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第二十四話:風にせかされ雲は急いだ

第二十四話:風にせかされ雲は急いだ 2011年 06月 05日 (Sun) 17時 37分 21秒




 国営の温泉保養施設を広めるに当たって、姫の存在は欠かせない物だった。

 大体、姫の気を引く為なら何でもしてやろうと思う輩が多かった。


 本当はチアキ殿のお陰なんだが……?


 姫の気を引こうと思っているのはコイツもだが……。


 「なぜ、貴殿がここにいる。たしかに、他国に影響力のある医師を派遣して欲しいと頼んだが・・・。」

 「私以上に、名の通った名医はおるまい?」

 「・・・・悔しいが、確かに。」


 憮然と呟く。ハクオウ国のセイラン王を前にして、苦虫かみ締めてる俺の姿は妙なんだろう。だが、笑顔で隠せない黒い物が滲み出ているセイラン王も、妙だ。こいつがこんなに感情を曝け出しているのを見るのは初めてだった。


 「喰ったね?」

 「チヒロの風呂後の残り汁をな」


 多分俺の周りを囲んでいる精霊の加護は格段に強くなっているのだろう。他王の目はごまかせまい。


 「・・・お前……そんな変態に成り下がったか!?」

 「・・・拒まれた! 心外だが、兄のような存在だと言われたぞ!!」

 「それは当たり前だ!」


 そうしてようやく黒い気配が和らいだ。


 「で・・・。あれは?」

 「チアキ殿と姫、そして隠れてハンカチを噛み締めるオウラン」

 「オウラン……下心が丸見えだ……」

 「さあ、ね。それよりも、姫の持つあの小さい鳥はなんだい。君が授けたのか?」

 「まさか。火の精霊のお遊びだ。だが、護衛になるので黙認している。・・・名前はキュウちゃんだそうだ。」

 「キュウちゃん・・・。」

 「チアキ殿には怯えているようだ、何せ精霊でも無いのにとんでもない力を感じられるからな」


 オウランと言い合っていた姫はセイランの戒めの言葉を受けてしばし固まり、気を取り直して温泉へ行ってしまった。・・・また、女湯を貸切にしなければなるまい。 残りを頂くのでな!!


 「・・・なかなか盛況だね。」


 そこには、各国の要人が護衛とともに右往左往していた。

 皆、シャザクスの興した新しい事業に興味があるのだ。

 なかにはきな臭い奴もいるので、姫の警護は万全にする必要が在った。


 「足元をすくわれないようにしなければいけないな。姫を狙っているのは、もはや我々だけとは限らないのだから。」

 「ああ。承知している。」


 他国からの牽制も軽くいなせる自信があった。

 それがおごりだと知れるまであと、わずか。


 ・・・火の精霊が騒ぎ立て、姫が、浴室からいなくなったのに気づいたとき、すでに小一時間がたっていた。


 あらゆることに対処していたが、まさか自国の、それも姫と呼ばれる貴人が関わっているとは、俺も気がつかなかった。だからこそ、それは、大きな怒りとなって俺の心を覆った。


 怒りを隠さずに立つ俺の、隣に進み出た男達。


 「手伝おう。」


 セイラン殿とオウラン殿も、怒っていた。

 静かな、怒りだった。


 「姫の髪、一筋でも損なっていたら・・・。どうしてあげようか?」


 セイラン王は掌の中で、緑をもてあそんでいた。


 「僕の物に、手を出した事・・・後悔させてあげる」


 オウラン王は暗い笑みで口元を飾り、眼だけが静かな怒りを浮かべていた。そしてお前の物じゃない!!


 「身を持って味わってもらおう」


 もはや、俺の怒りを止める者はいない。























 なぜ。と問う声があった。















 なぜ。

 なぜ。

 なぜ、彼は私から離れたのか。彼は私の物なのに。

 なぜ、彼の隣にあんな小娘がいるのか。彼の隣は私の物なのに。

 父は私の願いを聞いてはくれなかった。あの小娘が、巫女だというだけで。

 母は、諦めよといった。私のほうが何倍もきれいなのに。

 なぜ。諦めなければならない?

 なぜ。巫女ごときの存在に私が身を引かなければならない?

 私はもうずっと、あの方の隣に在るべくして、努力をしてきたのに。

 なぜ。なぜ。なぜ・・・。


 闇の中で、声が響いた。

 では、娘がいなくなればよい。と・・・。

 採石場をいくつも持っている父は、そのルートを記した地下地図を持っていた。

 もう使われなくなったルートも、現在掘っているルートも、温泉が湧き出し、活気に溢れるようになったルートも、そしてそこに通じる採石堀りの職人しかわからない、特別なルートも・・・。

 頭の隅でささやく言葉。それは、私の声だったのか・・・?

