三時/窒息死
「意図的に、食べ物を喉に詰まらせることはできるだろうか」
「……せっかくの外食なんだからよく味わって食べてね?」
「外食とはいえどファストフードじゃないか」
「食べ物に貴賤なーし! しょうがないでしょ、近くにここしかなかったんだから……」
「いやいや、私はなにも、味に対する文句を言っているわけじゃないぞ? ファストフード、と言うくらいなのだから味わって食べるには少々向いていないと言っているんだ」
「それにしたって喉に詰まらせるもんでもないからな……」
「喉に詰まるものにも貴賤はないぞ」
「言われてみれば……いやだからといって詰まらせていいなんてことはないから!」
「それならこう考えよう。このバーガーが自ら望んで私の喉に詰まろうとする、と」
「バーガーは食べ物であって生き物じゃありません」
「本当にそう言えるのか? 人間の都合で勝手に生み出され育てられた挙句に殺されミンチにされた哀れな家畜たちの悲痛さあふれる涙がこのバーガーの肉汁の中ににじみ出ているような気分がしたことはないのか? 愚かな人間どもへの復讐を果たすために食べ物たちが確固たる殺意をもって私たちを窒息死させようとしているとは考えないのか?」
「やけに事細かだな! っていうかその想像怖いんだけど! 食べ物を安心して食べられなくなっちゃうんだけど!」
「ほらほら~細かく切られて高温の油の中で釜ゆでにされたじゃがいもたちの恨み辛みが~」
「フライドポテトで遊ぶな!」
「ふん。まあいい。我々人類がいまさら自然に対しいかなる謝罪をしたところで何も許されはしないのだ。いずれ人間たちでさえも自然の摂理にしたがって滅びゆく運命なのだからな」
「窒息死の話からだいぶ飛んだな……話戻してもらってもいい?」
「何の話をしていたんだったか?」
「自主的に窒息死するのは可能なのかとかいう」
「ああそれだ。実はさきほどから何度か試しているのだが」
「そういうことする時はまずぼくに言ってくれ!」
「これが案外難しい、ということがわかった。おそらく慣れの問題だな。口に入れて一噛みだけで飲み込もうと思っても喉が上手く動いてくれないのだ……これを突破するには少々強引な手を使うしかあるまい」
「強引な手……っていうと?」
「そうだな。それじゃ君、バーガーを一口食べてみてくれ」
「え? まあいいけど……はむ、ふぁい」
「よし、噛んじゃダメだぞ。これから私の言うことをよく聞くんだ」
「ふん」
「まず、私の指の先を見ろ。じーっと見つめろ。どんどん近づけていくからな。決して目を離さないこと」
「ふん」
「それから口を大きく開けろ。できるだけ大きく開けるんだ」
「ふぉう?」
「よしよし、それでいいぞ。おっと目を離すんじゃないぞ? 指先をしっかりと見つめるんだ」
「ふぁい」
「まだだぞ……まだだ……じーっと見つめて……まだ……もう少し……」
「…………」
「ってい」
「もごぉ!? ん、んーーーー!! ぐぇっほぉぁ!! げっほげっほ……!!」
「ふう。作戦は成功だな。飲み込めないなら押し込んでやればいいんだ。そうすれば意図的な窒息死も可能だろう」
「ぅうえっ、けほっ、み、水……ぶふっ! み、みず、水が鼻の方に入った……」
「同じような光景をさっきも見た気がするな」
「ごほ、ごっほ……だ、誰のせいだと思ってぇ……けほ……」
「……涙目になる君もなかなかかわいいぞ?」
「何のフォローじゃどあほ!! 下手したらこちとら死んどったんやけんな!? もしうちがほんまに喉詰まらしとったらどげんするつもりやったんやボケが!! くらすぞきさん!!」
「落ち着け、主に九州あたりの方言っぽい言葉が続々と出てきてる」
「はぁ、はぁー……疲れた。一気に疲れた。誰かさんのせいで一気に疲れた」
「三回も言わなくても私にはちゃんと聞こえている」
「わざとだよ当てつけだよそんくらい分かれやこんちくしょう」
「何をそんなに怒っているんだ? 私の話に興味を示したのは君の方じゃないか。私はそれに具体的かつわかりやすい方法で答えてあげただけだが」
「言葉で十分説明できるレベルでしょうが……」
「めんどくさかった」
「嘘つけ! どう考えても実践する方がめんどくさいわ!」
「まあまあ」
「棒読みで宥めんな」
「どうどう」
「馬か! ぼくは馬か!」
「いいから落ち着け。周りをよく見てみるといい。私とて人並みの羞恥心くらいはあるからな。派手に騒いで他の客にじろじろと見られるのはあまり好きではない」
「……! く、くそぅ……」
「それでいい。よくできました」
「……あー腹立ちますわー……腹立ちすぎてお腹も減ってきましたわー……またなんか食べようかなー」
「あまり食べ過ぎると太るぞ?」
「別にいいよ、君より重くならなけりゃ」
「てい」
「あいったぁい冗談です脛を蹴るのはやめて弁慶泣いちゃう」
「ふう。これでようやく満足したな。ごちそうさま」
「おそまつさまでした……」