第2話:現状把握は戦場では0,01秒で!
第2話:現状把握は戦場では0,01秒で! 2010年 10月 31日 (Sun) 11時 44分 52秒
あ、もふもふ。
いや、ふかふかか。
なんだろ、私の寝袋こんなに寝心地よかったかな。
右にごろん。と転がって「ちょっと待て」と我に返る。
「ああ、そうだった。変な場所来たんだよね……。」
と、長いため息ひとつ。それから。
「これも、現実? ……例え夢であっても現実でもチアキの顔はあまり見たくないよ……。」
物凄い怖い我らがチアキが私の近くでパソコンのキーボードを高速で叩いてる。残像すら見えないよ……。
あの、なんちゃらの巫女と呼ばれた後、カーシャは、原作どおり細やかに説明してくれた。
あ、メタですか。
そらもう、帰ろうと思う気持ちが木っ端微塵になるくらい、細かく丁寧に。
いわく。
「黒い太陽が昼を暗く照らし、月がかげり星に隠れたるとき。精霊の巫女姫きたり」
いわく。
「そは、黒き太陽の巫女姫。艶めく黒をまとい、月色の甘い蜜の瞳もち、その腕からは至高の甘露、醸し出さん」
いわく。
「すべての精霊の上に立つことのできる,ただひとりの姫。この世界における水、火、風、木、土の気を持つ精霊巫女の頂点に立つお方!」
抵抗しましたよ。
私はそんなたいした人間じゃないですから。
人違いですって。
でもカーシャは譲らない。
間違えるはずなんか無い、絶対あなただと言い切る彼女に、困ってしまって。
「じゃあ、きっとこの世界に私達以外の地球人が飛ばされているはずだ! 私みたいな黒髪の、月色の瞳の日本人が! とにかく私じゃない、特にチアキでしょ!」
って言ったんだ……。原作よりちょっと変えてね。あ、メタですか。
……余談だけど、私の瞳は、確かに月色をしている。日本人特有の黒じゃないし、茶色でもない。光の加減で薄くも濃くもなるこの瞳は、確かに夜空に浮かぶまん丸お月さんの色だった。私が天体オタになる、きっかけの瞳。チアキも全く同じだけど、あれは目つきが悪くて辻斬りの夜とか一瞬思い出す目……。
でも。
「いるよ、いる。黒髪にお月さんの瞳の女の子。きっと今頃困っているはずだから、探してあげて。見つけてあげて。……そして私を元の世界に還してちょうだい!」
懇願するも、さらりと告げられた言葉は。
「黒い太陽の巫女は46年前にも一人現れました。けれどその巫女姫様は、黒髪に月の瞳ではなく黒髪に黒い瞳だったそうです。
そのため、月の加護が十分に受けられず、太陽と月の巫女とは呼ばれなかったそうです。
黒髪黒目の娘は黒い太陽の巫女として天寿をまっとうされ、三年前にこの世を去っておられます。
彼女の最後の詔が、今日。このときだったのです。黒い太陽の巫女はおっしゃいました。三年後の今日この時、この神殿に新たなる巫女が現れると。
……そして、あなた様達が現れた。黒髪に月色の瞳……そして女の子ですから間違いなくあなたが巫女です。お待ちしておりました、私の巫女姫。」
何か絶対にチアキを否定するカーシャは私の前にひざまずくと、胸の前で両腕を交差し頭をたれて。
「太陽と月の巫女。御前に侍り謹んで忠誠を誓います。貴女の風となり、光となり、時にほむらに、時に大地に、この身の全て持ちあなたを守ります。
風と光の巫女カーシャ・イル・セランの名の下に。」
忠誠誓われちゃったよ……。
しかもさらっと言ったけど、46年前の皆既日食の時にもひとり迷い込んだって事よね……?
しかも、天寿って……死んじゃったって事? この世界で?
「前の巫女さんは、帰りたいって言わなかったの? それとも、帰れない…の……?」
声がかすれたわ。
ひざが、震えたわ。
「――帰る方法はただひとつ。黒い太陽に願うのみ。」
――ソレッテ、26年後ッテコトデスカ……。
「ち、ち、ち、チあえも_「五月蝿い黙れ。」即答!?」
「何故皆既日食如きが俺達の願いを叶える? 物理理論にも精神理論もただそれだけでは信用なら無い。」
お、鬼だ……宗教を完全否定する鬼が居る!
「ぁ、ぇ、ぇっと、ち、チヒロさま、太陽と月の巫女として力を行使することができれば、声を伝えることはできるのです。
現に黒い太陽の巫女はそうなされたそうです。ですから、チヒロさま。
精霊の声をお聞きください。心を広げて、精霊を受け入れるのです。彼らは貴女の味方です。」
「……味方……?」
「ええ。」
ぐすんとひとつ、鼻をすすって、きっとひどい顔をしてるだろう私に、それはそれは優しくきれいな顔で微笑んで、カーシャは頷いた。
「精霊は、貴女の味方です。」
「あなた、は……? あなたも、私の味方……?」
「もちろんです」
ああ。解った。
仕方の無いことだと。
ならば_
「えと、よろしくおねが_「ほう、コレが精霊か……面白そうな実験物だな。」ってるぅぁめぇぇぇぇえええ!? 完全に精霊かわいそうじゃん!」
「何故だ? 別に害を加える気などはない。」
「チアキの実験って何かマッドなイメージしかないでしょ!?」
「ふん、実験と言うよりも訓練程度だな。」
「ってあの自衛隊並みに厳しい訓練!? お金持ちのお嬢様お坊ちゃまに『ワンホアオール・オールホアワン』って完全にラグビードラマ並の無駄に凄い友情に包まれるほど厳しいアレ!?」
駄目だ、原作と違ってこっちは安全だけど安全じゃない……。
「ぁ、えっと、これからいろいろ、おしえてください。」
今は、帰れない、でもチアキなら絶対1年程度で帰らせてくれそうな気がする……。
なら帰れるように、準備をしなくては。
今が無理でも、いつか、きっと家族のもとに帰る。
帰れないなら、声だけでも。手紙だけでも。
貴女もそうしたんでしょう? 黒い太陽の巫女さん。
もふもふの誘惑から身をはがす。
ふかふかのベッド。
ん? 何でチアキがこの部屋いたの? 男が女の子の部屋に居るって……って一瞬思ったけど、チアキって欲が無いんだよね……それはそれでムカツク。
「さて、異世界落ち、一日目!」
コンコンとノックの音がする。それに返事を返しつつドアのほうへ身を返した。
開くドアの向こうには、きっと優しげなカーシャの笑顔があるんだろう。
今は唯一の味方で、お姉さん気質の私の先生。
私は始まりの予感を感じつつ、一歩踏み出した。
「ボケチヒロ、そこに俺のペン落としちまったから気ぃ付けろよ?」
『ツルッ』
って先に言えぇぇぇええええええええ