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極めて楽観的に、彼女は死を考える。  作者: 暇 隣人
夏の深まる土曜日
7/33

昼/凍死






「……まつげが凍ってきた」


「あるある」


「見ろこれを、まつげが凍っているぞ! まつげって凍るものなんだな! これはびっくりだ! 人体の神秘だな!」


「そうだね」


「……ってなんか適当な相槌を打っているなと思ったらこっちを見てすらいないじゃないか! 一体なぜだ!? 普段は優しい性格のはずの君がどうしてそんな態度をとる!?」


「いやだって今カレー作ってて目離す隙がないし、そもそもなんで冷凍庫に頭突っ込んで凍死しよう計画とかいう小学生みたいな発想を実行してるその一部始終をぼくが確認してないといけないんだよ」


「君がそんなに冷たい人間だとは思わなかった!」


「顔の表面温度的には君の方が圧倒的に冷たいよね? ていうか早く閉めてよ、足元が寒くなってきたんだけど」


「いやぁそれにしても、冷凍庫とはいいものだな! どうして今までこの良さに気がつかなかったのだろうか……」


「無視かい」


「これであとはサイズさえ大きくなってくれれば、立派な私の棺桶として活躍しただろうに……ん、このアイデアはなかなかいいんじゃないか!? 冷凍棺桶! 冷凍だから死んでも肉が腐りにくい! おおお……なんなんだこの素晴らしい商品は……!! そうと決まれば早速特許申請の準備をしよう! それとあとは……」


「なんでいつになくテンション高いの」


「さあ、わからん! これがクライマーズ・ハイというやつかも知れんな」


「そのクライムってのは登山の方であって犯罪の方のクライムじゃない……」


「まあそんなことはどうでもいい。それよりさっそく次の実験のテーマを思いついた。すぐに準備をしよう! ちょっとロックアイスを買ってくる! 食卓にカレーを並べて待っていてくれたまえ!」


「……そのアクティブさをどうして他の方向に使えないのかなぁ……」






「柄にもなく興奮してきた」


「いや柄にはあってると思う」


「さて、それでは実験を始めるぞ。今回の実験のテーマは凍死だ。洗面器の中に氷水を満たし、その中に片手を突っ込んで擬似凍死をしてみようというわけだな。実は元々、浴槽を使って同じシチュエーションを作り、より本物の全身凍死に近い実験をしようかと考えていたんだが、市販のロックアイス程度では量的問題で実現が困難であると発覚したのでこういう形となった」


「元々全身でやる気だったってところがもうすでにわかんない……」


「まあそれに、風呂場シーンは前々回ですでにやってるしな」


「ごめん何言ってんの?」


「さあやるぞ! 君は私の腕を押さえておいてくれ。この実験は他人に自己の限界を託さねば難しい所業だからな」


「そんな大層な役目をぼくに託さないでほしいんですけど」


「いいからほら、始めるぞ? せーの……んっ! んん、んふ、んはぁあぁ……はぁ、こ、これは……なんてっ、気持ちいいんだ……ふぁあ……!」


「氷水に手突っ込んでるだけでなんでそんな声が色っぽくなるのさ……」


「侮るな! これは実にいいぞ、いわゆるリラクゼーション的な効果が多いに期待できる」


「それ実験の目標を間違えてるよね?」


「心配するな、もうそろそろ……ん、来たな。じわじわと痺れてきた。ほら、腕を押さえて! ……よしよし。これで私はこれから好きなだけ冷たさに悶えられるな」


「Mか。発想がドMか」


「ふふん、何とでも言うがい――あひゃっ!?」


「え、ちょっとなに!? どうしたの!?」


「あ、くぅう……ぴ、ぴりぴりしてきた……冷たさが骨に、しみるぅ……」


「……なんか新世界開拓してない?」


「きっ、気のせい、ふふ、だ……あっ、あはっ、ふひゅ、な、なんか、なんかすごい一気にしびれてきたぁひゃあっ!? あ、や、やはははっ! だっ、だめ、これだめふひひひはは」


「ねえもう腕離していいこれ!? 絶対やばいでしょ!? ねえ!?」


「ひゃっ、だ、だめだ、ふひひ……まだ、ま、だ、これからっ、いぁっふぁ、くぅーぅふふふぅふふふふうぅー……! あっ、あっ、だめ、あぁっ、んん……んあぁう……はぁ、はぁー……。ち、ちょっと落ち着いた……」


「痺れをものにしたよこの人……」


「いやいや……さて、まだこれからだぞ……ここからどんどん痛みが増してきて――あっ、くぅ……まずい、これは……」


「離せって言われたら離すからね!? ちゃんと言ってよ!?」


「わかっ――たぁっ!? あぁあああうあああぁ……!? い、いたっ、痛い、ぐうう……!!」


「さっきから叫んでばっかりだな……」


「あっ、あああッ! あああぁぁああ痛い痛い痛いぃい……!! あっ、い、いた、ち、ちぎれ、ちぎれる、て、てが」


「だいぶもう無理っぽいよね!? 離すよ!?」


「ま、まだだめ、まだ、うぅううううう……あっ、あぁ、ああぁぁああああッ!! いたい、いたい!! いたいいいいいい……うっ、うあ、あぁああああ――」


「わっ、ちょっと、そんなに暴れたら、水――」


「うあぁあああああああぁぁあああああああああああ!!!」


「ぷっふぁっ!?」


「はぁっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ…………た、たすかった……まだ、くっついてる……」


「…………」


「……えっと……なんだ、その……すまなかった、腕が勝手に」


「いや……いいよ別に……氷水ぶっかけられるくらいで済んだし……」


「そ、そうか……あっ、ちょっ、君、今すごいぞ! 私の手がものすごい勢いで熱くなってきている! これはもしや生への渇望か!?」


「血液の循環だよ起きろ」


「いやはや……凍死は力不足などと言っていたのは誤りだった。まさかこれほどまでに強力だとはな。願わくば雪山で死ぬことだけは避けたいものだ」


「いや、たぶん雪山で死ぬときはさっきほど急激に冷えるわけじゃないから……じわじわやられるやつだから」


「ともかく実験は成功だな。君、そのままだと寒いだろう? 早いところ風呂に入るといい」


「誰のせいでこうなったと思ってんだ! はぁ、まあいいや。そうさせてもらうよまったく……」


「償いついでに私も一緒に入ってやろう」


「入らんでいい」


「そうか? まあ風呂場シーンは前々回でやってるしな」


「ごめん何言ってんの?」

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