたしに死んで欲しかったの?」

「そうじゃありません。あなたは難民ではなく地元の人間ですし、そうじゃなくて、要塞の中に難民が入ってきているって話ですよ。いったい誰がそんなことを……」

「それってそんなにダメなことなの?」

 チョイスマリーには言えないがダメなことに決まっている。

 せっかくニイタカ山を燃やしつくしても、要塞の中に逃げられてはドストル難民たちはほとんど無傷だ。恐ろしいことに長大なニイタカ大要塞は160万人の難民たちをみんな収容してしまえるほどの容積を持っている。戦争するための施設なので食糧だってたくさんある。

 私は難民に対する恨みなど持ち合わせていないので、彼らの大多数が生き残ってくれても別にかまわないといえばそうなのだが、大将殿の今後のためにも復讐計画が中途半端に失敗するのは勘弁してほしい。

 それにもう1つ。

 中途半端どころか、復讐計画自体の存続が危うくなる危険性があった。

「ねえナルナ、どうして難民の人たちがここに逃げちゃダメなのよ」

「……セルロン軍の特殊部隊が難民に紛れて入り込んでくるかもしれません。そうなれば大要塞は内側から落とされて戦いは終わりです。王道楽土も建設できません」

「王道楽土って。そんなもん最初から無理ってわかってるわよ。そんな理屈はいいから、なるほど特殊部隊ね。セルロンの特殊作戦軍だっけ。すごく強いんでしょう?」

「最初から無理って……」

「中身のない言葉は信じない方向で生きてるから。それでどうするの?」

 どうするって言われても。

 チョイスマリーの目は真剣だ。理由はわからないがどうやら手伝ってくれるらしい。

 好意は受け取っておくべきだろうか。

 チョイスマリー・メージ。私はてっきりメージ家の核シェルターに逃げているものだと思っていた。まさか総本山からこちらに逃げてくるとは考えもしなかった。

 彼女を危険な目に遭わせるのは極力避けたいところだが、彼女のメージ家の名代という地位を利用すれば難民たちを統制できるかもしれない。

 大要塞に入り込んでいる難民たちを一か所に集めることができるかもしれないし、集められた難民たちには監視を付けることができるだろう。そうすれば難民に紛れこんでいる特殊部隊も軽はずみな行動を起こせないはずだ。集まらなかった難民を容赦なく撃ち殺せば、特殊作戦軍の潜入作戦を完全に封じ込めることができる。

 仮に特殊作戦軍が入り込んでいなかったとしても、無秩序なドストル難民は何をしでかすかわからない。監視を付けて見張っておくのが得策だ。

「チョイスマリーさん、お願いがあります」

「何でもやってあげるから。好きなだけ言っちゃいな」

「地下13階に中央管制室があります。そこで大要塞の中にいる難民たちに呼びかけてほしいです。チョイスマリー・メージの名前があれば簡単なはずです」

「呼びかけるって何を言えばいいの?」

「難民は28号エレベーターを使って最上階の聖ムーンライト教会に集まってください。ドストル修道会が炊き出しを行っています」

「そんなことウチの修道会ではやってないけど……まあいいわ、用意させるから。それで他には何かあったりする?」

「ちょっと待ってくださいね。サインを書きますから」

 近くに落ちていた時刻表の端っこをちぎって、そこに私の名前を書く。裏にはやってほしいことを書く。これで命令書の完成だ。

「この紙切れをそこらの騎士団員に見せて、適当に3人くらい連れて行ってください。そいつらは難民の監視に使ってください。特殊作戦軍が紛れ込んでいるかもしれませんから」

「わかった。じゃあさっそく……といいたいところだけど」

「どうかしました?」

「中央管制室の場所がわからないから、ナルナもついてきてくれない?」

 なるほど。そりゃそうだ。

 初めて大要塞にやってきたチョイスマリーが大要塞の地理に詳しいはずがない。

 私たちが今いるこのあたりなら、騎士団員たちが多くいるので道を聞けば何とかなるかもしれないが、地下13階は倉庫ばかりの無人地帯だ。素人のチョイスマリーが1人で行ける場所ではない。

