刺死
「……何してんの」
「そういう君は?」
「週刊少年、買ってきた」
「お、そういえば今日は週刊少年の発売日だったな。すっかり忘れていた……読み終わったら後で貸してくれ」
「いいよ。で、きみはさっきから何してんの?」
「ほら、よくあるだろう。寝ぼけながら本を読んでいたら、本が顔に落ちてきて痛い、という話」
「あー……あるね」
「私は今とても眠い。そこでこんな死に方を考案した。胸の真上で包丁を持って、刃先を体の方に向ける。これにより寝ぼけて手の力を抜いてしまった瞬間、心臓に包丁が突き刺さり死ぬことができる、というわけだ」
「…………」
「どうだ、この完璧な計画?」
「いつも以上に変なこと考えてるね……」
「そうだ。私はいつも変だ。あるいは私以外が変なんだぞ。知らなかったのか?」
「ドヤ顔してるところ悪いけど……たぶん失敗するよ、それ」
「……なに? どういうことだ?」
「包丁の位置。それじゃあ胸の上じゃなくて胃の上だ」
「井上?」
「胃、の上! ベタなボケかますなよ!」
「む、そうか。寝転んだままだと遠近感が取りづらいからな……よし、これでどうだ?」
「うーん、それならまあ大丈夫なんじゃない……いや、待てよ。それでもダメかも」
「なにぃ? どういうことだ」
「ほら、よく言うじゃん。『心臓は左にある』って話。今は包丁がちょうど胸の真ん中のとこにあるから、上手く行けば心臓には当たらずに済むかもしれないよ」
「なんだと……あれは都市伝説だとばかり思っていたが……。うむ、しかし修正はさほど難しくはないな。包丁の位置を左胸上に持っていってやればいいだけだ。これでようやく準備が」
「いや、それでもまだ無理だね」
「むむ? どうしてだ」
「きみってさ、女性の胸にどれだけの弾力性があるのか、よくわかってないだろ」
「……? いや、それは……女なりにわかっているつもりだが」
「甘いね。いい? 女性の胸っていうのは、並外れた強度と弾力性を兼ね揃えた非常に素晴らしい素材なんだ! よく考えてみてよ、世の男性はみんな、理由もわからず女性の胸に惹かれちゃうでしょ? あれはどうしてだと思う?」
「どうしてって……単純に性衝動の問題では」
「違う。男の人はね、女性の胸……ああもう回りくどいからおっぱいでいいや、おっぱいの持つ力強さ、抱擁感、弾力性……そういうものを無意識のうちに悟っているんだ! そこにある愛情や温もりや母性、あらゆる要素を本能的に察知しているんだよ! ただ柔らかいだけならシリコン製の偽乳で十分! だけどそれじゃダメなんだ! 本物のおっぱいには偽乳にはない強さがある! そこに男性はどうしようもなく惹かれてしまうんだよ!! わかる!?」
「な、なるほど……そうか、だから映画に出てくる女スパイはどれも巨乳で絶妙なプロポーションをしているわけだな!? スパイにしては明らかに無防備すぎるだろう隠密行動を舐めてるのかと怒りすら覚えていたが、これでようやく辻褄が合う……! あの巨大なおっぱいさえあれば、はじめから武装する必要などなかったということかぁ!!」
「そう!! そういうことなんだよ! だからね、たかが包丁の刃ごときでおっぱいを貫けるわけがないんだ! おっぱいを敵に回してしまった時点で、きみの計画はすでに破綻してしまっていたんだぁっ!!」
「ぐほぁあっ!! ……ふふ、ふふふ……参った。今回は完全に私の負けだな……」
「そうと決まればほら、そんなバカなことやめて週刊少年読みなさい」
「先に読まなくていいのか?」
「うん」
「そうか……ありがとう! 大切に読ませてもらう! ……ん、すまない。その前に君」
「なにー?」
「んと、そろそろ本格的に眠くなってきたから、よければ毛布を――あっ」
「ちょ危なっ――!!」
「うっ!! ……う、う……?」
「はぁ、はぁ……! あっぶねー……持っててよかった週刊少年……!」
「し、週刊少年が……私を助けてくれたのか?」
「そういうことだね……あーびっくりした、いきなり包丁落とすんだから……」
「あ、ああ……私もびっくりした」
「死にたがりのきみがびっくりしててどうすんのさ……」
「……そうか。それもそうだな。ふふ、はははは」
「……なにがおかしいの?」
「だ、だって、君が、ふふ、あまりに、必死な顔を、ふふっ、してるから……」
「……! そっ、そんなの、しょうがないだろ! まったく、きみっていつもいつもこういうことするんだから……ぼくの気持ちも少しは考えてくれよ、頼むからさ」
「ふふ、ああ、わかった。これからは気をつけよう……って、んん?」
「どうしたの?」
「いや……君、さっき、私の計画は破綻してるとかなんとか言っていたが……それならどうして助けたんだ? わざわざ助けなくても、私は死なないはずだったんじゃ……」
「…………」
「……もしかして君、私に嘘を」
「……やだなぁ、まったく。そんな簡単なこともわかんないの?」
「何がだ?」
「たしかにぼくは、おっぱいがあれば包丁を防げるとは言ったけどね」
「うむ」
「きみの貧相な胸にそんなことができるわけないだろ」
「てい」
「うわ包丁あっぶな」