ふゆのほたる
「ユキさぁ歩道も雪かきしようよ」
さゆりは校門から自転車置き場までの雪かきを終えた後そう言った。
先生に頼まれた訳ではない。2人ともソフトの選手である。ユキは捕手、さゆりはピッチャーである。
足腰を鍛えるために自発的に行っていた。
「やろうか」
ユキは明るく返事を返してくれた。
「ねぇ、ゆきだるまつくろうよ」
「そうか、一石二鳥だよね」
二人は雪だるまを作り始めた。
小さな雪の塊が腰のあたりまで大きくなった時
「さゆり何か付いているけど財布みたいだよ」
とユキが言った。
さゆりは見てみると確かに財布であった。手のひらほどの小さな、昔おばぁちゃんが使っていたガマ口であった。とても傷んでいた。
誰かが捨てたものだろうと思い、ガマ口を開けてみた。
中にはお金は入っていなかった。ガマ口の内側に住所と名前が書いてあった。
「こんなぼろい財布、きっと捨てたものだよ。お金は入ってないし」
「何もないの」
「名前と住所がある」
「電話番号でもあればね」
「どうする?交番に届ける」
「その必要はないと思うけれど、この住所なら自転車で30分くらいで行けるから、後で行ってみようか」
ユキとさゆりはまた雪だるまを作り始めた。
歩道の脇に大きな雪だるまが出来た。
2時間遅れの授業が始まる時間になった。
雪はまた降ってきた。北関東でも温暖な所で、雪が降る事はほとんどなかった。
ユキとさゆりが雪かきをした所も再び雪が積もってしまっていた。
授業は午前中で終わった。
「この財布の住所訊ねてみようか」
「行こう。早い方がいいよ」
車道は車が走っているので自転車も走れた。でもその住所はどんどん山に向かって行くのである。
車もなくなり、道もせまくなって、雪も積もっていた。
「自転車降りよう」
さゆりが言った。
「もうすぐだよ」
携帯のナビを見ながらユキが教えてくれた。
雪道を歩くのも楽しいものであった。まだ誰も歩いていない新雪の上を自転車の轍と足跡が残されて行く。
「きっとこの家よ」
ユキが教えてくれた家は、今では珍しい藁ぶき屋根であった。
確かに表札には小平ふきと書いてあった。
「人が住んでいるようには見えないね」
「ここまで来たのだから言葉をかけてみようよ」
さゆりは自転車を停めて玄関に向かった。
「こんにちは」
3度ほど声をかけても返事はなかった。
くもり硝子の戸を開けてみると、ガラガラと音がして開いた。
温かな空気をさゆりは体に感じた。
「こんにちは」
大きな声を出した。
「ほーい」
声が聞こえた。そして腰をかがめておばぁさんが来た。
「どなたさまです」
「お財布を拾ったので届けに来ました」
「それは御苦労さまでした。この雪のなかを大変でしたでしょう」
「若いですから・・」
「そうですね。このガマ口ですか、どこに落ちていましたか?」
「学校の脇です」
「あの女学校は私も通っていました。でも、そこにはしばらく行った事がないですよ」
「そうですか。お金は入っていませんでした」
「確か3千円くらい入っていたと思うんですがね」
「私が拾った時はからでしたよ」
「そうですか、普通なら捨ててしまうでしょうに、わざわざ届けてくれてありがとう」
おばぁさんは嬉しそうにそう言った。
「甘酒飲んで下さいな」
おばぁさんはそう言うと奥に行った。
「2人分お願いします」
さゆりは遠慮なく大声で言った。
「ほーい」
さゆりはユキを手招きしながらクスンと笑ってしまった。
「ほーい」の返事が面白かった。
甘酒は冷えた身体を暖めてくれた。
「美味しかった。御馳走様でした」
「もっと飲むかい」
「もういいです」
「ここは夏にはホタルが出るんだよ。とっても綺麗だ。澄んだ水でなくてはホタルの幼虫は育たないんだよ。小さな灯りだけれど、綺麗だから、それを観ていると気持ちも澄んでくる。今日はそのホタルが飛んで来たような気持ちだよ」
ユキもさゆりもせっかく雪かきをしたのにまた雪に覆われてしまった校庭や歩道の事を考え、無駄な事をしたなと思っていた気持ちが、いっぺんに吹き飛んだ気分になった。
来た道を帰りながら、1度消えてしまったユキとさゆりの足跡に、また2人の足跡が残された。
きっとおばぁちゃんの心のなかには何かが残ってくれた気がした。2人は財布を届けて良かったと思った。
無駄なような行動でも人の心に残る事があれば素晴らしいことだと思います。




