早朝/彼女は想われる
「……んあ。もう朝、かぁああ……」
「…………」
「……おーい、起きろー。いつのまにかぼくの腕を枕にしてるお嬢さーん、起きてよー……ちょっとー?」
「……くぅ……くぅ……」
「まだ寝てるのか……困ったなぁ、これじゃ起きられないや……まあいいか。今日は日曜だし」
「……くぅ……」
「……はぁ。かわいい寝顔しちゃってさ。これが毎日、暇さえあれば死にたいなんて言ってる人の顔なのかね……。安らかすぎて、あまりに信じがたいというか」
「…………」
「……綺麗な顔。すごく綺麗……僕なんかとは比べものにならないくらい、綺麗な顔だ」
「…………」
「……ねぇ。きみはたぶん知らないだろうけど……ぼくはきみに、ずっとずっと憧れてたんだよ。昔からずっと、きみのことをすごい人だって思って……だからきみを追いかけてきたんだ。きみと一緒にいられれば、きっと何よりも幸せなんだろうなって……ぼくときみが知り合いになってまだ一年も経ってないけど、それよりももっと昔から、ぼくはきみのことを見続けてきたんだよ。……変だよね、ほんとに。こんなやつ、気持ち悪いよね……だけどぼくは、きみへの憧れを捨てられなかった。きみがあまりにかっこよくて、凛々しくて、そんなきみを見てるとどんどん想いが募っていって。もしかしたら、妬ましさとか、羨ましさとか、そういうものもあったかもしれない。でもそれ以上に、単純にきみを見ていたい。きみの綺麗な姿をいつまでも見ていたい。ぼくがあの日、苦しんでたきみを助けたのは、ただそれだけの理由なんだよ」
「…………」
「きみはぼくを憎んでると言ったね。それを聞いて、ぼくは正直悔しかった。誰よりも綺麗なきみが、自分の素晴らしさを知らないなんて、もったいなさすぎると思った。たしかにきみからすればそれが普通なんだろう……でも少なくとも、ぼくにとっては違う。きみの細い体も、必死にうごめいてる心も……他の誰も持ってない、純粋で、素朴で、これ以上ないくらい、美しいものだって思えるんだ」
「…………」
「……はは。結局さ、ぼくはぼくのためにきみを助けたんだ。きみに生きてほしい、そんな身勝手な願いを叶えるためだけに。前にさ、きみはぼくのことなんて何一つ考えてない、なんて言ったけど……それはたぶん、ぼくも一緒なんだろうね。ぼくだって、死にたくて死にたくてたまらない、そんな苦しみを背負ってるきみの心のことなんて、今まで全然考えてみたことがなかった。だからさ、ぼくら、似たものどうしなんだよ。目指してる場所がまったく逆なだけで、本質は同じ。ぼくはぼくのために、きみに生きてほしいし、きみはきみのために、きみに死んでほしい。二人とも、自分勝手なんだ。そういうことなんだ、きっと……」
「…………」
「……ひとつ、聞いてもいいかな。答えてくれなくていいんだ。もしも、もしもだよ……ぼくら二人の望んでることを、同時に叶えてくれる、そんな人、そんな物が、この世のどこかにあるんだとしたら……その時きみは、ぼくの目の前で、一生懸命に生きて、そして……」
「一生懸命に死ぬ」
「うひゃあっ!? えっうわっちょっと起きてたの!? いつから!?」
「聞いてもいいかな、のあたりから」
「あ、ついさっき起きたばっかりなのね……おはよう……」
「おはよう。ところで君は何をそんなにあわてているんだ? 私に聞かれると恥ずかしい身の上話でも垂れ流してたのか?」
「うんまぁ、そんなとこ……かな……」
「そうか……ふぁ、はぁあああ……聞けにゃくてじゃんにぇんだ」
「聞かれなくて幸運だ……」
「それじゃ、私は二度寝するから」
「寝るのかよ」
「昼ごはんはよろしく頼んだぞ……おやすみ……」
「……相変わらず寝るの早いなー。…………あ、やば。まだ腕枕したまんまじゃん……」
「……すぴー……」