夕方/彼女は想い、想われる
「そういえば、今日は花火大会があるらしいよ」
「ほう、どこであるんだ?」
「こないだ行った公園」
「あそこか。割と近いな」
「どうする? 行ってみる?」
「んー……いや、いい。半袖にスカートじゃ、どうせ蚊にさされまくるのがオチだ」
「はは、まぁね。それに、どうせ行くなら着物とか着てみたいし」
「君は着たことないのか? 着物」
「まぁ、今のところは。そういうきみは?」
「実は私もない」
「そっか。じゃあ八月あたりに二人で着物着て、祭りに行ってみようか? 結構楽しいと思うんだけど」
「ふーむ。悪くはないかもしれないな。それまで生きていればの話だが」
「縁起でもないことを……いや、きみならありえない話でもないか……」
「まあせいぜい祈るがいい。こればかりは私とて予測不可能だからな……はぁ、私も一度くらい、医者から余命何か月だなんて言われてみたいものだ。自分の死期がわかるなんてことほど幸せなものはない。あるいはもっとわかりやすく、心臓にタイマーでも付いていてくれればいいのに」
「……まあ、無いものはしょうがないからさ。とりあえず八月までは生きなよ」
「その先は?」
「きみさえ良いなら、生きててくれると嬉しい」
「そうか」
「うん」
「よし、早く帰ろう。華の日曜日ももう終わりだ。明日からまた憂鬱な平日が始まる」
「……そういえばきみ、学校はどうするの?」
「…………」
「……その顔は、行かないつもりだね」
「……うん……」
「まあ、いいよ……きみがそれでいいなら。ぼくが無理やり連れて行ったって意味はないだろうし」
「…………」
「それに、どっちかって言えば……ぼく、今のほうがいいかなって思ってるんだ」
「……え? なぜだ?」
「ええっと、なんていうかさ……学校行ったら、きみ、たぶん、いろいろと嫌な思いをするだろうし。勉強もずいぶん進んでて、追いつくのも大変だと思うし……それと……」
「それと?」
「……なんか、嫌なんだ。きみがあそこに行って、いろんな人に見られたりとか、話しかけられたりとか……そういうのを想像すると、すごく嫌な気持ちになる。なんでかわかんないけど」
「……嫉妬か?」
「そうかもしれない。ぼく、独占欲があるのかも。きみと知り合いになってから、二人だけでずっと一緒に過ごしてきたから……だから、他の誰かに取られるのが怖いんだ。ものすごく、怖い」
「それは……私を? それとも、自分の立場をか?」
「……たぶん、両方とも。馬鹿みたいな話だけど、それがぼくの本心……でも、きみがもし学校に行きたいとか、友達を作りたいとか……まぁ、死にたがりのきみならまずそんなこと言わないと思うけど……だけどもしもきみが、将来、近い未来にでも、そういうことを望むようになったら、ぼくは……ぼくはきっと、すごく悲しむだろうな、って」
「……そうか」
「うん……」
「……はは、まったく。君という奴は、考えてることがよくわからないな。私にもっと生きてほしいと言う反面、前に進んでほしくないとも言う。君は私を孤独に追い込むつもりなのか? 死ぬこともしなければ、真面目に生きていこうとする意思も見せない、そんな屑のような人間になってほしいとでも?」
「そっ、そんなことは言ってない! でも……」
「でも、なんだ。君が言ったのはそういうことじゃないか!」
「違う! 仮に学校に行かなくたって、他にいくらでも道はあるじゃないか! きみが本当に進むべき道が他のどこかにあるかもしれない! それを見つけていけばいいんだ、そうすれば――」
「黙れ! 君が言ったって何の説得力もない! ……私もずいぶんと馬鹿にされたものだな。君はただ、私に対する優しさのつもりでさっきの話を言ったのかもしれないが、おそらくそれは違う。君は私のことを思いやってくれているんじゃない。心のどこかで、私のことを哀れんでいるんだ。蔑んでいるんだ!」
「……!」
「どうせ私が学校に行くなんて無理だ――そう思っているんだ、君は! 他人の悪意や図々しい好奇心に私が勝てないと無意識のうちに考えているんだ。だからそんなことを言う! 独占欲がどうだとか言ったな? そんなものはでたらめだ。錯覚だ! 君は私が誰かに取られてしまうことに嫉妬しているんじゃない、自分以外の人間では私は手に負えないだろうと思っている! それほどまでに愚かで、危険で、どうしようもないほど駄目な人間なんだとな! 傲慢なんだよ君は! 君が勝手に、君の自尊心や哀情をそういう風に思い込もうとしているだけなんだ! くだらない。実にくだらない……本当に馬鹿みたいだ、君と一緒にいられて、少しでも喜びを感じていた私が……情けなさすぎる」
「…………」
「……反論もしないのか。ここまで言われて、ただの一言もないのか。図星を突かれてどうしようもなくなったか? どうなんだ、何か言ってみろ!」
「……がう」
「……なんだ? もっと大きな声で言っ――」
「――違うっ!!」
「――――」
「…………」
「……ら、らり、するん……」
