超高性能なピザ焼き窯、ただしおしゃべり
インターネットの通販で、ピザ焼き窯を買いました。
別に、ピザが特別食べたかったわけではありません。
私はいわゆる、通販マニアと呼ばれる類の人間で、特に胡散臭い煽り文句があると、ついついカートに品物を放り込んでしまうという、自分で言うのもなんですが、悪癖の持ち主なのでした。
たとえば、購入すると宝くじが当たり、今まで彼女いない歴=年齢だった人間がもてもてになったりするような世界で初めて脱皮した蛇革から作った財布とか。
限定10個って何ですか。この会社は、かの粘土板に刻まれた英雄叙事詩に出てくる不老長寿の草を食べた蛇を何匹捕まえてきたのかと。
とまあ、そんな、あからさまに嘘臭い頭の悪さに対する賛辞とツッコミその他、D級映画に捧げる敬意などを足して煮詰めたような想いを込め、懐に僅かでも余裕が生じると、詐欺まがいの怪しい品物を買うのが、私の慎ましやかな趣味なのでした。
今回の煽り文句は、
『超高性能なピザ焼き窯、ただしおしゃべり』
何でやねん。
思わず棒読みのテンプレート的ツッコミをかましてしまいます。
全くピザ焼き窯に会話機能など必要ありません。まして饒舌である意味などあるでしょうか。
しかも、家庭用のピザ焼き窯に超高性能もあったもんではなかろうと。
写真に写っているのは、何の変哲もない焼き物製の、小さなドーム上の物体。
コンロに乗せて加熱し、十分熱を持ったところで窯の中にピザを放り込むと、こんがり生地が焼けるという原始的な仕組みだとか。石焼芋なんかと同じ理屈です。
間違っても電子的なものがついているとは思えず、おしゃべりするとかありえません。
我慢できませんでした。思考に要した時間は3秒フラット。
私の腕はもはや脊髄反射の如き勢いでマウスを操り、その地雷臭全開のブツをカートに放り込み、決済ボタンを押していました。
そして、数日後。
「フランチェスコ・デ・サンクティスは言った。『わが人生の2ページは政治と文学である』と。我輩もまた、そうでありたい」
「3ページ目にレシピ載せましょうよピザ焼き窯」
「ピザ焼き窯がピザを焼くことしかしないと誰が決めたのであるか。我が国では、レオン・バッティスタ・アルベルティの如き「万能の人」としての在り様が理想とされたものであり、我輩が政治、文学、哲学などを修めていようと何ら不思議があろうか」
いや、いい加減不思議しかありません。
箱を開けると、ピザ焼き窯は確かにおしゃべりでした。
しかも妙に衒学的で、ピザ焼き窯がしゃべる事態だけでもわけがわからないのに内容も意味不明で混乱も二乗です。
「ええと、一応確認しますが、貴方はピザ焼き窯なのですよね?」
「ジョルジョ・アガンベンは、人間を「言葉を話す動物」として捉え、思索を行った。その意味でこうして会話を交わしている我輩はピザ焼き窯であるという概念と人間であるという概念の交差点に立つ、マージナル・マンであると言えるかもしれぬ」
「いや、動いてないじゃないですか、貴方は。あとマージナルマンの概念間違ってる気がします」
「物理的に動いていないから動物ではないとは短絡的な見方であろう、マイマスター。思索し、知覚し、しかして動けない知性と自我を人でないと断じることができるほど、この国の哲学は物事を割り切ってはいないと理解しているがどうか」
まあ、そうですが。
ただ、しゃべるピザ焼き窯を人間だと判断することを許容するほどにも、この国の哲学は物事を唐竹割に割り切ってないと思います。
というか、私はテーブルに並べたピザの材料をどうすればいいのでしょうか。
「確かに、我輩は一般的に人間とは認識されていない。法によって罰されず、法によって守られていないという意味では、ホモ・サケルの在り様に限りなく近い。ビオスを剥奪され、ゾーエーしか持ち得ない存在たる我輩は、剥き出しの生として人の主体性に関する命題を投げかける哲学的な存在だろう」