「わかりました。一緒に行きましょう。中央管制室なら地下ドックにも近いですし」

 それに中央管制室にいれば大将殿と会えるかもしれない。

 富士山登れを発令するためには、あそこの放送設備が必要だ。

「ナルナは地下ドックに何か用でもあるの?」

「いいえ。何もありませんよ」

「ふうん」

「そういえばさっきショートさんが醜態を晒してました」

「ショートの馬鹿が何をやったって?」

 そんなことを話しながら私たちは地下に向かう。

 鳴りやまない砲撃の音が少しずつ遠くなっていく。


 地下13階。物資保管庫。

 エレベーターを乗りついでやってきた、大要塞の深いところ。

 土砂をくり抜いただけの巨大なトンネルにプレハブの倉庫が乱立している。

 必要最低限に抑えられた照明といい、放置された掘削機械の汚れ方といい、まともに活用されていない臭いがプンプンする空間である。

 そんな薄汚れた地下13階の辺境に中央管制室は存在する。

「ねえ、どうしてこんなところに管制室があるの?」

「見つかりにくいところにあったほうが、いろいろ便利なんですよ」

「何と言うかほこりっぽくて嫌だわ……」

「もうちょっとの我慢です」

 トンネルの中央を駆け足で進む。

 ほこりまみれの倉庫エリアを抜けた先に2階建ての施設が見える。

 あそこが中央管制室だ。

 見れば、入り口を老兵が警備している。

 あれはドニー伍長だろうか。

 私たちの姿に気がついたらしい伍長は、何も言わずにしきりに目配せしてきた。

 長年の付き合いから彼の意図を見抜いた私は、わけもわからず怖がっているチョイスマリーの手を引いてゆっくりと彼の元に近づいていった。

「あの仮面の男、ライフル持ってる……」

「ああ見えても騎士団の偉いさんですよ」

「ならいいけど……こんなところで何やってるのかしら」

 それは私も気になった。

 ただ単に中央管制室を守っているだけなら、もしかして中に大将殿がいるのかなと淡い期待を持つだけで済む話なのだが、ドニー伍長の様子は尋常ではなかった。

 まず声を出さない。

 次に管制室付近の脇道にやたらと厳しい目を向けている。

 伍長はいったい何を見ているのだろうか。

 仮面の穴から覗かれる、まるで獲物を狩る猛禽類のような鋭い眼光に、何も知らないチョイスマリーは腰を抜かしてしまった。

「このおじいさん、人殺しの目……」

 そればかりは否定できない。

「……中尉殿。あの通路を見てください」

「通路……?」

 腰を抜かしたまま地面に座りこんでいるチョイスマリーを放置して、私はドニー伍長が指差した場所に目を向ける。

 地下13階、メイントンネルから脇にそれた通路。

 ふと思い出せば、あそこは通い慣れた道のりだ。

「あそこに人影が見えます。あそこの奥は独房です」

 独房。

 鉄筋コンクリートで造られた、窓のない施設。

 セルロン特殊作戦軍の兵士、ミリシド・フルトラップが囚われている場所だ。

 まさかあの男、混乱に乗じて脱獄したのか。

 隣にいるドニーは首を左右に振った。

「中尉殿の考えていることはわかりますが、独房はホッド軍曹が見張っています。大将殿が富士山登れの命令を下した時に捕虜は銃殺する予定でした」

「そうだったのか……じゃあ、あそこにいる人影は」

「ホッド軍曹だと信じたいのですが、わかりません……」

 早めに仕事を済ませてしまったレキシン・ホッドなのか、あるいは脱獄した捕虜なのか。

 どちらにしろ真っ暗な通路でじっとしているのは不自然だ。

 もしかすると、どちらでもないのかもしれない。


 ピンポンパンポン。

 鉄琴の音がトンネルの中をこだまする。

 これはもしや、いよいよなのか。

『大要塞の各地で戦っている者たちに告げる。富士山登れ。繰り返す。富士山登れ』

 天井のスピーカーから流れてきたのは大将殿の麗らかな声だ。

 富士山登れ。すなわち脱出の時がやってきたのだ。

「えっ、フジサンノボレって何それ?」

「チョイスマリーさんには関係ありませんよ。さあ早くハーフィ司教と交代しましょう。中に入ってください。放送の件、難民たちの誘導は頼みましたからね!」

「ちょっと待ってよ、あたしに機械の操作なんかわかるはずないでしょ!」

「マイクの電源とメインパネルの右から左まで全部のスイッチをオンにしてください!」

「ナルナも一緒に来てよ、どうせなんだから!」

「中尉殿、御令嬢、伏せてください!」

 言い争いをしていた私たちはドニー伍長に抑え込まれた。

 途端にやってきたのが銃声だ。

 ぎゃあぎゃあ泣き始めたチョイスマリーを安全な中央管制室の中に押し込んで、私はガーターベルトから愛銃のボタキ23を取りだした。

「どこから撃ってきた、ドニー伍長!」

「あそこです、さっきのあそこ!」

 ドニー伍長が脇道に向けてライフル弾を放つ。悲鳴は聞こえてこない。

 いったい敵は何者なんだ。

 こんな地下にまでセルロン軍が浸透しているというのか。

 そんなはずはない。いくら何でも早すぎる。

 私はタイミングを計って中央管制室の中に滑り込んだ。

 急いでドアから離れると、すぐにドアは穴だらけになった。狙い撃ちだった。

 ドニー伍長。相手はかなりのやり手だろうが、頑張って持ちこたえてくれ。

 中央管制室は多種多様な通信機器で埋め尽くされていた。

 18分割されたモニターには大要塞の各地の様子が映し出されている。慌ただしく動き回る騎士団員たち、望遠カメラで捉えられた大空の艦隊戦の様子、砲撃を受けて倒壊するエード教の総本山、中には山腹の城門前に難民たちが並んでいる映像もあった。あの太っちょの騎士団員が城門を開けたのか。

