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極めて楽観的に、彼女は死を考える。  作者: 暇 隣人
喧しく過ぐ日曜日
13/33

深夜/静死






「……静かな、夜だ」


「そうだね。虫の一匹くらい、鳴いててもいいのに」


「ああ。なんだか、この部屋だけ切り離されてしまったみたいだ」


「切り離された?」


「音の世界から。あるいは時間から。夜から。世界から……とても不思議な感覚だな。今までずっと信じていたものが、何もかも信じられなくなるような夜だ。すべてが私の独り遊び、空想の記憶だったのではないかと、そんなことを考えたりしてしまう夜だ」


「……でも、朝が来れば、それも夢だってわかる」


「そうだ。朝が来てくれさえすれば……だが、それまでが長いんだよ。たった数時間の空白が、何日にも、何か月にも、何年にも思えてくる。夜は孤独を思い出させる。君にもそんな経験がないか? 誰かと同じ部屋で寝ている時、うっすらと寝息が聞こえてきて、だけど自分は眠れなくて……隣に人がいるはずなのに、どこにもいないような気がして、寂しくなって、胸が苦しくなる。思わず泣いてしまいそうになる。そういう怖さを実感したことは? 孤独とはきっとそういうものだ。誰しもがいつかどこかで孤独になるんだ。それに耐えることができなければ、底なしの絶望に飲み込まれて、心が壊れてしまう……とても辛い最期。目を背けたくなるような悲愴」


「……きみも、感じたことがあるの? そういう孤独を」


「何度でもあるさ。……私の心は、もう壊れてしまっているんだからな」


「…………」


「…………」


「……ねえ。ちょっとだけ、話したいこと、話してもいいかな」


「なんだ?」


「子供のころに思ったんだ。寝ることって、もしかして、死ぬのと同じなんじゃないかって」


「…………」


「寝てるときには、ぼくらは意識を手放しちゃうよね。その間、自分が何を思って、何を考えているのか、何もわからない。それがものすごく怖かったんだ……今でこそ、もう慣れちゃったけど。でもね、今でもたまに思う。眠りに落ちたぼくは一度死んでしまっていて、次の朝に目を覚ますのは今までのぼくじゃない、新しいぼくなのかもしれないって。記憶だけがコピーされてて、体は使い回し。布団から起き上がって、背伸びしながらぼくは思うんだ、また朝がはじまった、ってね。でも本当は、それがぼくにとって初めての朝だったりする。そんな気持ちになるときがある」


「……なるほど、面白い仮説だな。死とは眠ること、か。ふふ。いいじゃないか。私は好きだぞ、そういう考え」


「そっか……それならよかった。あのさ、きみはさっき、何度も孤独を感じたことがあるって言ったよね」


「ああ」


「たぶんきみは、繰り返し孤独を感じ続けて、その怖さとか、さびしさとかに、もう慣れてしまったんじゃないかと思う。……でも、それじゃダメなんだ。怖いものに慣れることって、なんていうか、本当はただ逃げてるだけなんじゃないかな? まっすぐ向き合うことが嫌だから、目をそらし続けてるだけなんじゃないかな……。ぼくだってそうなんだ。眠ることに慣れちゃったから、昔はそこにあったはずの怖さが消えてしまったように思ってたけど、本当はただ思い出したくないってだけで、記憶を辿ればまたあの怖さに襲われるんだ」


「普段は忘れているだけで、何かの拍子に思い出してしまえば恐怖はまたよみがえってくる……ふむ、ゴキブリみたいな感じか」


「その例えは言いえて妙なんだけどなんだろうこの微妙な感じ……まあ、とにかくさ、怖いことは忘れちゃダメなんだよ。だからぼくは、いつだって『死ぬ』ってことを考えてる。死は誰にでも訪れるもので、いつか必ず経験しなくちゃいけないことだからさ。だから絶対、逃げたくないんだ。どうせ死ぬなら、怯えながら死ぬんじゃなくて、もっとかっこよく死にたい。一生懸命生きて、一生懸命死にたい――きっとそれだけしか、『死ぬ』ことの怖さと戦う方法はないと思うから」


「…………」


「そして、きみさえ良ければ、きみにもそうなってほしい。逃げるんじゃない、受け入れるんじゃない――胸をはって、精一杯戦ってほしい。……長くなっちゃったけど、ぼくの話したいことは、これだけ」


「……そうか」


「うん……」


「…………」


「…………」


「……静かに死ぬこと」


「…………」


「……できるだけ静かに、溶けるように死ぬこと」


「…………」


「……そして、眠るように、死ぬこと……」


「…………」


「……はぁ。私もそろそろ、決めないといけないな。これからどうしたいのか。生きるのか、死ぬのか。私と君との戦いに、そろそろ終止符を打たなければ」


「……きみが決めた答えなら、ぼくはきっと納得するだろうね。たとえそれが、言ってほしくなかった答えだとしても」


「はは。悪い結果でなければ、いいな。……ああ、もうこんな時間だ。寝よう。あとは全部、明日の私に任せるさ」


「そっか……じゃあぼくも、明日のぼくに丸投げしよう」


「それがいい。朝が来れば、そこには現実がある。夢でも幻想でもない、本物の現実がな」


「そうだね。朝が来てくれれば……朝が、来てくれさえすれば」


「さあ、早く眠ろう。おやすみ……」


「おやすみ。いい夢、見なよ」


「ああ。君も、な」


「うん。それじゃあね……」


「…………」


「…………」











「……納得なんて、出来るわけない」

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