 頭の中でささやく声。巫女姫を退けよう。私がいるべき場所へ戻る為に。

 ゆっくり立ち上がり、歩き始めた私のなかに、声がする。哀れな操り人形を嘲る声がする。

 ・・・使われなくなったルートに潜み、時を待った。

 やがて現われた小娘は、思った以上に幼かった。


 ※危険なお兄さんも一緒なのに気付こうよ?※


 小さな火の精霊と戯れる姿は、かわいらしい。しかしそのかわいらしい風情さえ、彼の気を引いたモノだと思えば、煩わしいと思えた。

 かねて準備しておいた香を焚く。

 薄絹一枚の娘が昏倒した。たちまち火の精霊の気が膨れ上がる。熱風を何とかやり過ごし、傍らに控える者に目線をやった。

 男は、唇を湾曲させ笑みを形造ると何事かを呟いた・・・。

 後に残るは、これからの夢に思いはせる、おろかな女、ひとり。



「ようこそ、我が君。」


 女はそういって微笑んだ。なるほど、美姫の誉れ高い姫の笑み。

 だが、何の感慨も浮かばなかった。手に入れたいのは、一人だけ。

 彼女を知った今、彼女以外はいらないのだから。


 「聞きたい事がある。姫はどこだ?全部話せ。」

 「まあ、シャラ様、何をおっしゃって・・・」


 最後まで話すことは出来なかった。おろかな女は、激痛に膝を突く。その艶やかな髪を鷲掴み、顔を上げさせた。炎の浮かぶ苛烈な眼が女を見下していた。


 「姫はどこだ?」


 血の気の引いた顔で力なく首を振る。ドサリと音がした。


 「こいつは知らなかった。」


 音の正体は、壮年の男の・・・首。女の父親だった。腹には大きな傷があり、そこから血が大量に出る。オウランが自分の刀を振るって鞘に収めた。


 「早く言ったほうが身のためだよ。女。セイラン兄上が本気を出せば、今死んでおけば良かった、と思える目にあうぞ。」


 女の眼が驚愕に見開かれた。ひ・と声が上りかけ、シャラが髪をひっぱり、それを阻んだ。


 「最後だ。姫はどこだ?」


 女は、話さなかった。

 ・・・正確には、全部自分の考えの下行われた誘拐劇だと、「思い込まされて」いた為、「話せなかった」のだ。

 セイランが首を振る。


 「あらゆる薬を仕込んでみたけど、黒幕の姿すら思い出せないように強い暗示がかけられている。これは、何か力が働いていると考えられる。」

 「・・・水と風は?」


 オウランの言葉にセイランは首を振った。


 「違う。もっと、暗くて禍々しい・・・。そう、たとえば、闇の・・・。」

 「まさか、闇がうごいた、と?」シャラが警戒の声を上げた。

 「・・・水と、風にも協力を仰がねばなるまい」セイランの、重々しい声が静かに響いた。


 どうやらチアキの存在を忘れているらしい。
























 眼を覚ますと、そこは、見知らぬ場所でした・・・。

 なんか、目覚めるたび、違う場所にいる自分って何!

 世界から落っことされた時、風の国から木の国へ渡った時、そして今!

 はっとして、身体を見おろす。貞操の危機もあったんだ! ――多分。

 うん、どこも違和感はないけれど・・・。























 芋ジャージ着せられてる!?


 何で芋ジャージ!? いやコレ絶対チアキにやられたんだ!! 近くには無表情でチアキがいる。


 「キュウちゃん?」


 さっきまでそばにいた火の精霊に声をかけてみる。

 答えはない。


 「チアキ……」

 「用も無く俺に声をかけるな」酷!!

 「いやあるから声をかけたんだよ!?」

 「鎖で繋がれて無いだけマシに思え」

 「どうやって思えってのよ!!」


 本当にくやしい。頭の奥が熱くなった。

 いつも、いつも、私の思いはチアキに対して後手にまわる。


 物心が付いた時からからかわれ、アレもコレも全部チアキが上回って、あ~!! もう腹立つ!! 私の恋心も全然気付いて無いし!!