 いけない。そんなことよりも気になることがある。

 部屋の奥にいるチョイスマリーに向けて、私は声を張り上げる。

「チョイスマリーさん! あなたはいつ頃に大要塞に入りましたか!」

 泣きべそをかきながらマイクの準備をしていた彼女がこちらに顔を向ける。

「えっ……ああ、わりとさっき。騎士団の本部から電話があって、避難のために要塞の中に入ってもいいですよって言われたのが50分くらい前だから」

 50分か。微妙な時間だ。山腹から50分でここまで来られるか。

「ねえ、そんなことより、あの銃声は何なの……?」

「あれはセルロンの特殊部隊です。あの射撃精度は間違いありません」

「監視カメラに黒い服を着た人たちが映ってるけど……その人たち?」

 盲点だった。

 そうだ、ここは中央管制室だ。大要塞の全ての情報が集まっている。

 私はチョイスマリーが見ていた画面に目を向けた。

 そこには7人の兵士がいた。そのうちの1人は将校の服を着ている。

 さらに将校の横には手錠をかけられた状態の老兵がいた。

 老兵の1人、ホッド軍曹だ。

 よく見るとミリシドの姿もあった。顔は見えなかったが身体つきですぐわかった。

 ミリシドには適当なタンクトップが渡されていたはずだが、なぜか他の兵士たちと同じ黒い戦闘服を着ていた。しかも武器まで持っている。あれは短機関銃だろうか。

 他の兵士たちも自動小銃から軽機関銃、対戦車無反動砲など様々な武器を携行していた。指揮官らしき将校は拳銃1丁のようだが腰にサーベルを付けていた。

 カメラの向きを変えてみると、将校の後ろにはジープらしきものがあった。

 ジープ。戦場で使うための頑丈な車だ。噂では乗り心地は悪くないらしい。

「いくら何でもおかしいだろ!」

 私は思わず叫んでしまった。

 おかしい。あの連中はおかしい。

 難民のふりをして忍び込むにしてもジープは無謀すぎる。

 馬鹿なことをやってくれた騎士団員の門番も、さすがにジープには気づくだろう。銃火器は巻きつけた衣類で隠せても自動車は無理だ。隠し切れるはずがない。

 そもそもバレるかもしれないような賭けを特殊作戦軍が打ってくるとは思えない。

 しかし目の前の画面にはセルロンマークのついたジープが映っている。これは現実だ。

 本当にどうなっているんだ。

「なるほど、ドンパチやってたのはセルロンの特殊作戦軍か。捕まっているのはホッドだな。これでは20分以内にインペリアルに乗るのは難しそうだな」

「た……ハーフィ様」

 施設の2階から大将殿が降りてきた。

 近くで銃撃戦が起きているというのに悠々としている。

 ようやく探していた人物と会えたわけだが、この戦況では素直に喜べない。

 そんな私の様子を察したのか、大将殿はきれいに笑って、ポケットから小さな機械を取りだした。

「安心しろナルナ中尉。応援は呼んである」

 大将殿が持っているのは無線機だ。あれで誰かを呼んだらしい。

 いや、そもそも老兵たちみんなに無線機を携帯してもらって、わざわざ放送なんかせずに普通にそのままインペリアルに向かったほうが良かったんじゃないですか。

「言いたいことはわかるぞ中尉。しかしそうした場合、あの者たちはここではなくドックを狙ってきたかもしれん。おそらく目的は我輩だろうからな。あとはもう1つ、ドックから上空に向かうためには大要塞の出撃用ハッチを開く必要があった。それができるのは中央管制室とドッグの司令部だけだ。不測の事態を避けるためにもここから開けておくべきだった」

「なるほど。ところで話は変わりますが、ここにはチョイスマリーがいますよ」

「ほう、いたのかチョイスマリー」

 こちらの話を気まずそうな顔つきで聞いていたチョイスマリーに、大将殿がチラリと目を向ける。チョイスマリーの首筋は、緊張のあまりすでに汗まみれだ。

「ずっといましたけど……その……えええ……」

「まあ別に良いだろう。どうせもうすぐ終わるのだ」

 大将殿はあっけらかんとしていた。

 戦いが終われば私たちはニイタカ山からいなくなる。

 もう正体を隠す必要はないのか。それはそれで寂しいものがあるな。

 混乱しているチョイスマリーには「何も考えないでいいから」と言っておき、とりあえず例の難民たちの誘導をやってもらうことにした。

 外からは相変わらず銃声が聞こえてくる。

 同時に相手の指揮官らしき人物の声も聞こえてきた。

「タラコ・ソース大将、取引がしたい!」

 いきなり大将殿の本名を出してきたセルロン軍の指揮官は、自らの部下たちに銃撃を止めるよう指示した。監視カメラから外の様子を見る限りでは、ドニー伍長がどうにかして敵軍を抑え込んでくれていたようだ。感謝するしかない。