「はぐ」
「!! んむ! ら、りゃ……!」
「んぐ、んぐ」
「い、いひゃ、ひ、ひょっほ、ひみ――んむぅっ!?」
「……はぷっ……んむ……」
「んっ、んー!? ぷふ、んむ、むぐ……ん……」
「んふ……んんむ……はぁ……」
「……ん……んん……」
「…………」
「…………」
「…………っぷはぁ。あー、すっきりした!」
「……な、な、な……なななななな何をやっているんだ君はぁっ!?」
「ぐぼぉあ!! は、腹パンだけは、マジ勘弁……」
「うううううううううるさい黙れけだもの!! い、いきなり一直線に向かってきたかと思えばわ、わわわ私の唇にちっ、ちっ、ちゅーをしたのちにっ、舌、舌を入れてきて、あと私の舌を思いっきり噛んできて、そっ、そそっ、それからっ! わ、私の口の中を、こっ、これでもかというほどなっ、な、舐めまわして……い、一体なんなんだ君はぁっ!?」
「……うわー、ダイジェストされると結構恥ずかしいなー」
「な、なんなんだほんとに……とうとう頭がおかしくなったのかっ!?」
「そんなわけないだろ。きみがぼくのことを好き勝手言うもんだから、ぼくはぼくのやり方で本心を伝えただけだ」
「本心だとぉ……?」
「ああ。いいかい、よく聞いてくれ――ぼくはっ、きみのことが大好きなんだ!!」
「だっ!?」
「まず第一にきみはめちゃくちゃ綺麗だ!! そこらのモデルさんとか女優なんかとは比べものにならないくらい綺麗だ!! それからプロポーションもいい!! 今までは散々太ってるとか胸がないとか言ってたけどあんなのはただの冗談だ!! 真っ赤な嘘!! 正直に言わせてもらうとあらゆる点でぼくの好みドストレートなんだ!! もちろん外見だけじゃない、中身も好きだ!! 結構ユニークで洒落好きなところがあるから話しててものすごく楽しい!! それからいつも理屈っぽくて堅い口調で話す癖に、声はちょっと高めでふわふわしててかわいいし、強がりなんだけどなんだかんだで小心者なところがあってそういうところもまた愛らしい!! ちょっと卑屈で自虐的な性格なところも見てて『あ~も~この人は守ってあげないといけないな~』って感じになってすっごい母性くすぐってくるんだよおおおおおお!!」
「ひいいいいいい!?」
「きみ、さっき言ったよね!? ぼくが傲慢だとか、きみのことを哀れんでるとか……もーこの際だから言わせてもらうけどねぇえ……そんなことが万に一つでもあるわけがねーだろっつー話だよっ!! なんできみは自分がどれだけすごい人間なのかを理解してないの!? 幼稚園のときに描いた絵がコンクールで入賞して有名な展覧会に飾られてたのは誰!? 小学校のドッジボール大会で強豪クラスの男子たちを単身ぼこぼこにやっつけたのは誰さ!? それから中学校で生徒会長を務めて運動会とか文化祭とかの行事を例年にないほど盛り上げてくれたのはどこの誰だよ!? そんでもって高校の頃に主席で学校を卒業して有名な国立大学に進んだのはいったい誰だっつーの!? あぁもうそして実は陰で大学のミスコンの優勝候補とまで噂されてた超綺麗でかわいくてかっこよくて凛々しくて頼もしいスーパーヒロインっ、それが誰なのかってまーだわかってないわけですかっ!? きいいいいいいみいいいいいいいなあああああああああのおおおおおおおおおおおお!!」
「うわあああああああああああ!? ち、ちょっと待て君!! なんで私の輝かしき人生の思い出の数々をまるで自分のことのように把握している!? 絶対におかしいぞ!?」
「おかしいのはきみの方なんだよちくしょう!! なんだよまるで自分はどうしようもないダメ人間なんだみたいな言い方しやがって!? きみがダメ人間ならぼくなんてもう塵だよ!! いやもう塵にすら失礼だね!! 無!! 無です!! わたし今日から無になりまーす!! って感じだよばーか!! もうさ、もうさぁ……なんなのもう……ほんとになんなのきみって……なんでそんなにすごいのに自覚ないの……わけわかんない……ぐすん……」
「いや、あの……私も君がよくわからん……」
「もういいよわかんなくて……言いたいこと言い切った感あるし……あーいや本当はまだきみの素晴らしさについて数時間は語れる気がするけどもうやめるわ……疲れた……最高に疲れた……」
「……ま、まぁ……えっと、その、なんだ……」
「…………」
「……すまなかった。あんなことを言ってしまって……それから、ありがとう」
「……もう怒ってないよ。どーいたしまして」
「……ふふふふふ……」
「……ははははは……」
「あぁ、そういえば……ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「うん。何?」
「……君はどうして、そんなに私のことを知ってるんだ?」
「……昔からずっとストーカーしてました、とは言えない」
「言ったぞ今」
「てへっ」
「てい」
「あいったぁいこめかみにフックは痛いでもこれは本当のことなんです誠にすいませんでした」