その1、結婚式
「どうだ、似合うか?」
「うーん。眼福、って感じ」
「そうかそうか。それならしっかり記憶に焼き付けておくんだな。私のウェディングドレス姿などめったに見られるものじゃない」
「だよねー。ぼくの方もなかなかしない服装だから、今のうちに見てていいよ」
「ああ……しかしよくもまあ、スーツがそこまで似合うものだな……」
「……老けてるって言われてるみたいであんまり嬉しくない」
「貫禄があると言えば聞こえはいい」
「物は言いようってやつだね……」
「それにしても、この花の飾りはよくできているな。見たところ作り物のようだが、とても精巧な見た目だ。香りもそれとなく付いているし」
「何の花がモデルなのかな?」
「さあな。鮮やかな橙色をしている……美しい。綺麗な花だ」
「そうだね……」
「……君の方が綺麗だよ、とか言ってくれたりは?」
「はいはい君の方が他の何物よりも遥かに綺麗だよあー綺麗ちょー綺麗」
「てい」
「あっぶなまだブーケを投げるタイミングじゃない」
「綺麗だと思うなら素直にそう言えばいいのだ。思わないなら別に言わなくてもいいが」
「……綺麗です、とっても」
「そうか。ありがとう」
「きみ、にやにやしてるよ」
「悪いか?」
「別に」
「ふふふ。さ、会場に向かおう。ちょっと緊張するが、所詮は練習だ。気楽にいこう」
「まあね。本番はきっと来ないけど」
「そうだな。それくらいの方がちょうどいい。私には、それくらいで十分だから」
「……よし。さー新婦さん。お手を拝借」
「頼もしいエスコートを期待するぞ、新郎よ」
「はいはい。善処しまーす」
「誓いのキス」
「…………」
「誓いのキス」
「…………」
「ち、か、い、の、」
「いや聞こえてるから! 聞こえてるけど聞きたくないだけだから!」
「なぜ聞きたくないんだ」
「だってさ……誓いの、キ、キスって、さっきやったばっかりじゃん」
「そうだが?」
「それで、何? きみさ、さっきからいかにも『またキスしてくれ』みたいな顔してさ、いったいぼくに何を求めてるの?」
「別に私はキスしてほしいなどとは言っていないが?」
「言ってないけどそういう顔してたじゃないか」
「そういう顔とはどんな顔だ。やってみろ」
「やっ……!? ……ん、んー……こ、こんな顔?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんか言えや」
「んー? そうだなぁ。とてもかわいい顔をしていたぞ」
「そりゃどーも……はぁ。まあとにかく、キスはもうしないからね」
「二人だけなんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。それともなにか? 君は誰かに見られていないとキスすることができない性質なのか? そういえばさきほども神父に見られていたな。ああいう状況じゃないとキスができないということか。難儀な性癖だなぁ」
「んなわけあるか! だいたい昔は二人きりの時にしたじゃないか!」
「ああ、そういえばそうだな。よーく覚えているぞー、君がいきなり私にキスをしてきて……いや、キスなんて生ぬるいものじゃなかったな。べろちゅーとかいうやつだな。そんでもって私の肩をつかんで僕は君が大好きだとかなんとか」
「わーわーわー聞きたくなーいー聞きたくなーいー!!」
「まぁいいじゃないか。若いというのはえてしてそういうものだ」
「まだあの時から一年くらいしか経ってないわ」
「そうだったか? もっと昔のことだと思っていたな。あれ以来、ずいぶんと人生が充実していたものだから」
「結局、学校には来なかったけどね……」
「楽しくなかったから行かなかったまでだ。ちゃんと退学届も出したし……それよりも君といろんな場所に行って、いろんなことをする方が楽しい。それを考えれば当然の結果だ」
「……そう言ってもらえるのは、単純に嬉しい」
「そうか。それならいいだろう」
「…………」
「じゃあそろそろ帰るか。楽しかったぞ、結婚式体験。なかなかの一日だった」
「……ぼくも、そう思う。残念なのは本番がないことくらいだ」
「あまり欲張りすぎるのはよくないぞ? 私と本当に結婚でもしてみろ。その次には子供がほしいと思うようになる。子供ができたら? 子供を育てたいと思い始める。子供が育ったら? 自分が死ぬまで子供の人生を見届けたい、ということになるだろう。だがそれではダメなんだ。望みは次の望みを生む。一生離れられなくなる。だからほんの少しでいい。幸せはこれくらいでいいんだ」
「……そう、だね。たしかに」
「そもそも子供がほしいということになるとつまり私たちは性行為をしなければならないということであるがしかしお互いまだその手の経験は無いのでますますその先の道は前途多難を極め」
「その話はもうやめよう!!」