 しばらくして、セルロン軍の指揮官が陣地から1人で出てきた。両手を挙げている。

「どうしますか大将殿、撃ちますか!」

 指示を求めるドニー伍長の声。

「撃たなくていいぞ伍長。時間は稼ぎたい」

 大将殿は中央管制室から外に出た。

 特殊作戦軍はトンネルに放置されていた掘削機械を陣地代わりにしていた。ドリルや倉庫の影から兵士たちがこっそりと顔を出していたのが印象深かった。

 一応、スナイパーが配置されている可能性を探ってみる。中央管制室の全ての監視画面を地下13階のカメラ映像に切り替えて、各所からセルロン軍の様子を観察させてもらう。

 大将殿がドニー伍長の前に出た。

 黒い修道服がジープ搭載のサーチライトに照らされる。

 しかし大将殿は怯まない。

「取引の内容を聞かせてもらおうか、セルロン軍の指揮官よ!」

 敵軍の前に出て堂々としている。

「ちょっと待て。おいミリシド、あいつがソース大将なのか」

 セルロン軍の指揮官の求めに応じて、陣地の奥からミリシドが前に出てくる。

「はいそうです。あの女です」

「わかった。では改めて。ソース大将よ、こいつを見ろ!」

 相手の指揮官が指差した先にいたのはホッド軍曹だった。手錠をかけられていて、すっかり意気消沈してしまっている。

「ソース大将。取引は人間の交換だ」

「ホッド軍曹と誰かを交換してくれるのか?」

「そうだ。私はそのためにここまでやってきたのだから!」

「いったい誰を望む?」

 大将殿の問いにセルロン軍の指揮官は満面の笑みを浮かべて、次の言葉を口にした。

「私の父、カーライル・コッバをいただこうか!」

 カーライル・コッバの子供。

 コッバ。コッバ。

 ああ、あいつだ。

 ケルトレーキ・コッバ少将。特殊作戦軍のトップ。司令官。

 セルロン軍の将軍の1人。

 こんな大深度地下のゴミ箱みたいなところで見かける人物ではないはずだ。

 最前線に出てくる将官など、剣先に立つ将軍など、この世に1人としているはずがない。

「どうしたソース大将。父上を返してくれないのか」

「他に目的はあるのか、コッバ少将」

「あるといえばある。ミリシドの救出も目的の1つだ。他にもある。しかし私がここに来たのは父上のためだ。タラコ・ソース。お前が父上を離してくれなかったおかげで私の母は寂しい思いをしたのだ。帝国を復活させるなどという幻想を振りまいて、お前は40年も父上を働かせ続けた。皇帝は死んだのに、お前は死ななかった! 私はお前から父上を取り戻しに来た。たとえどんな手段を使ってでも父上を取り戻す! この命に賭けても!」

 よく見るとケルトレーキはまだ若々しい軍人だった。

 とても将軍には見えない。40歳を超えたくらいだ。

 カーライルと同じくらいの母親がいるとなると、危篤の母親から一度だけでもカーライルに会いたいとでも願われたのだろうか。妄想の範囲からは出られないが、確かに彼の気持ちはわかる。大将殿に付き従う人間たちはみんな「私」を捨てている。未婚の私はともかく他の連中はみんな既婚者で子供だっている。ところが帝国が崩壊した結果、私たちはお尋ね者になってしまった。自宅に帰ることができなくなり、追っ手から逃れるために家族との連絡を禁じられた老兵たちは、いつしか帰る場所を失っていた。

 老兵たちの血縁者が、大切な家族を大将殿に奪われたと考えるのは自然な流れだ。

 しかしわざわざ自分の手で取り戻しに来るとは無鉄砲な男だ。戦略とか戦術とか、何も考えていないのだろうか。ミリシドが彼のことをベタ褒めした記憶が嘘のようだ。

「さあ捕虜の交換だ。このホッドとかいう老人と、私の父上を交換してもらおう。さもなくばこの老人には人身御供になってもらうしかない。部下を捨てるか、ソース大将!」

 セルロン軍の深緑色の将官服がサーチライトに照らされた。

 ジープの後部座席からサーチライトを操作しているセルロン兵は、何か演出的な効果でも狙っていたのだろうか。しかしこれはミスだった。

 ライトに照らされたことでケルトレーキ少将の姿は目立ってしまった。

 そこを襲ってきた連中がいた。

 大将殿が呼び出した増援、モデジュ少尉とエード騎士団の歩兵部隊だ。

 さらにチョイスマリーの館内放送がトンネルの中を駆け巡る。

『難民は28号エレベーターを使って最上階の聖ムーンライト教会に集まってください。ドストル修道会が炊き出しを行っています。これはメージの家の者、チョイスマリー・メージからのお誘いです。みんなで美味しい豚汁を食べましょう』