「日本語でお願いします後生ですから」
「ピコ・デラ・ミランドラによれば、人は一つの小宇宙であり、人間が動物と異なるのは、自由意志、自由選択によりあらゆる存在になる事ができる点だとしている。つまりは、我輩はピザ焼き窯としての形を自由意志の末に獲得した人間であるのだとも仮定できる」
鮮やかにスルーですかやりますね調理器具。
しかし、いかにピザ焼き窯としての期待はさしてしていなかったとはいえ、私の空腹もそろそろ限界に近づいてきました。
なんとかしてこのピザ焼き窯を過熱し、しかる後にこのおしゃべりが語っている間に用意したピザ生地を窯の中に放り込んで、ほっかほかのピザを食べねば私の気がすまないのです。
他のものでは代用が効きません。
あれです。ラーメンを食べようとしてラーメン屋が定休日であったとき、たとえ他の店がやたら遠くてもラーメンを求めてしまうあの心境に似ています。
このイタリア産哲学かぶれをなんとか加熱する方法は……。
「……ピザ焼き窯さん。貴方は随分とイタリアの哲学にお詳しいようですが」
「ふむ、今までのラインナップが全員イタリア出身だとよく看破したな、マイマスター」
まあ、響きがそれっぽいから適当言っただけですが、やっぱりそうでしたか。
ともかく、私は、思いついた作戦を実行すべく、ヤツを耐熱鍋敷きの上に乗せながら、言葉を続けます。
「かく言う私もこう見えて、哲学はちょっと齧ったことがございまして」
「ほほう、それは興味深い。この一見無学にしか見えないマイマスターにも、知性の素養が隠れていようとは、我輩の目をしても見抜けんかったわ」
「私にはあなたの目がどこにあるのか見抜けませんけどね」
準備完了。
私は、できるだけ真面目な顔を装い、深呼吸をして朗々と哲学史を語り始めました。
「ではまず、古代哲学の始まりから。無知の知で知られるソクラテスの弟子、プラントが……」
「歴史的偉人をいきなり植物にするのはどうかと思うのであるが」
「いや、だって人間は考える葦であるってヘクトパスカルも言っていましたし」
「待てマイマスター、何であるかそのうまいこと言ったぜ、と言わんばかりの顔は! 意味が違うし気圧単位にそんな名言を語られたくないのである!」
「そして、その系譜、アリスとテレスが」
「おまけに今、歴史的偉人を勝手に二人に分割しおったな?!」
「もっと怒りを!」
「挑発であるか!? これは我輩に対する挑発であるか!? とりあえず土下座してゲーテに詫びるがいいのであるっ!」
「カミュは死んだ! オーロラエクスなんたらを弟子に託して!」
「みずがめ座の全人類とニーチェに頭下げて神と一緒に死んでしまえこの愚か者! 具体的にはチェーンソーに真っ二つにされてっ!」
ヒートアップもクライマックス。真っ赤になって激怒するピザ焼き窯。
がんがんに加熱されたそこに、すかさず私は、用意していたピザ生地を放り込みました。
「むが!? ごば! ばびほふふあいあふはー!」
待つことストップウォッチで30秒。
セットで購入した木製ピールで取り出して……
「くっ、騙まし討ちとは卑怯なり、マイマスター!」
ピザカッターで八等分。
トマトソースとチーズの香りが食欲をそそります。
生地は薄焼きクリスピー。口に運ぶと、さくさくの生地が砕ける感触がたまりません。
不満そうなピザ焼き窯を見下ろし、きんきんに冷やしていたビールを飲み干すと、私はおしゃべりな調理器具に言いました。
「『結果さえ良ければ、手段は常に正当化される』。マキャベリさんも、貴方の国の哲学者ですよね?」
ピザ焼き窯は、黙って真っ赤になってしまいました。とてもほどよい加熱具合。
どうやら、私はもう一枚ほど、おいしいピザにありつくことができそうです。
なんと超高性能。
このピザ焼き窯は、火などなくてもピザが焼ける、まさに驚天動地の逸品なのでした。