 そんなに酷いとオウランに嫁ぐわよ!!あ~、でも何かアレも腹立つんだよねぇ……。


 「――ルツの馬鹿野郎!!」


 叫び声は、唐突に、耳に届いた。


 しかも、どうやったらチアキに気付かないんだよ!!と、呟いた男は、金の髪を短く刈り込んだ、金色の目の、カフェオレみたいな肌の色した精悍な美男だった。


 「カフェオレ飲みたい……」

 「人を見て言うな!!」


 怒られちゃった……。


 足音もなく、近寄って来る男を警戒して、自然、目線はきつくなった。


 「こんな餓鬼が、かなめの巫女・・・?こんな餓鬼のどこに男を狂わせる色香があるんだ?・・・胸はあるがまだ足りない、俺はもっと豊満なほうが良い。

 ってか大体はチアキのお陰だろ!?」


 ルツと呼ばれた男は動じずに言い返した。


 「王子。外見に囚われてはなりませぬ。この娘欲しさにあの、セイラン王自ら国を出て火の国へ渡ったことはすでに周知の事実。」

 「いやアイツが外見に囚われただけだろ!?」

 「王子。戯言はここまでに。まこと、これなる乙女は太陽と月の巫女。召しませ。今のうちに妻にしてしまうのです。さすれば、五王国のどの国王ともわたりあうことの出来る力が手に入ります。」

 「チアキが直ぐ近くにいるのにやれるか!! っと言うかお前それを見たいだけだろ!? 変態爺!!」


 この男が哀れに思えて来た……。


 「色気のあるのが好みなら、私はいらないでしょ。鎖、外して。きっと、王様達怒ってる。」


 ぐっとこぶしを握り締めて言う。胸を貶されてだまってられるかい。これでもチアキパワーでCカップはあるよ!! 服がジャージで見えないんだよ!!


 「・・・お前ごとき攫っただけで、諍いが起きる、と?驕ったものだな。ハッキリ言っていらないけどな」


 うう、むかむかが最高潮になる。ってかやっぱり要らないのかい!!


 「――」何か言ってよチアキ!?

 「小娘「ごとき」攫って、鎖に繋いでるのはあなたでしょう。私は、帰ります」


 眼の中が熱かった。とても熱い。まるで、眼の中で火の精霊が踊っているようだ。


 「・・・返すと思うのか?要らないから100%返却するけどな」

 「ガーン!!」


 ふわり、と風に髪が舞う。風の精霊達の声が耳の奥にこだまする。

 眼の中が紅くなる。キュウちゃんの声がした。

 きいん・と音が響いて、土の気配が濃くなった。ざらり・と音がして鎖が砂のように崩れ去る。

 いけ好かない金の瞳が大きく見開かれて、少し気分が良くなった。


 「わたしは、帰る」


 声とともに、ひときわ大きくなった小鳥・・・鳳凰が顕現した。小さなキュウちゃんが、私の意志を汲んで大きな姿を取ってくれたって判った。


 「とっとと帰れ、チアキに用があるだけだからな」

 「帰れ発言!? と言うかチアキに用があるのに何で私を連れてきたの!?」

 「ルツって奴のせいだ!!だから俺に言うな、とっとと帰れ!!」


 何か呆れてきた……キュウちゃんの朱金の翼に手を伸ばし、背に乗ろうとすると、ルツと呼ばれた男が阻んでくる。腹が立って、男を睨んだ。すると、ぎゅるる、と緑が伸び男の身柄を拘束した。

 キュウちゃんが翼を大きくひとつはためかせると、風の精霊が力を貸して、大きな風の塊を作り上げた。閉ざされていた部屋の壁ごと吹き飛ばす。

 青空が見えた。

 そのまま、外へ飛び出す。


 「キュウちゃん、帰るよ!」キュウちゃんが一声嘶いて、ぐんっと加速した。


 キュウちゃんの、羽の中に埋もれてキュウちゃんの羽を撫でる。


 「ありがとう、キュウちゃん。ね、なんか眠いんだけど、眠っていい?キュウちゃん・・・。ね、シャラ様、心配してるだろうから、早く帰ろう?セイラン様とオウランも、きっと・・・。」


 ねむい。

 オウランが鬼の形相で怒っているのは想像がつく。セイラン様も怒ると怖そうだ。シャラ様は、きっと心配してるから、速く帰って無事だって言わないと。























 その頃チアキと王子は?


 「このクソ爺!!」


 黒い腕がルツをぶん殴る、チアキはそれを無表情で見ていた。


 「はぁ、はぁ、ったく。――なぁチアキ、俺、本当に王子辞めて良いか?」

 「知らん」


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