 人前では緊張しがちなチョイスマリーにしては頑張った放送内容だった。

 突然の放送に注意力を奪われた特殊作戦軍の兵士たちは、モデジュ少尉の銃撃を受けて我に返った。しかしそこまでの時点ですでに3名のセルロン兵が胸を撃ち抜かれていた。

 サーチライトに照らされていたケルトレーキもまた左腕を撃たれていた。

 モデジュ少尉の狙撃手ぶりに騎士団員たちは沸き立った。彼の活躍に続こうと6人ほどの騎士団員が特殊作戦軍に銃撃を加えたが、こちらはあっという間に撃退された。

 セルロン軍とエード騎士団の銃撃戦はどんどん激しさを増していった。

「おのれソース大将、最初から交換する気などなかったのだな!」

 ケルトレーキは右腕でサーベルを抜刀、大将殿に切りかかろうとしたが、転がっていたゴミのようなものに足をとられてしまい、軽やかに転倒した。

 大将殿はポケットから拳銃を取り出した。彼の愛銃・テリカP2の銃口は言うまでもなく前方で倒れたままになっているケルトレーキに向けられる。

 ブロンドの髪をさらりと横に流し、大将殿は目の前の少将に声をかける。

「ケルトレーキ少将。カーライルは我輩の部下だ。貴様にくれてやる気はない」

「くそ……あんたの部隊には日曜日はないのか!」

「あいにく我輩たちは秘密部隊なのでな、上も下も休日返上だ」

 大将殿はケルトレーキの後頭部に向けて拳銃弾を撃ち込もうとした。すでに安全装置が外されていたテリカP2は引き金さえ引いてしまえばいつでも人を殺すことができた。

 ところがここで予想外の事態が発生した。

 それは私の身に起きた。

 何を隠そう、監視カメラをいじくり回しながら、中央管制室から外の様子をうかがっていたら、突然部屋の中に乱入してきたセルロン兵に取り押さえられてしまったのだ。

 セルロン兵は黒い戦闘服を着ていた。そして肩からヒモで短機関銃をぶらさげていた。

「ミリシド・フルトラップ……」

「すまねえな、修道女さん。上官が危ないんだ。しばらく我慢してくれ」

 ホールドアップ。短機関銃の筒先を突きつけられた私は両手を上げた。

 ミリシドに言われるがままに立ちあがり、中央管制室から外に出る。

 気づけば銃撃戦の主戦場はメイントンネルのエレベーター付近まで移っていた。特殊作戦軍がそういう動きをしているのか、単に戦いの中でそうなっていったのかはわからない。少なくとも管制室の周りに両軍の一般兵は立っていなかった。

 ケルトレーキに拳銃を向ける大将殿に、ミリシドが声をかける。

「ハーフィ・ベリチッカ司教殿、こちらにいるのはあなたの秘書ではありませんか?」

 こちらを向いた大将殿の顔に焦りの色が浮かんだ。

 申し訳ありません。捕まってしまいました。

 大将殿は何も言わずに拳銃をポケットの中に入れた。安全を確信したケルトレーキが左肩を押さえながらゆっくりと立ち上がる。サーベルは地面に置いたままだ。

「すまない、ミリシド。情けないところを見せてしまった」

「この場所にいらっしゃること自体が勇ましいですよ」

「そう言ってくれると助かる。さて、どうするかだな」

 ケルトレーキは落ちていたサーベルを拾い上げた。

 あれで大将殿を刺し殺すつもりなのだろか。その時はどうする。大将殿の盾となり彼の命を守るべきか。それとは違うものを守るべきか。

「……タラコ・ソース大将。私はお前から父上を取り戻すためにここに来た。しかしそれだけではない。それだけなら部下を派遣するだけでも良かった。大将、私がわざわざ前線に足を運んだ理由がお前にわかるか。セルロン政府軍の現役少将がここにいる理由、考えてみろ」

 ケルトレーキのサーベルが大将殿に向けられる。剣先の鋭さは日本刀を思わせるものだ。もしかすると中部東域の日系人地域で造られたものかもしれない。

 大将殿は考えている素振りを見せた。明らかな長考だったのでおそらくはモデジュ少尉たちが戻ってくるまでの時間を稼ぐつもりだったのだろう。ミリシドが短機関銃の銃口を私の頭にくっつけると、大将殿は慌てたように口を開いた。

「わかった。貴様は我輩たちの計画を止めようとしているのだ。自軍の将軍が地下にいるとなればセルロン宇宙軍もヴィンセント系のミサイルは使えまい。あれはメタルジェットで貫通するからな。味方の将軍を見殺しにできるほどセルロン軍は狂気に落ちていないはずだ」

 大将殿の回答にケルトレーキは口元をゆるめた。

 抜刀していたサーベルを鞘に戻し、血のにじむ左肩を痛そうに押さえる。

「さすがは旧帝国軍の大将。ご名答だ。そうすることで大要塞の地下にいる私の父上を攻撃から守るという意味もある。さらには地上にも我が部隊を配備しているから、参謀本部が戦略ミサイル師団を使うこともないだろう。これで我らセルロン軍がミサイル攻撃を行う可能性はなくなったわけだ。後世に汚名を残さずに済む」

 地上と地下に配備されたセルロン軍の特殊作戦軍。まさか地上にも潜んでいるとは思わなかったが、ケルトレーキの口ぶりから察するに、ただそこにいるだけの部隊なのだろう。

 ニイタカ山をセルロン軍のミサイル攻撃から守るための部隊を特殊作戦軍が派遣している意味はよくわからない。だがセルロン軍のミサイルを利用した計画である復讐計画にとっては大きな痛手だ。早急に騎士団部隊を派遣して特殊作戦軍を狩りとるべきだろう。

 ケルトレーキは笑っていた。勝者の余裕だろうか。

「くふふ。ふふ。しかし仮にも帝国軍の大将ならば、手下の不始末ぐらいはどうにかしてもらいたいな。それが元で私たちがどれだけ苦労してきたか……全くやってられない」

 遠くから銃撃の音が聞こえてくる。

 薬莢の落ちる音がトンネルの中を響いている。

 銃弾をばら撒きながら走りまわるジープは、豪快なエンジンを積んでいる。

 倉庫群を越えた先で命の取り合いが行われている。

「我輩の部下に不始末をするような者はいないはずだが、どういうことだ」

 大将殿の質問にケルトレーキは真顔で答える。

「ミリシドの言う、老兵たちのことではないんだ。ソース大将、お前の中ではかつての部下にあたる連中なのかもしれない」

「我輩のかつての部下……とてもじゃないが数えきれないぞ」

「そのうちのほとんどは死んでいるはずだ。だが生きている奴もいるだろう。主にあんたの老兵たち、そこの修道女、あとは人生から引退した連中と、セルロン軍のクソ老害どもだ!」

 ケルトレーキは喉を狩らすほどに声を荒げた。

 セルロン軍の将校。どういう意味だろう。

 ケルトレーキはしばらくゲホゲホと咳をした後、ポケットから取り出したノートのようなものを大将殿に手渡した。彼がずっと傷口を触っていたからかノートの表紙にはいくらか血がついていた。

 大将殿は血を嫌がることなく渡されたノートを開いた。

「これは……何かしらの会合の名簿か」

「正確には名簿を手書きで写したものだ。メンバーを良くみてみろ、大将」

「メンバー……モーリード参謀総長、イトーチカ参謀次長、モボス国防省第2課長、トラギン第5戦隊司令……セルロン軍の上層部の連中ばかりだな」

「そいつらはみんなお前の手下だった者たちだ。そしてお前が成し遂げられなかった野望を再び蘇らせようとしている連中だ」

 ケルトレーキの言葉に大将殿の表情が険しくなる。

「我輩の野望を蘇らせるだと?」

「自分で忘れたのか、ソース大将。お前はかつて帝国の復活を目指していたはずだ」

 大将殿の目が大きく見開かれた。

 かつて夢見た帝国の復活。

 一度は復活した帝国。

 シーマ皇帝の死によって挫折した新しい帝国。

 そして現在。大将殿が目指しているのは復讐作戦の成就であり帝国の復活ではない。

 しかし、大将殿の知らないところで密かに帝国の復活を願っている者たちがいた。

「会合の名前はアリスタ・アシダ。メンバーはご覧の通りセルロン軍の上層部。政府軍の脳味噌であるところの参謀本部から、宇宙軍の幹部まで勢ぞろいだ」

「いつからこんなことになった、ケルトレーキ少将」

「ずいぶん前、そうだな。反帝国派の連中がハンクマン革命軍を立ち上げたくらいか。あれからセルロン軍は帝国派の独壇場になった。41歳で少将に昇進した私は、47になっても少将のままだ。昇進するのは帝国派の息がかかった連中ばかり」

 ケルトレーキは軍服の右肩に通された、ショルダーループ式の階級章を指差した。階級章には星が2つ付いていた。間違いなく少将だ。

 大将殿はノートを眺めながら茫然としていた。

 私には大将殿が感じていることがよくわかった。長い間、ずっと秘書として使えてきた私だからこその特権だ。

 黒頭巾の下で、ブロンドの髪の下にある思考器官で、大将殿は必死に現実を受け止めようとしている。たとえ涙がこぼれようとも気にすることなく頭の中の世界に逃げている。いや頭の中で戦っているのか。

「どうしてここに、我輩の名前はないんだ……」

 大将殿は決して喜んでいなかった。

 地面に膝を落とし、たらたらと涙と鼻水を流す姿は、悲しみに満ちていた。

 そんな大将殿の肩を叩く人間がいた。

 私だ。

「大将殿……」

「どうしてだナルナ中尉。我輩は根気よくメッセージを発し続けたぞ。月面からセルロン軍の内部分子にセルロン打倒のために協力しろと。反乱を起こせと言い続けたぞ」

「良いんです、良いんです大将殿」

「挙句、もはやどうにもならないから復讐計画を実行することにした。帝国の名前をより深く歴史に刻んでやろうと考えた。ただそれだけの話だ。元よりわたしにドストルへの恨みなどあるはずもない。故郷を奪われた連中が我々を恨んでいたところで、そんなのは太古の昔から日常……茶飯事だったじゃないか。ただ……その…………我輩は……」

「もう何も言わなくて良いんです、大将殿」

 わかっておりました。

 いや、ほんの少し前にようやく気づくことができました。

 過去を並べているうちにわかってしまいました。

 大将殿が貪欲に帝国にしがみついた理由。

 あなたは帝国軍の組織が、人間関係が、帝国軍が大好きだったんですね。

 あなたの人生には帝国軍しかなかったのですね。帝国軍が消えてしまえば、後に残る物は何もないのだと恐れていたのですね。

 だから、一生懸命に帝国を取り戻そうとして、復活させようとして、私と老兵たちをずっと手元に置いていたのですね。

 老兵たちを失いたくなかったからこそ、自分の立場を失いたくなかったからこそ、老兵たちが求めていた計画を止められなかったのですね。

 人と繋がる術を組織と階級にしか求められなかったのですね。

 それらを知ったからこそ、私は彼に言いたいことがある。そして提案したいことがある。

 だがその件についてはこんな時に言うことではないから、先送りする。

 今はまず、この大要塞から抜け出さなくてはならない。

 私は近くにいた老兵の1人、ホッド軍曹に――敵兵に捕まってしまい、手錠をかけられて地面に押しつけられていた彼に――密かに立ち上がり、ケルトレーキに体当たりするよう、目線で命令を送った。俗に言う目配せという奴だ。

 ホッド軍曹は意味深にうなづくと、足だけで立ちあがり、助走をつけて果敢に突撃した。

「うおっ、何だ」

 思わぬ伏兵の突進にケルトレーキはされるがまま、衝突の勢いそのままに吹き飛び、メイントンネルの壁面に思いっきり頭をぶつけた。

 第一打は成功した。

「こいつ、捕虜が暴れたらどうなるか、教えてやろうじゃないか!」

 ミリシドがホッド軍曹に向けて短機関銃を構えたところで、ポケットの中に隠していた手榴弾を投げ込んでやる。

 足元に転がってきた手榴弾にミリシドは飛び上がった。

「お、おい修道女さん、あんた何を考えてんだ!」

「大丈夫ですよミリシドさん。それは発煙筒ですから」

「どう見ても旧帝国軍のオレンジボムだろ! くそっ!」

 ミリシドが手榴弾の扱いに困っている間に、ホッド軍曹の手錠を切ってやる。ボタキで鎖の部分を撃ち抜いてやろうと思ったのに、何故かすごく嫌がられたので仕方なく大将殿のポケットからテリカを取り出して、それで鎖を破壊した。

 両腕が自由になったホッドは、そのままテリカを持ってモデジュ少尉のところに行ってしまった。おそらく自分を捕まえた特殊作戦軍の兵士たちに色々と復讐がしたいのだろう。

 背後から強烈な爆発音が聞こえた。聞きなれた音だ。ミリシドは大丈夫だろうか。

 何はともあれ、後は逃げるだけだ。

 私は大将殿の手を引いて一目散に駆けだした。


 大要塞の地下14階。地下訓練場。

 私たちは中央管制室から非常階段を使って、下へ下へと進んでいた。

 かつて新兵の養成訓練が行われた広大な敷地には、出入口が2つしか存在しない。現在はどちらの入り口も開放されているが、逃亡者を逃がさないための仕掛けは健在だ。すなわちエレベーターが片方にしかない。

 罠であるほうの出入口から逃げ出すと、上の階には中央管制室が存在し、やってきたネズミを老兵たちがぱくりと捕まえてしまう仕組みだった。私たちは中央管制室から下に降りてきたので、エレベーターに乗り込むためには地下訓練場を突っ切ってもう1つの出入口に向かう必要があった。

 大将殿の手を引いて兵舎の間を走り抜ける。

 モデジュ少尉、ホッド軍曹、ドニー伍長は未だに上の階で戦闘中だが、おそらく彼ら以外の老兵たちはみんな地下ドックに集まっているだろう。彼らのうちの誰かに連れられたシャルシンドも私たちの到着を待っているはずだ。

 運動場を踏み越えて、ようやくもう1つの出入口が見えてきた。

「中尉、何故気づけなかったのだろうな……」

 今まで何も言わずについてきていた大将殿がポツリと呟いた。

「思えば怪しいことはたくさんあった。上手くいきすぎていた」

 彼は私の手を離して、その場に立ち止まってしまった。

「気づけなかったのは我輩が自分を過信していたからか……?」

「大将殿、今はとにかく逃げましょう」

「逃げてどうするんだ、中尉」

 この人は何を言っているんだ。

 こんな時に自暴自棄になるだなんて「大将殿」らしくもない。もちろん人間にらしさを求めることが良いことだとは思わないが、それにその、私の考えが正しければ、それはそれで色々と難しいとは思うのだが、とにかく今は逃げていただきたい。

 私は勇気を出して意見を言う。

「大将殿。下の階でお子さんがお待ちです。それにフェンス曹長たちも」

「ナルナ中尉、我輩はようやくわかったぞ」

「いったい何がですか」

「もしかすると全てはこいつら、このノートに書かれている連中が願っている通りに進んでいるんじゃないか。アリスタ・アシダだか知らないが、ケルトレーキ少将の言葉を借りれば、セルロン軍の帝国派と呼ばれる連中はセルロンの打倒を目指しているそうじゃないか」

「大将殿、特殊部隊の親玉の言葉は信用できませんよ。それよりも追手が来ないうちに早く地下に行きましょう。ハッチが開きっぱなしだと敵に潜入される恐れが……」

 私は大将殿の手をつかもうとした。

 しかしそれは振り払われた。

「中尉、我輩の話を聞け!」

「今はそんなことをしている場合ではありません、ほら、後ろから!」

 私たちが来た道をひた走るジープが3台。

 特殊作戦軍の追撃部隊のようだ。ジープが3台に増えている理由はわからない。

 いや、おかしい。私たちは非常階段を降りてきた。軍用自動車があんな狭いところを進めるはずがない。じゃあいったいどうやってこの階に来たんだ。どうなっている。

「だったら端的に話を済ませてやる。我輩は自分がアリスタ・アシダの操り人形だったのではないかと考えている。老兵たちの中に裏切り者がいて、そいつが内側から我輩たちの進む方向を思い通りに修正していたのだ」

 大将殿の目は本気だ。この人は本気でそう言っている。

「そんなはずありません。老兵たちの中に裏切り者なんて!」

「1人だけいるだろう、セルロン軍と関わりを持っている人間が、1人だけ」

「まさかカーライル上等兵のことを言っているのですか、大将殿」

 大将殿は黙ってうなづいた。

 そんなはずはない。カーライルは確かにケルトレーキの父親だが、当のケルトレーキは帝国派の軍人ではない。息子から帝国派に与するよう頼まれたならともかく、帝国派に属していないケルトレーキがそんなことを頼むはずもない。

 待てよ。頼んだのではなく脅されたとしたら。

 アリスタ・アシダから「息子を殺す」と脅されていたとしたら。

 相手はセルロン軍の参謀総長を含む集団だ。軍部の最上層だ。演習中にケルトレーキを殺すことぐらい造作もないはずだ。

「しかしそれは可能性の一端であるはずです。それにそんなことを言ってしまえば、セルロンに家族を残してきた他の老兵たちだって、裏切りの可能性があります!」

「そうとも、だからこそ、それを確かめに行こうじゃないか!」

 大将殿は私の両肩をガシリとつかんだ。

 目尻に涙を浮かべて、両手に強い力を込める彼の姿が、私には昔の老人だった頃の大将殿と重なって見えた。今となっては恋しいほど懐かしく思えるタラコ・ソースの立ち姿。

 そんな馬鹿な。

「こうなったらトラギンと白黒付けるしかあるまい。あの者がまだ空にいると言うのなら、空まで会いに行けばいい話だ。インペリアルに乗って、な」

「えっと、インペリアルだけでトラギンの巡洋艦に近づけますかね」

「簡単じゃないか。トラギンに降伏すればいい」

 大将殿はまたも突拍子のないことを言い出した。

 降伏とは相手の捕虜になることを意味する。確かにトラギンには会えるかもしれない。

「いや、でも確実に大将殿は戦争犯罪人として処刑されますよ!」

「ナルナ中尉、我々は亡霊なのだぞ。すでに死んでいる。人間は2度も死なない。我輩は知りたいのだ。どうしてこうなってしまったのか、知りたいのだ」

 大将殿は私の双肩から手を離し、後方を眺めた。

 ぶるぶると砂ぼこりを立ててジープが近づいてくる。

 このままではまずい。車載の機関銃で撃ち殺されてしまう。

 大将殿はポケットから無線機を取り出して、マイクを口元に近づけた。

「こちら地下14階、タラコだ。暇なら助けに来い、武器は対物系を推奨する」

『こちら地下ドックのフェンス曹長、了解です。相手はどれくらいですか』

「ジープ3台だ。1台は生け捕りにしろ」

『了解、オーバー』

 フェンスがそう言い終わる前に私たちは駆けだしていた。

 エレベーターホールはすぐそこだ。出入口を抜けた先にある。

 あともう少しだ。

「中尉、伏せろ!」

 大将殿の合図で私たちは地面に突っ伏した。

 右腕を少しすりむいてしまったが、それはいい。

 エレベーターホールから現れたフェンス曹長たちは対物ライフルを持っていた。遠距離からエンジンを撃ち抜かれた特殊作戦軍のジープは真っ二つになり、運転手や機銃手と一緒に爆発的に燃え上がった。

 3台のジープのうち、2台はそうやって破壊されたが、残りの1台は無傷のままこちらに近づいてきた。

 フェンス曹長はそこで対物ライフルから狙撃銃に持ち替えた。

 彼が狙ったのはもちろんジープの運転手だ。レンチ軍曹と協力してジープに乗っていたセルロン兵をみんな撃ち殺してしまった。味方ながら恐ろしい連中だ。

 華々しく突撃してきたセルロン軍だったが、後に残ったのは無傷のジープだけだった。

「大丈夫でしたか、大将殿」

「さすがはフェンスだ。相変わらず良い腕をしている」

「ジープ1台は生け捕りにしましたが、何に使うんです?」

「それを使ってモデジュ少尉たちを迎えに行ってくれないか。この階層の非常階段の所で待っていてくれたらいい。とにかく全員が生きてインペリアルまで帰ってこい」

「了解……おいレンチ、お前が運転しろよ!」

 命令を受けた2人はさっそくジープに乗り込んだ。

 持ってきていた銃器を積んで、アクセルをふかして、だんだんと遠ざかっていく。

 彼らが見えなくなったところで大将殿はくすりと笑った。

「ふふふ……」

「どうかいたしましたか、大将殿」

「いや、気持ちが良い連中だと思ってな」

「彼らを裏切り者だと大将殿は仰ったのですよ」

「まだわからないさ。だが、そうでないことを祈っている」

「そういえば下にいるのはカーライルだけですね」

「奴がどう動こうが、無意味だ。我輩を捕らえたところで、その結果トラギンの所に移送されるのなら好都合。殺されてしまったら、シャルシンドのことは頼んだ」

「カーライルだって裏切ったと決まったわけではありませんよ」

 私たちは修道服についた泥を落としながらエレベーターホールまで歩いていった。

 地下14階には訓練場があるだけで、後は延々と東西に細長いエレベーターホールが続いているのみだ。罠であるほうの出入口の方向にもホールだけはあるのだが、あちらはわざと通路を繋いでいない。

 目的のエレベーターが見つかるまでホールを歩き続ける。

「ニイタカ大要塞、東西20キロはちょっと大きすぎたかもしれんな」

「そうですね……」

「ナルナ中尉、復讐計画はどうすべきなのだろうな……」

 これについては今、答えるべき事案ではない。

 そもそも大将殿に対してそれを言うような権利を、私は持っていない。

 私はあくまで一介の中尉なのだ。それが大将殿との約束だったはずだ。

 エレベーターホールに穏やかな空気が流れる。

 私の右手に大将殿の左手が伸びる。

 大将殿は半笑いで頬を掻いている。

 やがて目的のエレベーターが見えてきた。

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